20 恩返し
ライナさんが目を光らせてくれていたおかげか、今度は誰にも襲われる事なく宿に帰り着いた。
「ライナさん、10日に一度の休みの件ですが、今から明日のこの時間まででどうでしょう? 多分ですけど、妹さんに会いに行くのでしょう? だったら今後の予定を話すためにも早い方が良いかと」
「よろしいのですか?」
「もちろんです。今日はもうこれといった用事もないですし」
「ありがとうございます。では失礼します」
ライナさんは短く言うと、身を翻して外へと駆け出していった。90万アストルが入った皮袋を大事そうに押さえていたが、多分あの大半は妹のために消えるのだろう。
そしてそれが、当人にとってこの上もない幸福であるのもわかるので、俺はほほえましい心境でライナさんの後姿を見送るのだった。俺も妹のためにがんばらないとな……。
……さて、今日はもうこれといった用事はないと言ったが、あれは嘘だ。
本当は大事な用件があるので、あえてライナさんには席を外してもらったのだ。
俺は掃除をしているリンネを捕まえて同行を頼み、三人でリンネの所有者の元へと向かう。
老婆はまだ明るいのにお酒を飲んでおり、テーブルの上には先日渡した高級酒が空になって転がっていた。
「なんだ、また奴隷を借りたいのかい?」
ニヤニヤ笑いかけてくる老婆の不快さを飲み込み、冷静さを意識して言葉を発する。
「いえ。借りたいのではなく、譲って欲しいとお願いにきました」
俺の言葉に、老婆だけでなくリンネも驚いた反応をする。
「……ほう、そんなに気に入ったのかい。構わないよ、300万でどうだい?」
これは盛大に吹っかけられている。
さっき買取のついでにエリスさんに訊いてみた所、エルフの奴隷の相場は100万~150万アストルだと言っていた。ちなみに人間の奴隷は、若い終身奴隷で500万かららしい。
だが人一人、リンネ一人の価値としては安すぎるくらいだ。
多分値切れば安くなるのだろうが、リンネを買い叩くようなマネはしたくない。
そもそも今から払うお金だって、ほとんどリンネが稼いでくれたようなものだ。
「わかりました、ではそれで」
100万アストル金貨3枚をテーブルに置くと、老婆は目を見開き、ニンマリと笑みを浮かべる。
そして着けていた指輪を外し、金貨の隣にコトリと置く。
「そいつの首輪のネジだ、持っていきな」
金貨と引き換えに渡された指輪を手に取ると、なるほどネジのような突起がついている。これを首輪の穴に差し込み、ゼンマイの要領で回すと首が絞まるのを防ぐ事ができる訳だ。
老婆は金貨を仕舞い込みながら言う。
「これでそいつは正式にアンタの所有物だ。ヒヒッ、好きなようにかわいがってやるといいさ」
もう今更で怒る気もしないが、最後に一つだけ確認しておく。
「この首輪って、外す事はできないんですか?」
「あん? 奴隷商人の所に行けば新しいのと交換はしてくれるだろうけどね。だけど高いよ、エルフ奴隷の値段の半分は首輪の値段だからね」
また嫌な事を聞いてしまった。こんな金属の輪とリンネが同じ価値だなんて……。
「外したままにする事は?」
「そいつは無理さね。人間の奴隷ならともかく、エルフの奴隷から首輪が外されるのは死んだ時だけだ。ははぁ、あれかい。耳を切り落として首輪を外して、普通の人間みたいにして楽しもうって事かい? だったらそれは諦めな、以前それをやっていた娼館があったが、教会に目をつけられて潰されちまったよ。店主は耳を切ったエルフ共とまとめて死刑になったはずだ、命が惜しかったらやめときな」
……本当に聞くに堪えない話ばかり出てくるな。妹の教育上大変よろしくない。今も俺の後ろで袖を握って震えているけど、やっぱり部屋に置いてきた方が良かった気がする。
もうそれ以上話す事はなかったので、指輪を皮袋に納め、妹とリンネを連れて部屋を出る。本当は宿からも出たい所だったが、待ち合わせをしているので明日まではいなくてはならない。……失敗したかな?
ともあれ、これでやっとリンネを解放することができた。首輪を外す方法はまだだけど、最低限の恩返しはできたと思う。
リンネは耳を切る話が出た時ビクリと震え、まだ脅えているようだったので、なるべく優しく声をかける。
「リンネ、話があるから俺達の部屋に来てくれる?」
「――っ は、はい……」
あれ、なんでそんな思いつめた表情してるの? 普通に今後の話をするだけだよ?
どうも最近変な誤解を招きがちな気がするが、俺ってそんなに信用ないの?
軽く凹みつつ、部屋に戻って三人で話をする。
「リンネ、まずはこれ」
さっき受け取った指輪を渡すと、リンネは戸惑いを浮かべて俺を見る。
「あの、これは……」
「リンネが持っててよ。なにがあるかわからないし、自分で持ってるのが一番安心できるでしょ。ホントは首輪を外してあげられるとよかったんだけど……」
これを渡すという事は逃げられてしまう可能性もある訳だが、そうなったらそうなったで恩返しができたので善しとしよう。
「リンネ、俺達はキミに大きな恩を受けた。だからこれはそのお礼だ。キミはもう自由の身だから、自分の意思で好きなように生きて欲しい。でもできたら、これからも俺達の手助けをしてくれるとすごく嬉しいと思う。無理強いはしないから、キミの自由意志で決めてくれ」
それだけ言って、返事を待つ。
リンネは手の中の指輪を見つめ、それからじっと俺を見る。
「手助けとは、なにをするのでしょうか?」
それはそうだ、普通内容を聞かずに仕事を引き受ける人はいない。ちょっと焦りすぎたか。
「ええと、リンネは街だと住みにくいみたいだから、どこかの森に拠点を作ってそこで採集をやってもらえるとありがたいかな。俺達も将来的には森の中に本拠を置く事も考えているから、その下準備と森での護衛もしてもらえるとありがたい」
「本拠を森の中にですか? 街壁の中にではなく?」
「う~ん、人が多い所は色々トラブルの種も多いからねぇ。目をつけられたらお終いな、権力を持った怖い人達もいるみたいだし。身の安全を考えたら、人里離れた森の中ってのはアリだと思う。香織の希望も訊いてみないとだけどね。あ、でも森の中だと凶暴な獣とかいたりする?」
「わたしはお兄ちゃんと一緒ならどこでもいいよ」
妹が即座に肯定してくれるが、その答えはどうなんだ? 最近ますます俺への依存が強くなっている気がして、ちょっと心配になる。
「獣は……いる事はいますが、袋に入れた干し肉を持ち歩いて、襲われそうになったらそれを撒けば大抵の場合大丈夫ですよ。私も子供の頃は持たされていました」
「なるほど、それなら人間の怖い人よりずっとマシだね」
俺の言葉に、リンネは不思議そうに首をかしげる。
「洋一様は、変わった方ですね」
「そ、そうかな……それと、もうリンネは奴隷じゃないし宿の従業員でもないんだから、俺の事は様付けじゃなくて、普通に好きなように呼んでくれていいよ」
さすがに『おい、下等な人間』とか言われたらちょっと凹むけど……いや、それはそれでアリか?
そんな妄想をしていると、リンネは柔らかい微笑を浮かべて言葉を発する。
「はい、本当に変わった方です。そうですね、わかりました。お手伝いさせていただきますので、私の新しいご主人様としてよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げるリンネ。
変わった方って、俺も最近気付いた性癖の話じゃないよな? 違うよな?
動揺しながら『こちらこそよろしく』と頭を下げる。……って、ご主人様?
「あの、俺リンネの主人になった訳じゃないんだけど。リンネはもう奴隷じゃないんだし」
「奴隷でなくとも、使用人でも召使でもご主人様ですよ。好きに呼んでよいとおっしゃったではありませんか。それでご主人様、私は具体的になにをすればよいのでしょうか?」
「う、うん。とりあえずは……」
なんだか知らないうちに、俺はリンネのご主人様になっていたらしい。そう呼ばれるのは悪い気はしないが、どちらかというと俺がリンネをご主人様と呼ぶ方が……っていかん。そうじゃないそうじゃない……。
隣の妹からなにか妙なプレッシャーを感じつつ、俺はなるべく平静を装ってこれからの計画を話すのだった……。
大陸暦418年11月6日
現時点での大陸統一進捗度 0%
資産 所持金 97万2200アストル(-300万)
配下 リンネ:エルフの弓士 ライナ:冒険者(三ヶ月の専属護衛契約 2月6日まで)
書き溜めに追いつかれたので、この先はゆっくり更新になると思います。
三日に一話くらい書けたらいいなぁ……。




