第42話 九条
私は、真面目をモットーに生きてきた。
不真面目、という言葉だけでも嫌いだった。
いや……嫌いになるよう、教育された。
私の父は、警視庁のトップだ。
でも、父を尊敬したことはない。
幼い私を見る目が、狂っていることくらい、当時の私にも分かった。
…自信に満ちた、人を見下す、まるで神にでもなったかのような、愛のない目だった。
だから怖かったのだ。
逆らえば、“正義”の名の下に何をされるか、分かったもんじゃない。
私はたまに現れるその男の言いなりに、勉強をし、友達付き合いを制限し、男の望む学校へ入学した。
悲しいことも、嫌なこともなかったが、楽しいことも、嬉しいこともなかった。
母を捨てた男が、何が正義だ。
この頃の私は、そう考えるようになっていた。
要は、私は警視庁のトップの隠し子なのだ。
病弱な母を見捨て、自分の本当の子供が生まれなかったため、私に義務を押し付けて来た。
エゴ以外の、何者でもない。
けど、逆らえない。
そんな私が、嫌いだった。
虚ろな気分が晴れることなく、12年を生きた時、転機は訪れた。
「…お前、怖いよ、顔。」
その少年は、入学間もない私にそう言った。
委員長になった私は、嫌われ者の黒間にも声をかけなければならなかった。
憂鬱になりながら話しかけると、そう言われた。
「……貴方もよ。人殺しの目をしているわ。」
事実、そいつは鋭い目をして、悟ったような表情をして、正直、鼻についた。
顔が美形、引き締まった体、清楚な身だしなみ、しかし乱れた服装。
女子はみんな、それが良いみたいに言っていたが、私は威嚇にしか見えなかった。
この男もきっと、自分の意思だけで生きているんだ。
そう決めつけ、一年、何人の女子が泣かされただろうかという時、彼の笑顔を見た。
妹であろう人物に、屈託のない笑顔を向けていた。
…羨ましい。
ふと、そんな風に思っていた自分に気付く。
その感情を、消そうとする。
彼のロクでもない噂が、それを助ける。
しかし、彼が明王になり、噂は事実に変わった。
詳しく、身の上を知った。
興味が湧いたのだ。
生まれて初めて、体からゾクゾクしたというか、出会ったことの無いような人間を見て。
ついていきたい。
そう感じた私は、何気に三年クラスが同じの彼に、話かけた。
これが恋かは分からない。
だけど、こんな感情を…明るい感情を抱いたのは、初めてだった。
俺は開戦を叫び、部隊を誘導した。
ものの5分だった。
俺たちの第1班と、機動隊の切り込み部隊が衝突する。
ウオオォォォォォォォォ!
という歓声が湧き、殴り合いが始まる。
俺はこれを機に、全身に力を込めた。
順番に、オーラの色が変わってゆく。
青眼、呪眼、奇眼……。
奇眼までは、もはや生理現象と同じくらい、容易い感覚だった。
俺はさらに目に力を込める。
いや、力というよりは、魂を込める。
目から、血が流れる。
血涙を流し、俺の体から一段大きなオーラが吹き出す。
奇眼…呼応状態。
今の俺の、最大値。
その状態に慌てる切り込み部隊を確認し、俺は敵の本拠地へ駆け出す。
この眼でできること。
瞬間移動を繰り返し、3回目くらいで、警視庁のトップの前へ躍り出た。
九条正喜。
九条の父と聞いたときは、なぜかしっくりきた。
あいつの親らしいや、という感覚だった。
奴の前へいきなり現れれば、焦るだろう。
そこを突くつもりだった。
しかし、九条は笑みをこぼした。
俺は罠を予想し、4回目の瞬間移動で、中間地点へ戻った。
笑みの意味を考えつつ、機動隊を殴って気絶させつつ猛進するか、と考えていると、鳳から無線が入った。
「弾!一班がやられた!2班は戦力半減!向こうの切り込み部隊は4分の一まで削ったが、後ろから近づく九条を確認!戻ってこれを駆逐されたし!」
気取った口調が気になるところだが、それどころでは無い。
「…待て、今俺は確かに本拠地まで突撃したが、九条はそこに居たぞ…。」
そう言い終える前に、妙な空気を感じる。
感じた方を向き、焦りを覚える。
ドゴォォォォォンンン!!!
あろうことか、敵の本拠地が大爆破したのだ。
「…どうなってんだよ、これ。」
「…君がやったことになるんだよ、これ全部ね。」
パッと振り向くと、九条がいる。
あちらこちらで、いや、明王院のあるあたりで、大きな雄叫びが聞こえる。
「どういうこった、これ。」
俺は九条を見て言った。
本拠地近くにいた、大量の機動隊が、1人としていないのだ。
「…こういうことだよ。」
そう言って、九条は目を閉じた。
次に開くと、そこには俺と同じ眼が写っていた。
「…瞬間移動で、俺を隔離しただけの話か。」
「あぁ、邪魔者は、大量の機動隊が止めてくれるよ。バカ共も、鳳とかいうヤクザもな。」
やられた。
こいつの目的は、俺たちの本陣突破なんかじゃ無い。
俺と…鳳の首だったんだ。
だから、俺たちが帰阪するのと同時に開戦したのだ。
しかし、それなら…
「こちらとしても手っ取り早いな。」
元々俺も、こいつの首が目的だ。
向こうで殺さぬ程度の喧嘩をしているうちに、2キロほど離れた地点で、奇眼同士が衝突する。
考えれば俺の方が有利だ。
「一騎打ちといこうか、黒間弾。」
そう言って、九条は俺の目の前に現れる。
スピードが、とても早い。
俺は内ポケットからクナイを一本取り出し、振り下ろされた長刀を止める。
キッツ…。
力が、半端じゃなかった。
鋭い刃で、殴られるような感覚。
呼応状態でなければ、反応できない速度。
流石は武力行使のトップだ。
ここまでなら五歌をも凌ぐだろう。
と、その時だった。
フッと、仮面の男が現れた。
九条は男に気付き、後方へ飛ぶ。
「…貴様、何者だ。」
焦った九条を見たのは、ここまでで初めてだった。
「…俺が誰か、か。俺はあれだ、えーと、あー…あ!そう!黒間の残党だ!」
絶対、今思いついたであろう回答をした。
「…また、…また黒間か。ならお前も、殺すまでだ!」
そう言って九条は男に近づいた。
だが男は、黒いオーラを纏った拳を、見えない速度で九条の腹に埋めた。
九条は吹き飛び、近くにあったビルに突っ込んだ。
九条の体はビルにめり込み、砂埃が舞い、何も見えなくなってしまっていた。
男は静かに俺に近づき、
「今のあいつのが、やるなら面白いよ。さっきのままなら、お前は確実に勝てるからね。」
そう微笑んでどこかへ消えた。
俺は予想通りの男の強さに、呆然としていた。
やがて、崩れたビルの中から九条が出て来て、また神経が九条に対して向けられる。
九条の体が、黒いオーラを纏い、何かをブツブツと呟いているのだ。
怖かった。
未確認生物を見たような、そんな感覚。
「くぅろまぁ!おまぁえだけはぜぇったいにぃ、ころぉすぅ!」
呂律がうまく回らない状態で、そう叫んでくる。
フラッシュバックされる、奴の言葉。
これは…死ぬかもしれんな。
そう感じ、俺は九条に向かってクナイを構え、駆け出した。




