19 追加報酬と専属護衛
ライナさんが護衛についてくれて三日目、今日はギルドに追加の報酬を受け取りに行く日である。お昼過ぎ、俺達は三人で冒険者ギルドを訪れていた。
エリスさんがニコニコしながら迎えてくれる。
「改めまして、当ギルドで受付をしております、エリスと申します」
いきなり丁寧な挨拶をされたが、そういえば名前を聞くのは初めてかもしれない。俺は鑑定で見たので知ってたけど、これは俺達に一目置いてくれたって事なのだろうか?
「では早速。先日お預かりしたフランの花ですが、問題なく全て最上級品として引き取らせていただく事になりました。つきましては……」
どうやら盗品との疑いは晴れたらしい。エリスさんはテーブルの上に用意されていたトレイの上から、高級そうな布をつまみあげる。
「並品の倍、一つ2800アストルで買取らせていただきたいと思います」
トレイの上には金貨が2枚、他に銀貨が22枚と、銅貨が18枚乗っていた。全部で222万1800アストルだ。
「倍って……いいんですか?」
「はい。あの花は従来のものと比べ、発色・香り共それだけの価値があると査定されました。今後もお持込いただけるなら、同額での買取をお約束いたします」
これはとてもいい結果だ。せいぜい2~3割増だろうと思っていたのにまさかの倍額。しかもこれからの買取保証つきだ。
あまりに上手い話過ぎて、思わずエリスさんをじっと見つめてしまう。あ、今ちょっと目が泳いだ。
「あの……ですから今後も、買取は当ギルドにお任せいただければと……」
ああなるほど、まとまった量の貴重品なら、直接商業ギルドや顧客に売る手もある訳だ。
騙そうとしている気配は感じないけど、一応エリスさんを鑑定してみる……状態の所が『プレッシャー 覚悟』となっていた。覚悟?
プレッシャーの方は上司から『上客を逃がすな』とでも言われているのだろう。でも覚悟ってなんだろう?
気になったのでちょっと探ってみよう。
「そうですね、こちらとしてもそちらと取引を続けるのは悪くないと思っています。ですが、もう一押し欲しい所ですね」
そう言ってエリスさんの様子を観察する。エリスさんは一瞬、部屋の入り口近くに立っているライナさんに視線を向け、わずかに俯いた。
あれ、なになにひょっとしてヤバイ? 俺拘束されちゃったりするの? ライナさんこないだは護ってくれたけど、本来の雇い主はギルドだし……。
背筋を冷たいものが伝うが、しかし妹はなにも警告してこない。
冷や汗を流しながらなんとか平静を取り繕ってエリスさんの反応を待っていると、エリスさんはゆっくりと胸元に手を持っていき、上着のボタンを外し始めた…………って、え?
なになに、なにごと? 俺の理解が追いつかないうちに、エリスさんは上着のボタンを半分ほど外して手を止める。豊かで柔らかそうな胸が、今にも零れだしてきそうだ。
「わかりました……今すぐこちらでなさいますか?」
エリスさんが意味のわからない事を訊いてくる。いや、意味はわかるんだけどさ。なんでそうなるの?
視線が胸元に釘付けになっていた事に気付いて慌てて逸らすと、妹がジトっとした目でこちらを見ていた。ライナさんも、汚い物でも見るような視線を俺に向けている。いや待って、それ完全に誤解だから!
「え、エリスさん。ああああのですね、俺が言ったのはそういう事ではなくて……」
「――私ではご不満という事でしょうか?」
エリスさんが両腕で体を抱くようにすると、大きな胸がいっそう強調されて谷間が……って、違う違う!
「お兄ちゃん……」
ひっ、妹の声が今まで聞いた事ないくらい冷たい。いかん、このままだと蔑んだ目で『お兄ちゃんの変態、サイテー』とか言われてしまうぞ。……なんかゾクゾクするな。
ってアホか俺は! 今は新たな性癖に目覚めている場合じゃない。おちつけ、冷静になれ。誤解を解いて話を変えるんだ。そうだ、しようと思っていた話を思い出せ、うん。
「エリスさんあのですね、俺が言ってるのはそうじゃなくて、ライナさんの事なんですよ」
その言葉を発した瞬間、部屋の温度が10度くらい下がった気がする。……あれ?
「……違う違う! そうじゃなくて、護衛をこれからも続けてほしいというか、正式にこちらで雇いたいという話ですよ!」
必死になって叫ぶと、少しだけ温度が温んだ気がする。まだ空気はかなり刺々しいけどね。
「それは……ライナさんと専属護衛契約を交わしたいという事でしょうか?」
エリスさんがなんとかギルド職員モードに戻ってくれる。できれば上着のボタンも早く閉じて欲しい。
「はい。もちろんライナさんがよければですけど。これからも大金を扱う訳ですし、この三日でライナさんは信用ができる人だと感じましたから。妹とも気が合うみたいですし」
全力でそう言うと、エリスさんは考え込むように口に手を当てる。ちょっとかわいらしい、あと早く胸元閉めて欲しい。
「……わかりました、最終判断はライナさん次第ですが、専属護衛契約が成立するならギルドに支払う仲介料の免除と、契約期間中ライナさんのギルドに対する貢献度を最高評価とする事をお約束します。ライナさんクラスですと三ヶ月ごとの契約で45万~60万アストル、食事と住まいは雇用者が提供くらいが相場ですが、洋一さんはおいくらを提示なさいますか?」
月給15万から20万か……C級だからもっと高いかと思っていた。
「……じゃあ、一日1万アストル計算で90万アストル出します。その代わり護衛以外の事もお願いし……いやいやそういう意味じゃなくて! 商売の手伝いみたいな事もお願いできたらなって意味ですよ! とにかくそれで、別行動の時の食事や宿代は別途支給という事でどうでしょうか?」
一瞬また冷たくなりかけた空気を慌てて取り繕って、ライナさんを見る。
ライナさんはじっと俺を品定めするように鋭い視線を向けていたが、ややあって視線をエリスさんに向けて言葉を発する。
「もし如何わしい事をされそうになった場合は正当防衛が認められる事、10日に一度程度の割合で休みをもらえるという条件付きでならお受けしたく思います。ですが、90万アストルの契約となると保証金180万が相場になりますが、私にはそれだけの手持ちがありません」
俺じゃなくてエリスさんに向けて言ったという事は、ギルドが責任を持って条件を保障しろという事だろう。
そして保証金。たしか契約不履行になった時に、ギルドが代役を手配するお金だったな。妹の学費を工面していると言っていたライナさんには厳しいのだろう。
エリスさんの視線がこちらに向く。
「正当防衛と休みの件は了解しました。保証金についてはエリスさんがよければですが、無しでいいですよ。ライナさんだからお願いする話なので、代役を要求したりはしませんから」
俺の言葉に、ライナさんが複雑な表情を浮かべてこちらを見る。これはあれだ、自分を高く買ってくれている嬉しさと、やはり変な事をする気なのではという疑念が混じった表情だ。俺、信用ないな……。
「ギルドとしてはそれで構いませんよ。ライナさんもよろしいですか?」
ライナさんが了承の返事をすると、エリスさんは嬉しそうにニコリと笑い、手をパンと叩いて明るい声を上げる。
「では、その条件で決まりですね! 専属護衛契約を登録しておきます。更新は三ヵ月後、お互いの意思を確認してという事で!」
その場で90万アストルをライナさんに渡し、よろしくの握手をする。
ギルドでの話はそれでおしまいとなり、いったん宿に戻る事になった。
道中、ライナさんに恐る恐る質問をしてみる。
「あの……エリスさんがさっき言ってたみたいな事、ギルドの職員が契約の代償に……みたいなのってよくある事なんですか?」
「……そうですね、100万アストルを越える契約ではたまに聞く話です。ギルドの受付に美人ばかりが選ばれるのは、そういった事が考慮されているからでもありますからね。上位の冒険者は圧倒的に男性が多いですから」
明らかに不快そうに、こちらを見ようともせずに言う。どうやらギルドの受付嬢も楽な仕事ではないらしい。
本当に、色々優しくない世界だなここは……。
大陸暦418年11月6日
現時点での大陸統一進捗度 0%
資産 所持金 397万2200アストル(+132万1800)
配下 ライナ:冒険者(三ヶ月の専属護衛契約 2月6日まで)




