二人の出会い
アイーダが初めて、セレナーデ・ダナトラスに会ったのは、アイーダの10歳の誕生日パーティーの時のことだった。
その日は、朝から婚約者のウィルにとびきり素敵なドレスを披露できると浮かれていた。アイーダが注文したのは、恋している乙女の心を表したようなかわいらしいピンクのドレスだった。
今日こそは、ウィルに何度も練習した笑顔を見せてあげるのだ。ウィルをあたしの魅力でメロメロにしてみせるわと楽しみにしていた。朝から、心に羽が生えたような気分だった。
しかし、広間でアイーダが姿を見せても、ウィルはアイーダが姿を見せたことに、全く気がついていなかった。まるで、魂を奪われたように、とある子供を見つめていた。
彼の視線の先にいたのは、町一番の美少女と言われていた自分よりも、ずっと美しい子だった。
この世のものとは思えないほど神秘的で美しい紫の瞳、それを縁取るのは銀の睫毛、透き通るように白い肌、高すぎず低すぎない完璧な調和のとれた鼻、ピンク色のつやつやとした唇、ほんのりピンク色の染まっている頬、サラサラとした銀の髪の毛。その子は、神様から溺愛されているレベルで美しかった。アイーダとはレベル違いの容姿であった。
彼は、男のくせにピンクのドレスを着ていた。そのドレスは、アイーダのものと似たようなデザインなのに、彼があまりにも美しいからアイーダの何倍も輝いて見えた。
ウィルの視線は、魔法にかけられたように美しすぎるその子に釘付けだった。そして、花の蜜を求める蝶々のようにふらふらとした足取りで、その子の元へと近づいて行った。
そして、彼は、今までアイーダに一度も向けたことのないような華やかな笑顔を浮かべた。
「初めまして。俺は、ウィリアム・カレンです。あなたの名前は、何とおっしゃるんですか」
「まあ、カレン家の王子様とお話できるなんて光栄です。僕は、セレナーデ・ダナトラスと申します」
ウィルは、その後も、必死にその子に話しかけていた。
アイーダの心は、溢れんばかりの憎しみや嫉妬で埋めつくされた。
何よ、あの泥棒猫。
今ごろは、このあたしがウィルといちゃいちゃする予定だったのに、あの子のせいで全て台無しだ。
テーブルのチキンを雪合戦のようにあの子に、ぶつけまくりたい。あたしと同じピンクのドレスなんて来ているんじゃないわよ。今すぐ裸にひんむいてやろうかしら。ちくしょう。お腹が痛くなって、家に帰ればいいのに。人間恐怖症にでもなって、永遠に引きこもりになればいいのに。
男のくせにドレスなんて着て気持ち悪いんだよ、あのオカマが。ちょっとちやほやされて、いい気になってんじゃないわよ。
今日の屈辱を一生、忘れることはないだろう。あたしは、永遠にセレナーデを恨み続けてやる。
アイーダは、そう心に誓った。
やがて、セレナーデはアイーダの元へやってきた。
アイーダは、セレナーデを見ながら、はらわたが煮え返りそうな思いでいっぱいだった。
こいつさえいなければ、ウィルと私は今頃いちゃつくことができたのに。今すぐ足でも引っかけて、つまずかせてやりたい。
「初めまして、僕の名前はセレナーデ・ダナトラスです。お父さんの仕事の都合で引っ越してきました。よろしくお願いします」
間近で見ると、少年の奇跡のような美しさに目がいってしまう。鼻毛が見えているとかいう欠点はないのだろうかと必死にあら探しをするが、何も浮かばない。
「アイーダ。あたしの名前は、アイーダよ」
そう言って、セレナーデのことを、宿敵を見るような目で睨みつけた。彼は、怯えたように後ずさりをした。
「あたしは、あんたと仲良くする気は全くないわ。あんたみたいな人間が一番嫌いなのよ」
「どうして?」
セレナーデは、今にも泣きだしそうなウルウルとした目でアイーダを見てきた。
「理由なんてどうでもいいでしょう。その気持ち悪い嘘泣きを今すぐやめて。吐き気がするわ」
「てへっ。ばれちゃった?」
セレナーデは、下をちらちと出して、自分の手をグーにして自分の頭を叩いた。かわいこぶりやがって、この銀の妖怪が。今すぐ雪山に帰れ、バーカ。
「男のくせにかわいこぶっているんじゃねぇ」
「これは、母親の趣味だよ。こんなにかわいいんだから、仕方がないでしょう。女のあなたよりもかわいい自信はある」
「あなたがナルシストなのはわかったけれど、ウィルには近づかないで」
「そうか。君は、ウィリアム王子が好きで、僕に嫉妬しているんだね」
自分の気持ちを言い当てられたアイーダは、恥ずかしさのあまり顔がリンゴのように真っ赤になった。
「そ、そ、そんなんじゃないわよ。ただあなたという生命体が嫌いなだけだわ。今すぐ十字架にくくりつけて、炎天下の砂漠に死ぬまで放置しておいたいくらい」
「そんなに嫌われているなんて光栄だ」
「どうして?」
「だって、君が僕のことをたくさん考えてくれているということだからね」
からかわれた怒りのあまり、アイーダの唇の端がひくついた。
……この男は。暖炉にぶち込んで薪と一緒に燃やしてやりたい。いいえ、それだけでは生ぬるいわ。その後に、ダイナマイトを百発放り投げてやりたい。
「あたしの思考回路は、ウィルが99%よ。あなたのことなんて対して考えていないわ」
「そう?残念ながら、アイーダの愛しのウィルは、この僕に夢中みたいだけどね」
それを聞いた途端、頭で火山が噴火するほど、激しくむかついた。
「どうせあなたが色目を使ってウィルをたぶらかしたんでしょう。あたしのウィルをホモの世界に引きずり込まないで。大体、何よ!その女みたいな髪は!そのせいで、あたしのウィルがあんたみたいなろくでなしにたぶらかされているんだわ」
そう言うと、彼は長い銀の髪の毛を見せびらかすようにフワッとかきあげた。今すぐ、ハサミでジョキンと切って、坊主にしてやりたい。
「髪は、長い方が好きなんだよ。ウィリアム王子だって、素敵な髪だねって褒めてくれたし」
ちっ。ウィルは、あたしの髪なんて一度も褒めてくれたことがなかった。それなのに、こいつのことを褒めるなんて悔しくてたまらない。
「確かに髪だけ神秘的で美しいかもしれないけれど、調子に乗らないで」
「アイーダに、髪を褒めてもらえるなんてうれしいよ」
セレナーデは、はにかみながら笑った。純情ぶりやがって。このクソホモビッチ野郎が。
「あんたみたいな奴は、どうせ大人になったら劣化して、性格の悪さが顔ににじみ出ているパターンに決まっているわ」
「それだったら、アイーダの方が危険だと思うけれど」
「あたしは、ちょっと嫉妬しているだけよ。かわいい乙女心よ」
「いや、ホラー一歩手前並みのヤンデレだと思う」
バチバチと火花が飛び交う勢いで二人は、睨みあった。
このまま、こいつを許すことなんてできない。
アイーダはぶどうジュースをセレナーデの服にぶっかけた。
銀色の髪や、庶民が精いっぱい用意しただろう服は、みるみるうちに紫色に染まって行った。ざまあwww。アイーダは、内心、ほくそ笑んだ。
「ごめんなさい。うっかり手が滑ってしまったわ」
徐々に、セレナーデの様子に気が付いた大人達がやってきて周りを取り囲み始めた。その人ごみの中をかき分けてやってきたのは、アイーダの父のサムソンだった。
「うちの娘が、すいません。後で何かお詫びに素敵なものを差し上げましょう」
こんな奴に何か高価なものをあげたところで、豚に真珠だ。宝石も、お菓子もやるかちなんてない。
「お詫びなんてとんでもないです。でも、それなら今度、アイーダと一緒に出掛けたいです」
何ですって。こいつ、あたしがあんたをゴキブリ並みに嫌っているのを理解していないのかしら。
父は、驚いたように眉を吊り上げてセレナーデに問いかけた。
「うちの娘が気に入ったのか」
「はい。こんなにおもしろい人間には、初めて出会いました」
セレナーデは、しゃあしゃあとそう答えた。
その後、父により無理やりセレナーデと約束させられたが、約束の日は仮病を使って断った。すると、なんとセレナーデは、ウィルと一緒に遊びに行ってしまったらしい。後日、それを聞いたアイーダが自分の部屋で怒り狂ったのは、言うまでもない。
セレナーデは、神様がアイーダを不幸にするために作ったと思うほど、それは、それは嫌な物体だった。
ウィルは、婚約者のアイーダを放り出すほど、セレナーデに夢中になった。アイーダを女神のようにあがめていた村の少年も、こぞってセレナーデをからかったり、構ったりしだした。町一番の美少女の肩書は、何故か男のセレナーデに奪われた。
それどころか、セレナーデは、国一番の美少女とか、傾国の美女とか、ターニャ村の妖精、地上に舞い降りた天使とか、次々にアイーダに与えられたことのないような立派な肩書がつけられた。セレナーデと比べられて、ひそひそと噂をされるアイーダは、心がずぶ濡れになったように惨めでたまらなかった。
それでも、必死にウィルに話しかけて、一緒に遊ぶ約束をすると、何故かセレナーデというおまけまで一緒についてくるのである。
だから、セレナーデと二人きりのときは、髪を引っ張ったり、足を引っかけたり、水をかけたり、地味な嫌がらせをするようになっていた。本人を前に、ビッチだの、売女だの悪口を言いまくるが、セレナーデはおもしろそうな顔をしながらそれを聞いていた。そのことも、火に油を注ぐようにアイーダをむかつかせた。
三年後、セレナーデが、両親の仕事の都合で違う国に行くと聞いた時は、自室で万歳三唱をした後、歌いながら踊りまくるほど喜んだ。喜びのあまり涙が出てきたほどだった。セレナーデが、どこか寂しそうな顔でアイーダに会いにきたときは、初めてセレナーデの顔を見て嬉しいと思えた。もうこいつの顔を見なくて済むのかと思うと、神様に頬キスでもして感謝してやりたいほど嬉しかった。餞別品として、捨てる予定だった錆びついたネックレスをプレゼントしたが、きっとすぐに捨てられただろう。




