13 情報収集(後)
「人族とエルフ族の関係って、どんな感じなの?」
基本的な情報収集が済んだので、ちょっと踏み込んだ事を訊いてみる。
その質問に、お腹がいっぱいになってご機嫌だったリンネの表情がわずかに陰る。
「あ、もちろん言いたくないならいいんだけど……」
「いえ、構いません。洋一様達ってまるで別の世界から来た人達みたいですね」
――――!
一瞬ドキリとして、思わずリンネに鑑定を発動してしまう。
リングネース エルフ 116歳 スキル:弓術Lv6 採取Lv5 状態:負傷(弱)・疑問 地位:奴隷
あ、風邪治ったんだ。よかった……じゃなくて、『疑問』という事は少なくとも悪感情ではなさそうだ。『疑い』とか『不審』ではない。
異世界人だとバレて変な人に目をつけられたりしたら困るので、できるだけ俺達の事は秘密にしておきたい。
子供でも知っているような一般常識を知らないから不思議に思われたのかな?
田舎出身だからと言って適当に誤魔化すと、リンネはそれ以上疑う事もせず、ポツリポツリと話をしてくれた。
「昔は、長命なエルフ族のほうが知識に長け、身体能力が高い事もあって人族より優位に立っていたそうです。そのせいで、今でもエルフ族の中には人族を馬鹿にしたり、高慢な態度をとったりする者もいます。ですが現実は……」
リンネはそっと、首に嵌められた金属の輪に手を伸ばす。長いエルフ耳が、悲しそうに垂れていた。
「人族は短い寿命の中で本によって知識を繋ぎ、文明と技術を徐々に発展させて数を増やしていきました。対してエルフ族は進歩することをやめ、自分達は完成された種族だとさえ言って、千年来変わらない生活を続けていたのです。結果戦いにおいては人族が優位に立つようになり、エルフ達は森や湿原の奥へと追われ、人族に捕らえられた者は奴隷や家畜として扱われています」
家畜……。
その言葉が強く引っかかったが、奴隷については目の前に実例がいるだけに、ある意味わかりやすい。
空気がとても気まずいけど……。
「奴隷って人族もいるよね? エルフ族の奴隷とはどう違うの? 奴隷じゃないエルフ族の人もいる?」
「人族の奴隷は犯罪者だったりお金の都合だったりで奴隷になった人達で、多くは一定の期間が過ぎれば奴隷の身分から解放されます。対してエルフ族の奴隷は、エルフ族である事がすなわち奴隷であるという事ですから、街にいるエルフ族は全て奴隷です」
「……人族とエルフ族の奴隷って、扱いも違ったりする?」
「はい。私有財産や外出の制限については先にお話した通りですが、人族の奴隷は奴隷であってもあくまで人間であるのに対し、エルフ族は人族からすれば外見が多少似ているだけの異種族です。サルなどと同じですね。ですから人族の奴隷もエルフ族の奴隷も鞭で打たれる事があるのは変わりませんが、人族の奴隷を殺してしまうと所有者が罪に問われるのに対して、エルフ族の奴隷は殺してしまっても罪に問われる事はありません。あくまで主人の『所有物』ですから」
……想像していたよりずっとひどい扱いだ。妹は目を潤ませて、苦しそうにうつむいてしまっている。
「洋一様達は私に優しく接してくださいますが、本来ならこのように同じテーブルを囲むなどありえない事なのです。別で食べるか、同じ部屋なら床に座って、床に置かれたお皿から食べるのがあたりまえなのです」
「……奴隷の身分から開放される方法ってないの?」
「エルフ族に関しては聞いた事がないですね。エルフ族の奴隷は人ではなく家畜ですから。牛や馬が人間の身分を得る事などないでしょう?」
牛や馬と同列って、ホントに家畜じゃないか……。
あまりに酷い話に、俺の中で怒りの感情がふつふつと沸いてくる。
「答えたくないならいいけど、リンネはどうして奴隷にされたの?」
「……もう20年ほど前でしょうか、私達が住んでいた村が人間に襲われたのです。運悪く、たまたま森の奥に来た冒険者に見つかってしまったのでしょうね。不意を突かれてまともに戦う事もできず、母親は殺されて、私と妹は捕らえられて奴隷として売られました。その時私を買ったのが、今のご主人様です」
「逃げ出そうとは思わなかった?」
「最初のうちは思いましたが、この首輪がありますからね……。この首輪には時計のような機械が組み込まれていて、徐々に締まってくるのです。ご主人様が持っているゼンマイを一日一回巻いていただかないと、死ぬ事こそありませんがまともに息ができなくなって、とても苦しい思いをする事になります。頑丈ですから無理やり外すのも難しいですし……」
なにかを訊くたびに酷い話が次々出てくる。俺の中で、恩人でもあるリンネをどうにか助けてあげたいという気持ちがどんどん大きくなっていた。
「リンネは、なにか叶えたい望みとかある?」
俺の質問に、リンネは視線をゆっくりと妹に向けた。
「叶うのなら、また妹と一緒に森で暮らしたいですね。どこに売られていったのか、まだ生きているのかどうかもわかりませんが……」
遠くを見るような目をして言うリンネ。ひょっとしたら昨日俺達を泊めてくれたのは、妹がいたからなのだろうか? 自分の妹と香織を重ねて見たから……。
テーブルを重苦しい沈黙が支配する。リンネが慌てたように、わざと明るい声を出して立ち上がった。
「すみません、湿っぽい話をしてしまって。あとはお二人でごゆっくりお過ごしください。お食事、ごちそうさまでした」
リンネは自分の食器を持ってカウンターの裏へと戻っていく。
悲しい話が多かったけど、有益な情報がかなり聞けたと思う。それに、昨日の大恩を返すためのリンネの望みもわかった。
妹はわからないけど、森で暮らす方はお金さえあればなんとかしてあげられる気がする。そういえばリンネのスキル、弓術と採集で明らかに森暮らし向きだったもんなあ……ん? 採集スキル?
リンネのスキルを思い出してみると、たしか弓術Lv6に採集Lv5だったはずだ。Lv5がどのくらいなのかわからないが、そこそこ料理や裁縫が上手い妹がLv2なのだから、結構な高レベルなんじゃないだろうか? 100年近く森で暮らしてきたんだし。
……これはひょっとしたらひょっとするかもしれないぞ。
俺は頭の中に浮かんだ作戦に興奮を覚え、テンション高くお皿の肉にかじりつく。
だが最初から硬かった肉は冷める事でさらに硬度を増していて、俺のテンションを一気に萎えさせたのだった……。
大陸暦418年11月2日
現時点での大陸統一進捗度 0%
資産 所持金 45万2300アストル
配下 なし




