35・その後の
その店は煙ととても香ばしい匂いが充満していた。
いくつもの机の上には黒い鉄板。そこは熱せられ、あるものを焼いていた。
「いや、まさか隊長が本当に花を用意しているとは思わなかった……」
黒い鉄板の上に刻んだ野菜や肉と生地を混ぜ合わせた物を引きつつ、仮面を付けた黒い者は言う。
「入り口で『まさかお前が……』とか言いながら捧げる花を持っていた井原を見た時は、もう笑いを堪えるのに必死で……クククッ」
思い出したのか笑い出す仮面。
「でも、あの方はマスターを思って花を用意してくれたのですよ」
そんな仮面に冷たい視線を送るのは机の向こう側に座る幼い少女。毛先が黒い白髪を持ち、その灰色の目はやはり冷めた目で仮面を見ていた。マスターと仮面を呼ぶのは理由は持ち主だからだそうだ。
「井原がそこまでしてくれるとは思わなくてな。……しかしあの後の事は本当しくじった。ユウちゃんも教えてくれればいいのに……」
ため息を付きながら仮面に触れる。帰ってきてから井原に出会うまで、仮面が割れているという事実を忘れていたらしい。あの時、井原に指摘されていた仮面の顔は、言い表せないほどに驚いていた。
「まだ朝早くてしかも〈改変〉直後で助かった……。井原以外だと門番くらいしか俺の顔は見てない……だから大丈夫……」
ブツブツ言いながら仮面は目の前でジュウジュウと焼かれていくそれを銀色のへらで器用にひっくり返す。
「でもどうして顔を隠す必要があるのですか? 井原さんも言っておりましたがマスターの顔は綺麗でしたよ」
「うん、知ってる。自分の顔は綺麗だ。だから隠している」
「……なぜですか?」
「それは俺がイケメンだからだよ」
とっても鮮やかな笑顔でそう言い切った。しかも大きな声で。
その瞬間、店の至る所から突き刺さるかのような目線が飛んでくる。その全ては男性客で仮面を睨んでいた。
「何がイケメンだ……本当は不細工だろうに」
「だがあれでわりとモテているぞ……掲示板でも女が騒いでいる……」
「噂のせいだな……」
「嘘だ絶対に嘘だ! あんな仮面がモテて俺がモテないなんて!」
「死んどけ、そこのロリコン仮面。ついでも隊長も」
「文句あるなら聞くぞ……この野郎どもが」
仮面は静かに席を立った。……その殆どは緑服の連中だったとか。
「しかし、ここの“お好み焼き”というものは美味しいですね」
横で行われる騒ぎなど無視してユウは目の前の焼きあがったお好み焼きを食べていく。
(ですが一つ言えます。イケメンというのは正しくありません)
そう思いながら仮面を見ていた目線をまた鉄板に戻す。
「……マスターは食べなさそうなので私が食べておきましょう。ついでに追加注文です」
目の前で焦げてしまいそうなお好み焼きを前に、ユウはそっとへらを近づかせた。
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士 〈完〉