22 旅立ちの準備
リンネの故郷に向かうにあたり、なにか必要な物はとたずねた所、弓と多目の矢、大きめの水袋と言われた。
あと本人は言わなかったけど、リンネのちゃんとした服や靴も必要だと思う。今の服はいかにも奴隷用という感じのボロボロの服だ。脇腹とかヒザとかが破れていて、素肌が見えてちょっと色っぽい……じゃなくて寒くてかわいそうだ。
買物は明日ライナさんと合流してから行くとして、今日は早めに休む事にする。
今夜はリンネもお客として、一人分の料金を払って三人部屋を借り、夕食は客が自分で調理するという事で、材料費だけを払ってリンネと香織が作ってくれた。
妹はこの世界で初めての料理に最初のうちは戸惑っていたが、さすが料理スキルLv2なのか、薪の火にもすぐに慣れたようで、その日は久しぶりに美味しいシチューを食べる事ができた。
うん、今夜はよく眠れそうだ。
翌日、リンネは旅立つ前にと宿中をきれいに掃除していた。
もうやらなくてもいいんじゃないかと言ったのだが、『長い間お世話になった場所ですから』と言って、隅々まできれいにしている。
痩せた体に着古されたボロボロの服、あかぎれだらけの手に裸足の足。どう見てもろくな扱いをされていなかったはずだし、主人は異常性癖の変態だと認識している相手(俺)にリンネを簡単に売り飛ばした。
どこをとっても義理を果たす必要なんてないと思うが、それでもリンネは宿を出る時、最後に振り返って一礼していた。ホントにいい子だ。
老婆は見送りに来る事さえなかったが、多分あのお金で新しい奴隷を買いに行っているのだろう。
いつか奴隷にされるエルフがいなくなればいいなと思いながら、俺達は合流したライナさんと四人で宿を後にするのだった……。
護衛のライナさんを伴い、リンネ用の弓と矢を始め、必要と思うものを買い揃える。
本当は使う本人に選んでもらいたかったが、奴隷に武器を選ばせる訳にもいかないし、そもそも入店すら断られてしまい、店の前の柵に鎖で繋いでおかなければならなかった。
改めて、本当に牛や馬と同じ家畜扱いなのだと痛感させられる。
仕方がないので、俺が使う設定にしてライナさんに良さそうな物を選んでもらい、店を回ってリンネの服や靴も買い揃える。こちらは背格好の近い(胸部を除く)ライナさんのサイズを参考にした。
リンネが言っていた大きな水袋とナイフ、食糧も多目に買い込み、炊事道具やライナさんのアドバイスでテントや毛布も買い揃える。思ったより大荷物になったので、荷運び用のロバも一頭購入した。
ロバなんて触った事もないので不安だったが、ライナさんが荷物の積み込みから扱い方まで丁寧に教えてくれた。さすが現役冒険者。
全部終わったらすでに夕方だったので、出発は明日にして今夜は宿に泊まる事にしたが、メインストリート沿いのちょっといい宿は一人3000アストルだった。リンネがいた宿の三倍だ。
ロバは別料金を払って厩舎に入れてもらったが、それが500アストル。ついでにエルフも一泊300アストルの奴隷用の小屋があると勧められたが、身の回りの世話をさせるからと言って四人部屋にしてもらった。
ホント、早くこの街出たい……。
リンネの事で気が立って思わず四人部屋にしてしまったが、ライナさんは特に気にする様子もなく同じ部屋に泊まってくれた。
まだ少し警戒されている感じはあるが、同室に泊まるのは護衛任務ではよくある事らしい。
夕食を部屋に運んでもらって食べ、お湯に浸したタオルで体を拭くと、俺は早々にベッドに入って毛布をかぶる。
女性陣が体を拭く間部屋を出ていようとしたが、妹にすがりつかれての苦肉の策だ。
必殺技の鑑定6回を発動し、気を失うように眠りにつく。これ、寝つきが良くて便利なんだけど、翌朝かなりだるいんだよね……。
翌朝。俺達はついに街を出て、まずは近くの森へ向かう。ちょっと手持ちが寂しくなってきたので資金の調達と、もう一つ目的があっての事だ。
はやくリンネの鎖を外して服も着替えさせてあげたかったが、ライナさんがいるのでまだ我慢する。ライナさんはエルフへの偏見が薄いようだし人間的には信用しているが、それでもこの世界の人間だ。一応警戒して、リンネには奴隷のふりを続けてもらう。
少し森に入った所で朝食休憩をとり、ライナさんに話しかける。気を悪くしないといいな……。
「ライナさん。ここから先は俺達だけで行きますから、ここでロバの面倒と荷物の番をお願いできますか?」
「……それは構いませんが、旅に出るのではなかったのですか?」
あ、そうだった忘れてた。
「今は旅の前の資金稼ぎです。夕方までには戻りますから」
「なるほど、わかりました。大金が絡む事ですからね、情報を秘匿したいというのはよくわかります。ですが、本当に護衛なしで大丈夫ですか?」
幸いにも気を悪くした様子はなく、本当に心配してくれているようだ。
「はい。この先で他の仲間と合流する事になっていますから。あ、昼間退屈でしたら、この辺りで狩りや採集をやっていても構いませんよ」
「それはありがたい。ではそうさせていただきます」
妹さんの学費でお金が必要らしいのを利用して、話をごまかす。もちろん仲間なんていないので、護衛は妹の危険察知とリンネの弓の腕に任せよう。
食事を終えると、ライナさんとロバを残して俺達三人は森の奥へ向かう。ライナさんは『お気をつけて』と手を振って見送ってくれた。ちょっと心がチクリとする。
森の中は薄暗く、方向もよくわからない。目的地は先日行った小さな滝つぼだが、正直どっちへ行ったらいいのかさえもわからなかった。
だがリンネは目印さえない森の中を、ついていくのがやっとのスピードでどんどん進んでいく。すごいな、マジ頼りになる。
しばらく進んだ所で、俺はリンネを呼び止めた。
「リンネ、ちょっと止まって服脱いで」
「え……」
一瞬呆然とした表情を浮かべたリンネの長い耳が、みるみる赤く染まっていく。そして悲しそうに目を伏せ、震える指先を胸元へ持っていき……って、あれ?
「……いやいや、違う違う! 昨日リンネの服も買っておいたから、これに着替えてって話!」
慌てて袋からリンネの新しい服と靴を取り出し、全力で後ろを向く。
「香織、後は任せた!」
「うん」
後ろから妹の楽しそうな声と、リンネの戸惑う声。そして布が擦れ合う衣擦れの音が聞こえてくる。平常心平常心……。
「か、香織様。そこまでしていただかなくても」
「いいからいいから。わあ、リンネさんの髪すっごい綺麗」
妹もなにやら楽しそうだ。基本人見知りの激しい妹だが、気を許した相手とは饒舌にしゃべる。リンネとはすっかり打ち解けてくれたようで、兄としても嬉しい限りだ。
「お兄ちゃん、もういいよ」
妹の声に振り返ると、俺は一瞬目を見開いて固まってしまった。
そこにいたのが物語の中に出てくるような、颯爽とした姿で弓を持った、高貴で美麗なエルフだったからだ。
薄汚れてボロボロだった服は立派な冒険者のものになり、乱れていた髪も流れるようなストレートになっている。綺麗を通り越して、いっそ芸術的な美しさだ。
ただ唯一、首に嵌められた無骨な首輪だけが強い違和感を放っている。
いつかはあれも外してあげられるといいな……。
リンネの着替えが済み、俺も再起動を果たした所で、俺達はまっすぐ先日の滝つぼへ向かう。
まっすぐと言ってもまともな目印もない森の中で、道なんてさっぱりわからないので全部リンネ頼みだ。
リンネは道案内の傍ら、弓の試射をしたり、何メートルもある木を登ってトウの実を採ってきたりしているが、それでも俺達が歩く速度に全く影響を与えない辺り、本当にすごいと思う。まさに森の民だ。
途中で誰かに追けられていないか確認してもらったが、木々の間を身軽に飛び回って確認してくれた所によると、周りには俺達以外誰もいないらしい。
ライナさんはともかく、他の人にも追けられていないようで安堵する。
今日の目標は軽量で買取が高いフランの花に絞り、滝つぼに到着すると早速収穫と乾燥の作業にとりかかった。
フランの花は滝つぼ周りの割と広範囲に密生しているが、三人でかかれば全部収穫してしまえそうだ。ただ、それはいいのだろうか?
不安に思ってリンネに訊いてみると、
「この花は根が強いですから、花を摘んだだけなら次の年にまた同じ数だけ花をつけますよ。以前は冬の前に沢山集めて、布を染めたものです」
と懐かしそうに教えてくれた。そういえば最初、リンネはこの花を染料だと言っていたな。ギルドでは香辛料扱いだったので、認識が違うらしい。
お昼ごはん代わりにリンネが採ってくれたトウの実を食べ、休憩もそこそこに作業を急いだ結果、お昼過ぎにはほとんどの花を干し終える事ができた。量はざっと、この前の三倍はある。
収穫を持ってライナさんの所に戻り、直前でリンネには身を隠して遠くから見ててとお願いして、ライナさんと合流する。
俺は花の詰まった袋をライナさんに渡して言った。
「これをギルドに持って行って、俺からだと言って買取ってもらって下さい。俺達はこれからしばらく旅に出るので、代金の中から10万アストルを留守中の食事と宿代として、ライナさんが取って下さい」
袋の中を覗き込み、ライナさんは顔色を変える。だがさすがはプロの冒険者、すぐに冷静さを取り戻して問いを返してくる。
「それはつまり、私は旅には同行しないという事ですよね? 護衛は大丈夫なのですか?」
「はい、これからすぐ仲間と合流しますから。それで、ライナさんにはお願いがあるのです。この花を売った残りのお金で、王都の街壁内に拠点が欲しいのです」
「拠点ですか?」
「はい。さすがにいきなり買うのは無理でしょうから、どこかを借りる事になると思います。5・6人が泊まれて、多少物が置ける所。予算内で一年借りられる中で、可能な限り治安がいい場所をお願いします」
この手の事はこの世界に来たばかりの俺達よりも、ずっとこの世界にいた人。おまけに元貴族で、いつもは壁の内側で暮らしているライナさんが適任だ。信用もあるだろうし。
できれば近寄りたくない王都の中だが、これからの事を考えると行かない訳にはいかないだろうし、俺達が行かないにしても拠点は必要なのだ。
「わかりました、お任せください。洋一殿達はいつお戻りになりますか?」
「そうですね、仕入れの状況次第ですが、一ヶ月くらいで戻ってこられると思います。ここで待ち合わせがしたいので、その前後になったらここに通っていただけると助かります」
あくまで表向きは仕入れの旅だ。ライナさんの事はそこそこ信用しているけど、さすがにまだ計画を話すのは早い。
「ここで合流するのですか? 街やギルドの方が良いのでは?」
「そこはまぁ、色々都合がありますので。そうだ、10日に一度の休みは自主的に取っておいてくださいね。他の時間は自由にしてもらってていいですから」
「それはありがたいです。了解しました」
完全に納得してくれた訳ではないだろうが、そこは仕事と割り切ってか深くは追求してこない。とても助かる。
「……そういえば、行きに連れていたあのエルフはどうしたのですか?」
「ああ、リンネなら仲間と一緒にこの先で待ってますよ。大丈夫だから心配しないで」
「そうですか、わかりました。お気をつけて」
そんな訳でライナさんと別れ、ロバを連れた俺達はリンネと合流し、リンネの故郷へ向かって旅を始める。10日くらいかかると言っていたけど、無事に着くといいなあ……。
大陸暦418年11月8日
現時点での大陸統一進捗度 0%
資産 所持金 54万9200アストル(-42万3000)
配下 リンネ:エルフの弓士 ライナ:冒険者(三ヶ月の専属護衛契約 2月6日まで)




