第73話 感情
突然言われてもワカンねぇんだよ。
愛してたっていうなら、それを示してくれればよかったんだ。
教えてくれれば良かったんだ。
…なんて、向けられた愛に気づくことが出来なかった責任を、愛を向けてくれた人に転嫁しているだけの話だな。
ちょうどいいかな、愛の話をしよう。
愛に溢れて、愛に焦がれて、愛に見捨てられ、愛を知らない俺と、愛の話をしよう。
愛とはなんだろうか。
恋とも違い、情とも違う何か。
それはなんだろうか。
まぁ答えはない。
俺は賢人ではないから、パッと答えを出す事はできない。
模索するけど、これが答えだと言える何かすら見つけられない。
ただここ最近、愛を向けられていた事実を知り、愛を与えられていた過去を手に入れ、愛とはあれでもない、これでもないと不正解はたくさん見つけてきた。
先に挙げた物もそうだ。
愛≠恋
愛≠情
愛≠欲
今まで真希を愛してきたと思っていた。
兄妹愛。
今まで周りの人間を愛してきたと思っていた。
友達愛。
……桜庭さんを、愛していたと思っていた。
恋愛。
でも、それは全て虚構であった。
最近気付かされたのだ。
それらは全て“目的”であると。
俺が復讐を遂行するための、今までの人生を肯定するための“理由”であると。
だからといって明日からあいつらを嫌いになるわけではないし、態度が変わるわけでもない。
俺は頭が悪いから。
ただ、抱いていたと思っていた感情が、今浮かんできている感情さえ、何か分からないんだ。
鬼と呼ばれる。
死の4代目と呼ばれている。
ゴミを掃除し、国に貢献し、汚職警官に制裁し、悪魔をも倒した。
伝説の明王。
……俺はまだ、人に愛を与えることが出来たことがない。
自分のために死んだ人間の死体をゴミ扱いされたくはなかったので、俺は火を噴いて燃やしてやった。
雨が降っているにも関わらず、パチパチと音を立てて少しずつ、原型が無くなっていく。
ただの亡骸になっていく。
悲しさが何処から来るのかさえ、俺には分からない。
九条はきっと上手くやってくれている事だろう。
信用。
これも違う感情なのではないだろうか。
俺はその場で倒れ、目を覚ませば病室だった。
出血多量、複雑骨折、面会謝絶。
なんだか笑ってしまった。
テレビをつけ、被害総額を知り目を丸くする。
建築物だけでなく、家財、損害賠償も含まれると納得できる額ではあるが。
結局、俺は桜庭さんより後から病院を出ることになった。
病院を出ると、記者の質問責め。
マスコミといった表現の方が柔らかいだろうか。
白虎から、明王室で待っていますと伝言は聞いていたので、俺は早々にタクシーに乗り込み、明王室に入った。
パンッパンッパンッ。
「「退院おめでとう〜!!」」
みんな揃っていた。
真希も、一果も、鳳も、白虎も、九条も、宮村も、阿部も杉田も。
そして…。
「……おめでとう。」
フッと微笑む、桜庭さんも。
「クラッカーのゴミを片付けろ、ここは俺の部屋だぞ。」
涙が出そうになったので、堪えるために心無い言葉を発する。
「はいはい!」
皆分かっていたのだろうか、笑って掃除を始めた。
「桜庭さん…。」
あなたが無事で本当に良かった。
命を賭けた甲斐があった。
「…賭けはあなたの勝ちね、黒間くん。流石は明王、勝負強いと言うべきかしら。」
「いや、そもそもお前がこの案を提案してくれたおかげだ。本当にありがとう。本当に…本当にありがとう!」
俺は九条に向かって土下座をする。
こいつがいなければ、俺は初恋の人間を亡くしていたのだ。
こいつのおかげで、俺は過去の自分を受け入れることが出来た。
「いいわよ。」
横を見ると、桜庭さんも土下座をしていたことから、察した。
あぁ、今こいつが毒を吐かなかったのは桜庭さんのお陰か。
桜庭さんには後遺症が残り、半身不随となり、車椅子での生活を余儀なくされた。
だがその存在に感謝している。
助けてくださった医者の方々には、感謝してもしきれない。
ありがとう。
心からの、感情だった。




