王立学園と男のプライド
「ほ、本当に今日からここに通うのですか……!?」
王立学園。今日からオーロラ、エレン、ユーリの3人はこのとても大きな学園に通うことになる。
生徒たちは人魚王子が学園に通うことになると知っているのか知らないのか、オーロラたちを二度見、三度見しながら通り過ぎていく。
時折聞こえる黄色い声に、オーロラはエレンやユーリほどの美形はそうそういないものね、と自分のことのように嬉しく思う。
エレンとユーリはこの2週間ですばらしい紳士になっていた。立ち振る舞いもさることながら、その辺の貴族よりはマナーも綺麗だろう。
オーロラがそんな風に誇らしく思っていると、誰かが目の前に立ったのが分かった。
顔を上げたオーロラは目を丸くして深くお辞儀をする。
「会えるのを楽しみにしていたんだ」
そう笑みを浮かべるのは栗色の髪の容姿端麗な青年――ポートリヒト王国の王太子であるテレンス・グランメールだ。
オーロラの行動からエレンとユーリも誰なのか察したようで頭を下げる。
「エレン・アクアライトです。彼は僕の従者のユーリ。それから、彼女は――」
「オーロラ・モーヴクオーレ嬢。知っているよ」
にこにこと笑いあうエレンとテレンス。さっそく火花が飛び散っている。
オーロラは2人がにこにこ笑いあう様子を横目に見ながらユーリにひっそりと「どうしましょうか」と声をかける。
「そうそう、僕が今からこの学園を案内しようと思うのだが、入学式が始まるまでどうだろうか」
オーロラの声が聞こえたのかテレンスがそう笑う。
エレンはわかりやすく顔をしかめたが、断れる雰囲気ではなさそうで3人は頷いた。
「まずここは授業を受けるところだ。学べるのは主に文学、歴史学それから――魔法学」
テレンスはちらりとオーロラに目をやる。しかしオーロラは授業の様子を目を輝かせて眺めているため気がつかない。そんなオーロラを挟んで、エレンは笑っていない目をテレンスに向けている。
明らかにお互いケンカをうりあっている……一歩下がってその光景を眺めていたユーリはどうしたものだろうかと頭を抱えていた。
そんなユーリの苦悩など知る由もなくテレンスの学園案内は続く。
「ここはカフェテリアだよ。一流のシェフたちがいつでもあたたかい食事を出してくれる。……陸の食べ物にはもうなれたのかな?」
「……2週間も食べれば慣れますよ」
エレンは見栄を張ってそう言うが、実はまだ慣れてはいない。珍しい食べ物にいちいち目を輝かせているくらいには食事を楽しんではいるけれど。
「スプーンやフォーク、特にナイフなんかは難しかったのでは? オーロラ嬢が教えてあげたのかな?」
「ええ。でもエレン様もユーリ様もとっても覚えるのが早くて私が教える必要なんてありませんでしたよ」
「へえ、そうなんだね」
オーロラはにこにこしながら、テレンス様はどうして悔しそうなのかしら、とかエレン様はどうして上機嫌なのかしら、と考える。
男同士のちょっとしたプライドはオーロラにはよく分からないようだった。
「それから、ここが図書館だよ……って、オーロラ嬢は本がとっても好きなんだね」
オーロラは目を輝かせて大きく何度も頷く。今すぐにでも本を読みあさりたい、といったようにうずうずしている。
エレンは嬉しそうなオーロラを見てすっかり顔を綻ばせているし、ユーリもそれを止める気はない。
テレンスは少しきまりが悪そうにこほん、と咳払いをする。
「あと一つで最後だから、それからにしてくれると、助かるのだけど……」
「そ、そうですね! ごめんなさい」
「ふふ、いいんだよ。あとで存分に読んでね」
最後の場所、王立研究所に向かう道を歩いていく。
プライドの張り合いに疲れたのか男性陣は少し静かになっていてオーロラは困ったように口を開いた。
「……グランメール様は、あちらにある本どれほど読まれたのですか?」
「僕? うーん、ほぼ読んだよ」
「え! あの量をですか! すごいですね……」
「いいや、大したことないよ。もともと読んでいた本もたくさんあったからね」
さらっと言ってのけるテレンスと、それを褒めるオーロラ。エレンがどうやって割り込もうかと考えていると。
「着いたよ。ここが王立研究所だ」
紹介された大きくて美しい建物に、オーロラは見惚れてしまう。研究所を出入りする人たちはみんなたくさんの本を抱えていて一生懸命に研究をしていることが伝わってくる。
そんなオーロラだったが、次の瞬間顔色が一気に暗くなった。
オーロラの目の前に現れたのはブロンドヘアーが綺麗な女性。
それは、オーロラが17年もの間見慣れたひと。
「2週間ぶりね。愛しい私の妹オーロラ」
オーロラの義姉、マリーはそう悪い笑みを浮かべたのだった。