第40話 予測
“全国不良取締強化月間”
この政策は、警視庁が出した、不良の居場所をなくす計画だ。
明王不在の今、警視庁がこの政策を発表した。
知らせはすぐに届くだろうが、今すぐにはどうすることもできない。
「聞こえはいいけど、結構キツイ政策だよね。」
私の横で、テレビを見ていた真希さんが言う。
「えぇ…。」
明王院学園が、政府と手を結び行なっている制度、“明王制度”の中にある明王も、武力行使をしている以上、扱いは不良と同じだ。
実際、現明王の黒間弾は、大阪の不良をまとめ上げた、まさに不良のスペシャリストだ。
こんな政策が出れば、全国の不良が国家権力に敵うはずもないので、居場所を求めて、明王のいる大阪に集まる。
警視庁が、大阪を叩きにくれば、明王とはきっと、戦争になる。
何より危険なのは、明王なら勝機があることだ。
総理暗殺。
これだけのことをしてのけた人間を、武力行使のスペシャリストが本気で潰しに来る。
被害は周囲にも及ぶだろう。
明王も危険に晒されるし、補佐である私の主人も、当然危険に晒されるだろう。
「私は今度こそ、あの方の力になれるでしょうか…。」
うっかり口に出ていたことに気付く。
「大丈夫だよ!お兄ちゃんがいるから!」
そう言って純粋無垢な笑顔を向けてくる少女を見て、安堵が生まれる。
なんとかなるかな。
かつて、大輝さんのお兄様に仕えていた時のような、懐かしい感覚だった。
真希に買ったお土産を部屋に持ち帰ると、そこには誰もいなかった。
女子の荷物はあったので、おそらくお開きという訳でもないのだろう。
「全員で探しに行くなんて、バカのやることだろ。」
どんな時も、大勢で動くときは司令塔がいてこそ成り立つ。
セオリーを無視。
あいつららしいか。
スノードームを買ったことで、俺は少し気分が落ち着いていた。
入れ違いになってもいけないので、この部屋で待つことにした。
窓を開け、大阪では降らない雪を眺める。
ちょうどいい寒さが、心地よい。
ふと、俺は50メートルほど下の道路に、人の気配を感じた。
俺は部屋を飛び出し、風呂上がりのジャージのまま、寒空の下へ駆け出した。
「…あの時以来か…。何しに来た。」
黒装束の男に声をかける。
五歌を殺した、謎の男。
風貌は変わらず、また俺の仮面を着けていた。
「その仮面、いつ盗ったんだ。」
軽く吹雪く中、寒さすら感じず、自分より明らかに強者である人物に対峙している。
足が震えそうだった。
「…いい代物だよ。お前が根城にしていた鳳の庭のテントに置いてあったのを拝借した。…どうせ使わないんだろう?」
言葉を発するその声が、妙に重たい。
今すぐここから逃げ出したいほどの、プレッシャーを与えられていた。
「…お前、一体何者なんだ?何が望みだ、なぜ俺の元へ現れる?」
聞きたいことは多すぎる。
何せ、こいつの全ては、謎でしかないのだ。
「……俺が何者か分かる頃には、お前は元の人格など無くしている。今のお前には、話すなと言われている。……いや、そんなことはどうだっていい。」
人格など無くして……なんだと。
恐怖が体を支配する。
「…お前、テレビは見たか?」
こんな奴から、そんな当たり前のテンプレートが出てきたことに驚いた。
「…いや、見ていない。」
「日本の警視庁が、全国不良取締強化月間なんてもんを発表したぞ。」
一瞬にして理解する。
戦争になるな。
「…これでお前がまた一皮むけてくれると、こちらとしても嬉しい限りなのだが…。」
考えていることが全て読まれているような、そんな感覚だった。
「こちら、と言ったな。お前のバックにも誰か居るのか?俺を組織的に狙っているのか?」
焦って、大声で叫んでいた。
そのことに気づき、はっとしていると、
「…そのうち分かる。」
と男は応えて、闇の中に消えた。
また瞬間移動を使ったのだ。
奴の足跡がついた場所には、まだ余韻が残っている。
謎は深まるばかりで、心配で、心がズタズタになりそうだった。
「……戻ろう。」
そう呟いて俺は部屋に戻った。
薄着に雪がかかった俺が部屋に戻ると、ちょうど全員部屋に戻っていたようだ。
阿部と杉田だけは、他の部屋で遊んでいるようだったが。
「…どこに行っていたの?」
俺の姿を見て、九条が声をかけてくる。
「…外。初めはお土産を買っていただけなんだが。」
「……悪かったわ、さっきは言い過ぎた。」
珍しく九条が謝罪してきた。
しかし、俺はまだ上の空だった。
何者か分からない、未知の敵。
勝ち目は、オーラで気圧されている時点で無いに等しいだろう。
言えない。
こいつらには、口が裂けても。
不安を煽るようなことは、できない。
「…寝るわ、おやすみ。」
睡眠に逃げるため、俺は布団に潜り込んだ。
頭が混乱していた。
警視庁の出した政策といい、あいつの存在といい。
せっかく楽しい修学旅行だったのに、死ぬほど早く帰りたい。
心配だ。
真希も、学園も。
あと1日半。
これほど時間を遅く感じたことはない。
翌日も、俺はまだ上の空だった。
意識が、離れなかった。
俺の心を、心配の二文字が支配していた。
せめて、警視庁が今になってそんな政策を出した真意さえ分かれば!
いろんな要素が頭を巡る。
スキーどころではなかった。
鳳や九条、一果と話した内容はほとんど覚えていない。
昨日と同じメニューを消費し、1日が終わる。
その夜、寝る前に鳳に連れ出された。
ロビーには、誰もいない。
話すなら今か。
「…どうした?昨日からずっと、どっか飛んでるぞ、お前。」
謎の男に関しては今はいい。
奴の口調からして、警視庁の政策には無関係だろう。
それに、根拠のない予想だったが、奴はなぜがラスボス感があった。
俺がどれだけ強くなろうと、奴は俺を刺し違えてでも殺すはずだ。
なら、きっと奴と戦うのは、まだ先の話だろう。
奴より格下の敵が、俺を殺りに来るだろうから、それより後だろう。
そんな予想をしていたから、今ここで鳳に話す必要性は感じなかった。
「…鳳、テレビって最後にいつ見た。」
考えていた話題と違っていたみたいで、鳳は目を丸くしていた。
「テレビか?うーん…最近は何かと忙しかったから、3日前くらいか?」
「…昨日な、俺も人づてで聞いただけだが、警視庁が“全国不良取締強化月間”なんてのを発表したようだ。」
それがどうした、というような顔で鳳がこちらを見る。
やっぱり、部下がバカだと苦労する。
「…いいか、大々的に発表するほどの政策だ。警視庁も本気な訳だ、そうなってくると、対抗する不良との争いは避けられない。つまり……」
「俺たちと警視庁の戦争になる、か。」
やっと気付いたか。
「…あぁ、もう不良は追い込まれているだろう。俺たちが帰る頃には、不良たちは大阪に逃げ込んでいるはずだ。」
「そうなると、俺たちの帰還と同時に、戦争は始まるということか。」
俺は小さく頷く。
まずい。
俺たちが今回、個人で動かず、あくまで明王として動く以上、学園を拠点にしなければならないだろう。
犠牲は出したくない。
「…鳳、分かるな。」
「……あぁ。」
俺たちは立ち上がり、荷物をまとめ、臨時職員室へ向かった。




