第38話 貴方の為に
過ごしやすい場所。
静かで、近くにコンビニがあり、都会の中にある自然って感じの庭。
広いし。
お兄ちゃんは好きだろうな。
「心配ですか?」
声に出ていた。
鳳邸に腰を据えてる私は、冴香さんに世話になっている。
「ううん、お兄ちゃんを心配すると、身がもたないから。」
「ですね。」
そう言って笑いあった。
今でこそ人格破綻者のような格好をしているが、昔はそんな事なかった。
何が、兄をあそこまで変えてしまったのだろうか。
やっぱり、恨み、だろうか。
兄は、活発な少年だった。
両親は死んでも、私にすごく優しく接してくれた。
強いわけではなかった。
たまに、寂しくて泣いているのも知っていたし、機嫌が悪い日もあった。
兄の素行が悪くなってしまった原因は考えるまでもなく、事実を知ってしまったからだろうが、あの時は知る由もなかった。
強がって、強がって。
虚勢を張って、それを人格にして。
兄だけではないかもしれない。
冴香さんだって、何もなければ、私なんかに敬語なんて使わないだろうし、一果ちゃんも、あんなに綺麗な雰囲気は出なかっただろう。
物事が、その人の人格を形成し、成長させる。
そして物事が、後戻りを許さず、恐れを無くさせる。
兄の気持ちは分からない。
理解出来ないし、理解しようにも情報が少なすぎる。
隠しているからね、当然かな。
知りたい。
兄の気持ち。
でも、それは開けてはならないパンドラの箱のような気がする。
兄の虚勢を覗くのは、弱くて、優しくて、やんちゃで、ただの、私のお兄ちゃんから、強くて、怖くて、残虐で、冷徹な、日本の英雄にしてしまった“物事”を飲み込む行為だから。
私は、弱いままだから、耐えきれない。
私は…弱い。
小さい時、まだ両親が生きている時、きっかけはなんだったか、両親を凄く怒らせてしまった事があった。
私は怒られて、泣いて、怖くて、家を飛び出した。
どこかの漫画を除けばあるような話。
だけど、私はあの時の兄が目に焼き付いているから、今の兄も私のお兄ちゃんだと胸を張って言えるのだろう。
「真希、帰るぞ。」
歯を見せて笑いながら、私に手を伸ばしている。
足は裸足で血がでてて、頬に手形が残っており、目が充血している。
「お兄ちゃんも、怒られたの?」
「ばっかお前、お兄ちゃんは偉いから、怒られないぞ。真希、とーさんもかーさんも、もう怒ってないから、帰ろ、な?」
見栄っ張り。
今も変わってないな。
だから、これから先何があって、兄の人格を変えてしまおうと、私の兄は大好きな“お兄ちゃん”なんだ。
「お土産、買ってきてくれるかな…。」
「そうですね…、大輝様は、買ってくると言っていましたが…。」
冴香さんは偉いな。
「鳳さんほど、あのバカ兄は気が利かないから。」
そう言って笑った。
「あ、でも見栄っ張りだから買ってくるかも。一果ちゃんのおじちゃんとおばちゃんにも。」
「同じですよ。」
そう言って冴香さんは笑った。
見透かされてるみたい。
楽しいひと時だった。
話の続きをしよう。
俺は彼女が何者であったとしても、好意を抱いている自信があった。
だから、彼女に踏み込めなかった。
嫌われたくなかったから。
その日はお互いに少しばかり話をし、山を降りた。
聞けば彼女は、中学の美術部だそうだ。
安京女学院中等部、三年生。
今の俺と同じ歳か…。
俺は次の日も、山へ登った。
桜庭さんがいるかもしれないという、淡い期待を抱いて。
だからこそ、そこに桜庭さんがいた時は飛び跳ねたいくらいに嬉しかった。
「桜庭さん!」
2日目にして、俺はすっかり桜庭さんに懐いてしまった。
「弾くん。」
彼女はお姉さんのような感覚で、甘えるように接していた。
次の日も、その次の日も、俺は山へ通い、桜庭さんと色んな話をした。
明王院が、明王制度なんてのをつくったことも、その時に知った。
兄弟はおらず、家は富豪のようで、厳しい。
体も弱く、自分が嫌になると。
でも、自然が好きで、美術部に入ったのは静かに、その景色を心ゆくまで堪能出来るからだと。
女子校だから出会いもないし、体力も無いから他の子達と同じような遊びもできないこと。
ピアノに、習字と教養が多く、嫌になってくること。
本当は、他の子達がしている、カラオケやゲーセン、ボーリングに憧れていること。
色々な話をした。
俺も、結構な話をした。
無我夢中だったから、彼女はきっと俺の何もかもを知っているかもしれない。
それほど、話した。
そうして1週間ほど通っているうちに、突然言われた。
「明日から、私はここへは来ません。」
「なんで!どうして?」
子供の駄々だったな、今思えば。
そう言うと桜庭さんは、スケッチブックを俺の方へ向け、
「作品…完成したので。」
と言って微笑んだ。
女神のように綺麗だった。
それなら、と俺たちは番号を交換し、たまに俺が安京まで会いに行った。
たまにと言っても、2日に一回レベルだ。
そうしているうちに、俺は思い上がってしまった。
「桜庭さん、俺と一緒に、桜庭さんが憧れている遊びをしない!?俺、桜庭さんに合わせるから、しんどくなったら、休んでもいいからさ!」
桜庭さんとデートがしたい一心だった。
愚かだった。
幼かった。
だけど桜庭さんは、
「はい!良いんですか!」
と嬉しそうに微笑んでくれた。
バカな俺はもう冷静さなんて失っていた。
そうして、その週の日曜日に、俺は桜庭さんと街へ出かけた。
カラオケへ行き、桜庭さんのショッピングへ行き、おしゃれなカフェへ行き…。
楽しそうに笑う桜庭さんは、幻想的だった。
楽しかったなんてもんじゃ無い。
ガキだった俺はすっかり舞い上がってしまっていた。
夕方になり、桜庭さんは、
「少し休みませんか?」
と言って、とても高いビルの屋上へ俺を連れ出した。
「都会でも、この高さから見ると自然と変わらぬ魅力がありますね。」
そう言う桜庭さんに合わせるのに一心で、俺は景色など見ることもなく、
「そうですね。」
と返事をした。
夕焼けが俺たちを照らし、舞い上がっていた俺は、禁忌を犯した。
「桜庭さん!…俺、貴方が好きです。こんなガキに言われても困るかもだけど…俺、桜庭さんの事が好きです!」
風が吹く。
高い場所だから、まぁまぁ強い風が。
桜庭さん、ため息をして、頬を染めながら、柵にもたれかかり、手を組んだ。
「…嬉しいです、弾くん。私も貴方を慕っていますよ。…私の方がお姉さんなのに、可笑しいですね。」
と言って桜庭さんは微笑んだ。
俺はもうそれこそ気が狂いそうだった。
両想い。
そこだけしか見れていなかった。
「可笑しくなんか無いですよ!それに…そんなに離れてませんし…。」
必死だった。
一緒にいてほしい。
ずっと、隣で微笑んでいて欲しい。
心からそう思っていたし、今でも思う。
でも、桜庭さんは表情が変わった。
今までに見たこともない、冷たい表情。
「…嬉しいですよ、弾くん。私も貴方を、きっと貴方が私を想う気持ちよりも、ずっと想っています。両想いと知って、この胸がはち切れんばかりです。」
と言った。
しかし俺は、その表情に怖気付いていた。
後に続く言葉が、きっと俺にとって良い言葉ではないと、理解していたから。
「……ですが弾くん。私は貴方を同じくらい恨んでいますよ。私はもう貴方とは会えない。貴方の優しさ、それが私をずっと苦しめてきました。」
そう言って、冷たい顔は、またいつもの優しい、だけど何処かに諦めを示唆させる表情を孕めた表情に変わった。
どういうことですか!
そう叫ぼうとした刹那、何処からか銃弾が、桜庭さんのもたれている柵を撃ち抜いた。
2発、パァン、パァンと。
忘れもしない、脳裏に焼きつく音だった。
柵は桜庭さんのもたれていた部分だけ外れ、もたれていた桜庭さんは落ちそうになる。
俺は
「桜庭さん!」
と叫んで、その手を掴もうとした。
貴方が死ぬなら、俺も連れて行って欲しい。
本気でそう、思ったから。
でも桜庭さんは、俺の手をかわし、
「貴方が私を殺すんですよ。」
と呟いて落ちていった。
高層ビルの屋上から、落ちて無事な訳がない。
俺は理解した。
そんなビルの屋上に、子供2人で易々と入れる訳がない。
何もないのに、柵を銃弾が撃ち抜いたりしない。
そして言い残された、あの言葉。
「貴方が私を殺すんですよ。」
頭の中で、がんがんと響く。
「俺が…殺したんだ。」
そう呟いて、俺はビルを降りた。
騒ぎになっていたが、俺はあえて現場は見ず、帰った。
俺は理解した。
俺の存在が、黒間の連中を動かし、彼女を殺した。
俺の存在が、桜庭美波を殺した。
俺の存在が、負の物事を呼んだ。
彼女は知っていたんだ。
だから、最後に言った。
耐えきれない。
もう死にたい。
でも今俺が死ねば、困る人間もいる。
あのクズどもを、これ以上、俺の大切な存在に近付けてはいけない。
その時、俺の中で信念が生まれた。
“死んでも、大切な人を守る”
その為に今の俺に必要なことは…
「鬼になる…復讐の鬼に…真希たちの、用心棒の鬼に…俺はなる。」
茨の道を、決意した瞬間だった。




