第79話 潮騒
久しぶりに会った甥は、かなりでかくなっていた。
その姿を見て、あの時に引き取らなかったことを後悔する。
もう遅いが…。
姉が死んだ日、私は甥と姪を引き取るつもりでいた。
まだ兄の方も、小学校の低学年だ、2人で生活なんて、できっこ無い。
そう思っていた時、姉が家を飛び出した日のことを思い出す。
黒間と結婚など許さん、と、父が激怒し、姉は半ば家を捨てるかのように出て行った。
姉は幸せだったのだろうか、もしかしたら、帰りたかったのではなかろうか。
そんなことを考えていたが、2人の良くできた子供を見て、幸せだったのだなと確信する。
一度はもちろん引き取った。
いや、引き取ろうとした。
しかし弾は、
「おばさん、俺は野球もしているし、学校の友達と離れたく無いから、残るよ。宝条さんって家にお世話になる。幸い家も財産も残ってるし。」
そう言って、こう付け足した。
「真希を頼みます。」
そう言われ、混乱の中にあった私は真希だけを連れ帰った。
もちろん私は旦那に怒られ、すぐに弾を迎えに行った。
そして、その時の弾を見て、揺らいだ。
弾は野球を辞めていた。
それどころか喧嘩に明け暮れ、黒間の名を定着させていた。
目に写るもの全てを睨みつけ、小さな体で生きていた。
私は、復讐の事が頭をよぎった。
黒間という運命に、この子は立ち向かう決心を、私が居ない間にしたのだろうと。
真希がぐずったこともあり、結局兄妹で暮らすことになったのだが、私はやはり後悔している。
あの子から、黒間という名をなくしてあげるべきだった。
私たちの子にしてあげるべきだった。
あれからもう10年少し経つ。
体は倍ほどに大きくなっていた。
身に纏うオーラが、数々の修羅場を語る。
中継は見ていた。
ニュースも見ていた。
だが、感じたものは遥か上だった。
「久しぶり、おばさん。」
罪悪感もあったが、何より、こうしてまた生きて会えた事で、私はかなり救われた。
「聞かれたく無いほどの話をするつもりなの?」
そう尋ねた。
「あぁ、そうそう、おばさんさ、もう引き返せないなって思ったことある?」
「もちろんよ。」
「俺さ、桜庭事件の後、復讐の事しか頭になくて、喧嘩して喧嘩して、体鍛えて、道場行って…それでもまだ、迷ってたんだ。」
その時に私は、貴方を救ってはあげられなかった。
「でも、明王院に入った時、あぁ、もう引き返せないな、どっぷり浸かってしまったなと思った。そこからはとんとん拍子だったからね、先代の明王の下につき、気付けば明王になっていて、復讐を果たし、汚れ仕事をして、英雄だの鬼だのなんだのと呼ばれるようになった。」
「……」
何も言えなかった。
「でもさ、最近、またそう思った事があったんだ。」
嫌な予感がする。
「…俺、持ってあと5年だってさ。」
的中。
最悪だ。
「…え?」
嘘であってほしいと思う反面、やはりと思う私もいた。
「俺の能力は、先天的なものと、そうじゃ無いものがある。薬をぶち込んでからは、半ば強制的に力を引き出してきた。大怪我も沢山してきた。細胞に負荷がかかりすぎているらしい、ついでに進化を続け、俺に力をもたらすこの眼は、俺の神経を蝕んでいるらしい。そう考えると、俺的には2年が限界だと踏んでいる。」
ヤンキーのように座り込む彼を見ながら、まるで人ごとのようにペラペラ話すから、やっぱり現実味がなかった。
信じることを、拒否していた。
「…俺のことはいいんだ、でもさおばさん。また、真希を頼めないかな?あいつ、勉強も出来なくて甘えん坊で、でも友達とかは多いし、素直だし、可愛いし、だからさおばさん!今更都合がいいことばっかり言ってるけど、真希だけは!」
「いいわよ!そんなもん!真希は私が面倒みるけん!でもあんたはどうすっとね!!死ぬなんて許さんけんね!!」
大声をあげてしまった。
聞かれぬようと連れて来られたのに、本末転倒だ。
磯の香りを含む風が、寂しそうにこちらを見る弾の髪を揺らす。
「…俺のことは許さなくてもいいよ。」
あんな事件がなければ、あんただってただの素直な少年だったじゃない。
あんなに友達に囲まれて、可愛い子も連れて…。
「あいつらさ、来てるだろ、今日、皆んなさ。皆んないい奴なんだ、鳳も、一果も、九条も、桜庭さんも。他の奴らもさ、めちゃいい奴なんだ。だからさおばさん。」
なにかを決意した目をこちらへ向ける。
「俺の死で、影響されたくないんだよ。」
「そんなの無理に決まってるでしょ!」
「1つだけ!!1つだけ方法があるんだ。」
聞いてくれよおばさん、と冷静になれと言われた気がする。
衝撃的なセリフが、後に控えていたからだ。
「俺の、勝手な予想なんだけど、根拠も証拠もなにもない、ただの予想なんだけど。」
潮騒が、昂ぶった心をさらに高揚させる。
「…俺の予想では、黒間大三郎はまだ生きている。」




