第57話 幕引
なんとなくこの世に生を受け、なんとなく向けられる愛情を受け取り、なんとなく愛を感じる人と出会い、なんとなくそんな人と家庭を築き、なんとなく幸せを感じ、なんとなく笑って死んでいく。
そんな、なんとなく普通の人生を送りたい。
少し前までの私ならきっとそう思っていただろう。
物心ついてすぐに出来すぎた幼馴染と出会い、なんとなくその子と仲良くして、なんとなく楽しい日々を送り、なんとなく、その子に恋をして……。
少女漫画によくあるような、ありきたりなシナリオ。
だけど、それをぶち壊してくるのは少年漫画だった。
弾は、そう、少年漫画の主人公みたいだよね、と思う。
破天荒だし、キャラが濃いし、ストーリーがあいつを包む。
そして私も、そんなあいつに恋をしている。
何だろな、これ。
言ってて物凄く恥ずかしいんだけど。
それでもやはり、今までとは違う感情を最近抱くようになったのは確かだ。
「奴に心労をかけないでやってほしい。暫くで良い、あいつを放っておいてやってくれないか……。全て終わるまで事情は話せないが、ここで少しでも間違えればあいつは本当に人間で無くなる…。」
そう、諦めたような顔をして言った鳳くんの言葉が、頭から離れない。
自分の存在が、弾を追い詰めていたことくらい知っていた。
どうにかしたいとも思っていた。
鳳くんの言うそれが、一番の手段だというのなら、私は何の躊躇もなく、その手段を実行する。
でも、気に食わない部分がないわけでもなかった。
やっぱり、昔からいつも一緒に居て、一緒に泣いたり笑ったりしたあいつには、恋だけでなく、特別な感情がある。
恋でないなら、その感情に名前をつけるのはとても難しくて分からないけれど、その感情が大きなプライドを形成する。
「一番近くに居るはずなのに、一番に最善手を考えられなかった。」
その事実が、視野の狭さが、私を苦しめる。
今も、明王の職務だとかで、学校を公欠している。
どうせ、あいつに出来る職務なんて、格闘くらいなもんだ。
しかもあいつの事だから、誰かの為に、誰かの想いを背負い、傷だらけになった自らを省みず、ただ背負ったものの為に、ひたすらに。
だから1つだけここで伝えたいことがある。
なんとなくでいい……、必ず貴方が本当に望むように、私が望むように、なって欲しい。
「…桜庭一族、か……。」
ジジイをぶっ飛ばすつもりが、逆にぶっ飛ばされ、いや今互角みたいな感じ。
結構強くなったつもりでいた。
それでもやはり、このジジイには、敵わない気がした。
本気で向かっても、余裕で流されている気が、なんとなく分かった。
「…今関係ないだろ。」
覚悟が揺らがぬよう、ピックを握りしめてジジイに投げつける。
「防林拳!」
くるくると腕を回し、風圧がピックを跳ね返す。
「…破山掌!!」
腕の回転が治る頃の隙を狙い、俺は破岩掌と同じ型をしてみせた。
掌は空気を叩き、叩かれた空気はジジイに向かって行く。
山をも砕く、遠距離からでも掌を打てる技。
押された空気はジジイを砕く勢いで衝突したが、ジジイの硬さはそれを凌いだ。
とはいえ、隙をついたこともあり、ジジイの皮膚が切れて血が吹き出した。
「………夢幻流では、その技の使用者は破門、というしきたりなのだが…しきたりさえ守れば、、いや、お前はココでは収まらぬか。」
「ごちゃごちゃうるせぇよ。」
この技が禁止されているのは、夢幻流の、
“我が身捨てるべからず”
というルールに背くからだ。
つまり、この技は掌を強く押し出す為、肩関節、肘関節に多大なダメージを与える。
並の人間なら、1発撃っただけで肩は外れ、肘も外れ、腕が2倍くらいの長さに伸びて、戻ることはない。
俺でも、やはり一撃使った今、叫ぼうかというほど痛い。
「…そもそも、ここに入るのが間違えていたんだよ。あのルールは、俺には合わない。入門を認めたのがそもそもの間違いだ。」
俺はもとより、自分を捨てていたのにさ、。
さすがに血飛沫が出るほど傷を負えば、少しはダメージを食らうようだ。
息が上がっているのが分かる。
「…本当に、何がというと分からんが、大きくなったな、弾。儂では飼えなくなった。」
「は?」
「儂はな弾、お前を飼い殺すつもりで入門を引き受けた。一果嬢の頼みでな。お前を儂が飼い殺し、外に出すときには、お前の目に、光を与え、この世界を眩しくしてやろうと…そう思ったのだ。」
そう、つまり俺は舐められていたのだ。
そんなことも、知っていた。
だから、
「しかしお前は、儂の想像など軽く越えてきた。お前だけではない、あの時、最強5人衆なんて呼ばれた全員だ。本当に強かったよ、お前らは。だから儂には止められなかった。全員の、鎖を引きちぎる理由を。」
「でもテメェは、あいつらが出ていく理由は教えてはくれなかった。俺の理由はみんなが知って行ったのに。」
そこに理不尽を感じた俺は、さっさと出て行き、明王院で自分を磨くことを選んだ。
それだけではない。
「…ぬるかったんだよ、ここは。ここにいれば楽しくて、幸せで、両親が生きていて、何も知らなかったあの時のような気持ちが蘇るようだった。そんな場所は望んじゃいない。だから飛び出した。」
そしてジジイは、追っては来なかった。
最強5人衆の誰1人として、ジジイが追うことはなかった。
「…儂は、正直こうなる未来が見えていた。そして、まだ先の未来も見えていた。だからお前らを追わなかった。」
「自らが死ぬ未来か?」
俺はそう呟き、ピックを投げつける。
かわされるが、やはり隙ができる。
ように見えるだけ、なんて事はもう知っている。
「破山掌!!」
ピックを交わした後、ジジイは俺に向かって禁忌を犯した。
奴の覚悟が俺を押しつぶそうとする。
気圧されぬよう、耐えて耐えて。
それでも俺のやる事は変わらない。
「……防火拳!」
ジジイの防林拳の、俺のバージョン。
奇眼を発動させ、呼応させる。
「火拳!」
俺の、意思表示。
火拳は直径50センチほどの火の玉のようで、それを拳にまとわせて食らわせようとするが、ジジイはやはりかわす。
かわした頭に、バク転からの脳天を打つ蹴りを。
これもかわされる。
そして…、隙ができた!
「…火輪破楼掌!」
破山掌に火拳を加える。
やっと奴の腹に当たる。
当たってから、ねじ込むように掌を回す。
ブランクの後、ジジイの体は吹き飛んだ。
そして……
「…夢幻流、密拳!」
中指のつけてあたりからまるで棘でもあるかのような一撃で、拳は奴の腹部を貫通した。
奴の口から血が吹き出て、腹に穴が空く。
1つ目の仕事が、終わった。




