第34話 出発
帰宅すると、一果が真希と共に料理を作っていた。
「ただいま…。」
返事がない。
玄関からの声も聞こえないほど、はしゃいで作っている。
帰るはずのない、兄が帰ってきた。
一度諦めてしまった日常が、帰ってきた。
それが彼女たちは嬉しかったようだ。
ともかく、俺はどうこう言える立場でもないので、サッと着替えを済ませてリビングへ入った。
「あ、お兄ちゃん!おかえり!」
不用心な妹が本気で心配だ。
ただでさえ……あの黒間弾の家なのに。
返事をしない俺に不思議そうな顔を向ける真希に、
「いや、ただいま。」
と笑って席に座る。
さあ、問題はこいつだ。
何故かやたらと機嫌が悪い。
「ね、弾。北海道の話、聞いた?」
「あぁ、聞いた。九条とかいう奴に。」
一果の顔が一層険しくなる。
いや、俺も何も考えていない訳ではない。
あの時に俺の仮面を被り、五歌を一瞬にして殺したあいつ…。
敵はまだいる。
こちらから狙う事はもう無いだろうが、応戦しなければならない状況は、これから先確実にあるだろう。
沢山。
油断なんてしていない。
自分を持った訳でも無いし、開放感がある訳でも無い。
ただ……自分を殺したとはいえ、自我を全て失くすと狂ってしまうし、俺が少しも楽しんでいなければ、警戒しているのが敵にバレてしまう。
それに、いつも険しい顔をしていて、はみ出し者の兄より、多少はクラスでも人気者の兄の方が、真希も良いはずだ。
そんな事、この場では口が裂けても言えないのだが。
「あっそ!なら良いんだけど!なんか、放課後には盛り上がってたようじゃない!」
何だこいつ。
頭が悪いのか。
「俺に人気が出て嫉妬してんのか?」
どうだ、図星だろう。
「ホント、お兄ちゃんって残念だよねぇ。」
と笑いながら真希が料理を並べた。
夕食を皆で取りながら
「そうだ真希、俺修学旅行に行くぞ。お土産も買ってくるし、お前の安全も確保されている。」
と報告した。
「良いよ、お兄ちゃん気にしないで。あ、お土産よろしくね?」
相変わらず良くできた妹だ。
「ねぇ弾、あんたもう部屋とか班とか決めたの?」
「あ、そうだ聞きたかったんだけど、北海道に何しに行くんだ?こんなクソ寒いのに…。」
一果が本物のバカを見る目で見てくる。
失礼だ。
とても。
「あんた、もうなんか…。スキー合宿よ。スキーだけ!ホテルに泊まって、そこからバスでスキー場に行って、それを3泊4日!」
へぇ。
下手な観光よりは面白いだろうな。
「なら班分けは大事だな。班も部屋も決めていないが、いつものメンバーで良いんじゃないのか?あ、女子はどうなんだよ。お前も俺と同じ班に入るなら…。」
部屋は男女別れるが、3対3が最低人数となっていて、班はそれが合体する。
「私のとこは、萌だけだけど…今のところ…。」
萌?あぁ、宮村か。
「あ、そうだ!あいつがまだ決まってるか分からんのだが、まだだったらあいつ入れてやってくれよ、九条!意外とボッチなんだぜ、あいつ。」
ドヤ顔で一果を見る。
どうだ、俺、優しいだろう。
しかし、一果は顔を精一杯しかめて、
「ええそうね!!そうするわ!!」
と俺を怒鳴りつけた。
横で真希が、
「お兄ちゃん……これでお兄ちゃんが漫画とかのキャラなら、きっと殺されてるね。」
と言って肩を叩いた。
「どういう事だ?そんな凶暴な女なのか?あいつ。」
判断を誤ったか。
スパイ?
可能性はなくはないな。
クラス委員でボッチなんてなかなか無いだろう。
一応、あいつの前で寝るのはやめよう、と決心した。
次の日、俺が教室に入るやいなや、俺はたくさんの人間に囲まれた。
「なぁ黒間!いや、弾くん!俺と同じ部屋にしようぜ!!」
「ねぇ黒間!私たちと同じ班になろうよ!」
煩いな。
困った顔をしていると、後ろから背中を叩かれた。
割と思い切り。
とても痛かった。
「ダメだよ、こいつは俺と同じ部屋だから。」
鳳だ。
「てんめぇ…いってぇなくそったれ!」
顔を一発殴ってやった。
「まぁ怒んなって!」
「あと班、何勝手に決めてんだよ。」
ムカつくニヤケ顔をした鳳が答える。
「え?嫌だった?俺とお前と、杉田と阿部!いつメンじゃねぇか。あと女子グループは宝条さんとさ、な?」
「あ、一果って、思い出した。」
九条に話していない。
「九条!」
「何よ…、あまり話しかけないでくれる?」
こいつがスパイ?考え過ぎだろうか?
まぁ念には念を、だ。
「いや、お前どうせまだだろ?班分け!俺らと一緒とかどうよ?」
九条は不服そうに、
「貴方にどうせとか言われるのはとても遺憾だけど、確かにそうよ。私としても是非入れてもらえると嬉しいのだけれど、宝条さん達は良いのかしら?」
と答えた。
「ああ!問題ない。」
「何また勝手に話進めてんのよ。」
と後ろからまた一果に頭を殴られた。
「九条さん、どう?私たちと一緒で良ければ…。」
「嬉しいわ、ありがとう。」
「よろしくね!九条さん!」
女子は仲良くなるのが早いものだ。
良い事だな。
こうして、班と、部屋とが決まった。
そしてバスの席の時、つい寝てしまったことから俺は九条の横になっていた。
鳳が勝手にまた決めていたようだ。
そのうちあいつ、泣かしてやる。
スキーとなれば、必要なものもたくさん出てくるので、俺はその日の晩から用意を始めた。
元々家に何も無いので、買い物が多く、準備が終わったのは、出発の前日だった。
伊丹空港、10時発の飛行機に俺たちのクラスと、隣のクラスが貸切で乗る。
合計で3機もの飛行機を貸しきるあたり、さすがは明王院だな、と俺は思った。
出発の日、真希の学年は自宅学習日で休みだったので、玄関まで見送ってくれた。
ドアを開けると、冴香さんが居たので、
「それじゃ、冴香さん、真希をよろしくお願いします。」
と真希を預けて家を出た。
さぁ、ついに修学旅行だ。
中学最後の行事だし、気を引き締めていこう。
あと、九条の前で隙を見せないでいよう。
決意を強くし、俺は駅へと走った。




