第58話 故郷
かつての友…俺は兄弟のようにすら思っていたのだが。
おむすびころりん、という童話を知っているだろうか。
昔の老人が、穴におむすびを落として、鼠からの恩返しにと、つづらを貰う話。
おむすびを落とすという出来事は、運命を表す。
人が日々生きていて、どうしようもなく起きる出来事だ。
そして、つづらはそれに対する対応、選択。
あの時の老人には、2つの選択肢が与えられたが、俺たちがそうというわけではない。
いくつもの選択肢がある人もいれば、1つとして選択肢がない人もいる。
ただ言えるなら、大きいつづらは、ハイリスクハイリターン、小さいつづらはローリスクローリターンだという訳だ。
俺は、どちらも選ばない。
どちらも…選ばなかった。
得をしない代わりに、損もしない。
5人いて、様々な選び方をしたやつがいたが、俺の一番の友の選び方は印象的であった。
“俺はどちらも選ぶ。”
そう言ったようだった。
そして確かにどちらも選んだ。
傷だらけになりながら、得を勝ち取った。
それなら良いのだ。
だが、納得のいかない点がある。
「……どうして得をしているのはお前ではないのに、損をしているのはお前なのだ。どうして価値のある得を譲り与え、耐えるしかない損を受け入れる?」
自傷行為をしているようで、腹が立った。
意味が分からないからだ。
だから俺はじーさんの元を離れる、奴の元を離れる決意をした。
そしていつか……。
いつかの時が、どうやら来たらしい。
頭の悪い俺には、方法が浮かばないが、昔、友に言われた。
「…お前の頭は空っぽだな、俺並みに。だからかな、お前の行動はなんか重みがあるよ。」
その言葉を、信じようじゃないか。
急所をついた。
ダメージを受けている証拠である反応もあった。
だが流石は師範代、すぐに絶えることはなかった。
「言うなと言われていたことだがな、…。ハァ、ハァ、今のお前には儂が言いたいから言うことにする。」
恩師を殺す。
恨みもないのに、その人間を与えられた理由だけで、正当性を握りしめて殺める。
罪悪感なんてもんは半端でない。
だから…
「…今俺に話しかけるな、そしてお前も何も喋るな。」
ただでさえ体中が傷だらけで痛む。
過去の激戦に比べれば大したことがないが、それでも、痛いものは痛い。
何より最近、眼の副作用が出てきているようで………、この事で泣き言を言うのはよそう。
「……ここから先は儂の独り言じゃ。」
老人はそう言って話しはじめた。
もう、同じ言葉は繰り返さなかった。
残り僅かな時間を割いてでも伝えたい事なら、俺も人を殺めた代償のつもりで聞き入れようと、覚悟した。
儂は知っていたのだ。
最強5人衆が、それぞれの理由でこの地を飛び立とうとしていることを。
理由も知っていたし、それぞれの覚悟も知っていた。
止める理由もなかったが、寂しくないといえば嘘だった。
いや、寂しかった。
でも、あの時、儂は儂が正しいのか分からなくなっていた。
だからだろうか、普段の儂なら出来たことが、出来なかった。
「…じーさん、みんな何処かへ行くのか?」
当時最強5人衆なんて呼ばれた童の1人が訪ねてきた。
まだ其奴だけは、この地を離れる理由がなかった。
「そのようじゃな。」
「…弾も、どっかへ行くのか?」
「何故そう思う。」
「最近さ、弾のよーすがおかしーんだ。例の一件が原因かと思ったんだけど、それにしては時間が経ち過ぎててさ、変だなと思うんだ。」
普段は頭が働かないその子が、思考を巡らせていたのだ。
「…弾もこの地を離れるようだ。何やら“真実を知った。今までの黒間弾を捨てる為にも、俺はこの場にはいられない”と語っていた。」
「…なんで弾は今までの弾を捨てなくちゃダメなんだよ。」
「…言って良いことかは分からぬが、奴の両親の一件、それに足される件は、どうやら奴の一族の陰謀が影響しているらしい。それはいずれ、奴が愛する者達にも危害を与えると身を以て知ったのじゃ。」
どこまで理解をしただろうか、童は拙い頭をフルに使い話を聞いていた。
「しかし、今の奴では、今まで通りの奴では、愛する者達を守ることも、失くした者達の為の復讐も成せないと悟ったのだろう。どちらも簡単な事ではないから…。」
言いかけたところだった。
「なんで弾がそんなことしなくちゃダメなんだ!!」
叫び声だった。
「それって、弾が、弾以外の人の為に死ぬかもしれなくなるって事だろ?弾が、弾以外の人の為に悪者になるって事だろ?意味分かんねぇよ!何で弾がそんな事しなくちゃいけないんだよ!」
「…それが、奴が選んだ選択肢だからだ。」
酷な話をしているのだろう。
そんな事は分かっていた。
しかし、それ以外に何を言えば良いのかは、咄嗟には出てこなかった。
「……だったら……。」
ふと、今まで目を逸らしていたその子の方を見た。
震えていた。
恐怖で、だろう。
泣いていたからな。
「…だったらさ!俺もここを出てくよ!んで、もっともっと、弾よりも強くなるよ!それで、俺が選んだ選択肢にある得を、あいつにやるんだ!んでもって、あいつと俺の分の損を、2人で乗り越えるよ!」
5人衆の中で、一番頭の弱い子が、これだけの解答をしたのだ。
儂も動かなければと考えた。
「…弾が動き出したら、俺も帰るよ。それまでに、あいつの膨大な損を、乗り越えられるだけの強さを手に入れる。それから……そうなった時に弾に言うんだ、今までごめんねって。」
「何故謝る?」
「…だってさ、俺は弾の事情を知ってるけど、俺は弾に黙って出て行くんだ。それに、突然帰っていて、俺のけーかくを話しても、分かったなんて言ってくれないと思うんだ。だから…、ごめんねって。」
やはりその童は頭が弱かった。
だからこそ、痛いほど彼の想いが伝わった。
「…弾を救うのは、儂では出来そうもなかったが、お前なら出来そうだな、……………」
「…虎美…ってか?」
話し終える頃には、ジジイは絶命していた。
「…くだらねぇ過去話するならさ…。」
返事くらい聞けよ。
その言葉は飲み込んでおいた。
発すると…過去の風景が、この地に蘇り、涙が溢れそうだったから。
今や明王と…鬼となった俺は、そんな事は許されないし、そうしてしまうと、ジジイが命を懸けてまで伝えてくれた“想い”を踏み躙る事になるから。
「…白城…虎美…。」
白虎。
そんなあだ名で呼ばれていた。
頭は空っぽのバカで、体も俺たちより少し小さいのに、どこにあるのかという程の力で、5人衆に仲間入りした。
「…いつまで寝てんだ、鳳。」
鳳を蹴飛ばして起こす。
他の奴らを、バスに詰め込み、国へ連絡し、後処理をしてもらい、俺が明王院へ帰る頃には跡形もなく片付いていた。
やり残した事は無い。
そして…俺たちの帰る場所も、無くなった。




