第72話 幸福
2人の動きが停止した。
時間にすれば2時間ほどだっただろうか、街を壊滅させた破壊神たちの祭りは終わった。
よく見れば、紫の、バチバチと放電している玉を人差し指の先に用意し、それを悪魔の眉間に構えていた。
ひとまず、賭けそのものは成立しそうだ。
さて、仮死状態にする方法だが頼りたくはない薬に頼ることにした。
細胞を死滅させず、なおかつ臓器の機能を全停止させる。
制限時間は残り少ない。
ここで気をつけるべきは、手段を誤らないことだ。
奇襲も有りかとは思った。
しかし、彼女は何も知らないわけで、突然注射器を打ちつけられれば薬の打ち所が悪くなってしまい、私は黒間弾に殺されてしまうことになる。
冷静に考えられない中で、私がとった手段は、説得だった。
「…桜庭さん、はじめまして、もうご存知かと思いますが、黒間弾の知り合いをさせていただいております、九条といいます。」
「えぇ、存じていますよ。」
そう微笑む彼女は、あの孤高の天才が惚れたと聞いて納得できるほどの美しさだった。
私は淡々と事情を話す。
話しながら、毒の注射器を差し出す。
「…彼は貴方を救うことを諦めていません。なんと言えばいいのか分かりませんが、彼はその賭けに乗りました。それを成立させるかさせないかは、貴方次第です。失敗すれば、死ぬかもしれないし……え?」
いい終える前に、彼女はパッと私の手のひらから注射器を奪い取り、首元に構えた。
「これを打てばまた彼と話せるでしょうか…。4代目明王ではなく、黒間弾と。……話は変わるけれど、九条さん。貴方は本当に賢明な方ですね。貴方なら私のような過ちは起こさなかったでしょう。あの時出会っていたのが、私ではなく貴方なら、彼ももっと幸せだったのかもしれません。」
そう言って、彼女はすぐに気を失った。
いや、死んだのだ。
「……そんな事はないですよ。私は貴方ほど、聡明ではありませんから。」
私は鳳くんに合図をし、何も知らず、事情を話した時に初めて知ったであろう真希さんと宝条さんが目を見開いて恐れきった表情をしているのを見て、また彼を見た。
賭けの結果は、。
「結論から言うとな、弾。お前の魔眼はお前の目ではない。」
「だろうな、実際説明のつけようがない。」
「では誰の目かと言う話になるのだが、元を辿ればお前の目ではある。」
どう言う事だ。
こいつは俺をアホだと知った上で訳のわからんことを言っているのだろうか。
「お前、白虎のボスの目が奇眼だったのを覚えているか。あいつはな、お前のクローンなんだ。」
予想。
「きっと今思っている通りだ、弾。黒間大三郎は、まだ生きている。お前が殺した黒間大三郎は、身代わりのやつのクローンだ。」
衝撃の事実、というわけでもなかった。
ただ、いい気分がしないのも確かだった。
「大三郎は、お前の眼が欲しいだけではなく、もはやお前という存在が欲しくなった。そこで考えついたのがクローンで、奴自身のクローン実験は成功したのだが、青眼有するお前のクローン技術はなかなか成功の目処が立たなかった。」
俺はその情報を仕入れた時に、止めようと現場へ向かった。
でもそこにはすでに、お前の味方が着いていた。
「…五歌か。」
「あぁ、そうだ。」
俺は俺以外のお前の味方の存在を初めて知った。
五歌はクローン技術の成功を阻止しようとしていたから、初めから手出しする事なく、小さなほころびを毎回毎回作っていた。
お前のクローンは成長速度が異常なほど早く、通常の5倍ほどの速さで年老いた。
そんな時に、投薬された薬が、悪魔の成分を含んだ薬だったんだ。
桜庭を手懐けていた理由の1つだったようだが、ここである反応が起きた。
魔眼を持ったクローンは、お前の年よりも老いる事はなかったんだ。
だから、魔眼を持ったクローンは大量生産され、約50体ほどのクローンが放たれた。
それまでに魔眼を開眼できず、年老いたクローンはゴミとして処分された。
そのうちの一体が、白虎のボスだ。
奴は心酔してたお前と同じ細胞に、アメリカでも心酔していたのだ。
五歌は50体ほどのクローンを少しでも減らすため、魔眼に手を出した。
自らの眼をえぐり出し、クローンの魔眼を取り付けたのだ。
魔眼の細胞分裂によりやつの視覚となったその眼は、50体のクローンを一桁まで減らした。
そんな頃、俺は桜庭に騙されて悪魔になり、魔眼を開眼した。
その前に、五歌から頼みを聞いていたんだ。
「…俺の役目は、弾にこの魔眼を託す事だ。俺が役目を終えられたら、お前が俺を殺してくれないか?奴に肉親を斬らせたくないんだ。」
お前は五歌と闘い、お前の青眼は元はお前の魔眼に反応し、それになる為の細胞分裂を始めた。
なぜ分かったか?
オーラが魔眼のオーラだったんだよ、お前のクローンが放っていた、そのオーラだったんだ。
だから俺は願い通りに奴を殺した。
そして俺に役目ができた。
「…お前に魔眼を開眼させる事だ。はっきり言って、桜庭の嬢ちゃんには犠牲になって貰うつもりだった。この先クローン、大三郎と敵は多い。強いに越した事はないからだ。」
酸欠で頭が回らないせいか、話の意味を理解したくないせいか、まるで他人の話を聞いているかのように、冷静な気分だった。
サァッと、雨が降り始め、次第にそれは強くなっていたい程に俺の傷口を打ちつけ始めた。
「しかし弾、お前は俺たちの予想を2つ超えた。1つは、青眼が自ら作った魔眼は薬がない為オリジナリティを持っており、その精度は俺たちの魔眼と比べるとはるかに高い。」
「通りでお前に勝てたわけだ。」
血涙が止まらない。
真実を知った俺の眼が、泣いているようだった。
「2つ目は、犠牲にしようとした嬢ちゃんまで救ってしまいそうな事だ。」
ドオオオオオオン、と、学園の屋上から巨大な炎が噴き上がり、鳳からの合図だと気が付いた。
「…どうやら終わりのようだな。」
俺は打つ準備をする。
界は寂しそうに俺の目を見た。
「…弾、お前が望む英雄像は、どこまでも強欲で、利己的で、打算的で、そして魅力的であるべきだ。自身を持て、愛を持て。それからこれだけは忘れるなよ、弾。」
寂しそうに俺を見つめる目から、雨の雫が流れ落ちる。
「…お前は、いつも誰かに愛されていた。その事実だけは忘れるな。死を怖れろ、愛に感謝しろ、そして……。」
にこりと微笑む。
「……常に幸せでいてくれよ、弾。じゃあな。」
俺は眉間に魔弾を撃った。
脳天を貫いたその銃弾は地面も打ち抜き、どこかへ消えて無くなった。
………………。
あー、そういえば、賭けはどうなっただろうか。
桜庭さんを、結局俺は救うことが出来たのだろうか。
賭けに勝っていれば、嬉しいな。
幸せだな。
幸せ…だよな。
顔を天に向ける。
赤くない血が、俺の片方は青く、片方は何の変哲も無い両目から溢れていく。
「…なんだよ、どいつもこいつも。…俺は幸せだよ、ど畜生。」
呟いた声など、誰にも届かなかっただろうが、きっとそれも幸せなのだろう。




