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プロローグ

自身初の連載小説の投稿です。

まだまだ至らない部分が多々あるとは思いますが、どうか温かい目でご一読下さい。

 どこからか一匹のヒグラシの鳴き声が聞こえた。その切なげで儚い声は、夕方になるとまるで一日の終わりを惜しむかのように鳴いていたあの島のヒグラシを思い出させた。それはハルキにあの夏の、あの島での記憶をそっと静かに呼び起こさせる。


 ――あらゆるものは通り過ぎる。あの島での出来事はずっと昔に彼を通り過ぎてしまったものだった。今となってはもう取り戻すことは出来ない。


 目を閉じ、遥か遠くのあの情景に心を近づける。

 その島の風には薄く鮮やかな色があり、空気はとても澄んだ味がした。その風がサトウキビ畑の穂をなびかせ、澄んだ空気は大空に広がって夜空に無数の星々と銀河を映した。青い海は遥か彼方の水平線まで続き、少し高い波が幾重にも重なり合って太陽の光でキラキラと輝いていた。美しい世界と自然の調和が、かつては確かに彼の目の前にあった。

 

 そこでふと、一人の女性がハルキの記憶をかすめた。

 それは本当に、とても久しぶりのことだった。優しくもほろ苦い思い出が少しずつ蘇る。

 ――かつてのハルキにとって、あの人はとても大切な存在だった。

 遥か遠く離れたあの地で、彼女はまさにあの島を象徴するような生き方をしていた。そう、ハルキにとって彼女とあの島を分けて考えることはできない。彼女を思うことは島を思う事であり、島を思うことは彼女を思うことそのものだったのだ。

 まるで太陽のようにキラキラと輝き、広い海のような大きな心を持ち、そっと髪を揺らすそよ風のように穏やかな人。

 この彼女への印象は初めて会ったときからずっと変わらない。最後に別れてからもう何年も会っていないけれど、ハルキはまるで当時の記憶をそのままに少しも褪せる事なくそれを思い出すことができた。

 

 目を開けると、そこはあの島ではなく実家のベランダだった。もちろん彼女もいない。彼は一週間の短い夏休みを久しぶりに実家で過ごしていた。今は母親に頼まれて洗濯物を干していたところだった。綺麗なオレンジ色の夕陽がベランダに射し込んでいる。

(たぶんあそこからだな)

 ハルキは北の方に目を向けた。

 

 彼の実家から五〇メートルほど離れたところに恵解山いげのやま古墳と呼ばれる前方後円墳がある。全長約一二〇メートル、幅約八〇メートルくらいの決して小さくはない古墳で頂上には数多くのお墓が建てられている。彼が通った小学校と中学校、そして住宅街が囲むその真ん中に大きく鎮座している。


 ここに住む人々にとっては古墳はもはや当たり前の存在だが、高校や大学時代の友達を連れてくるといつも驚かれた。

 今は東屋などが設置されて綺麗な公園になっているが、彼が中学生くらいまでは誰も手をつけていない大きな竹林と広い野原だった。昔は古墳の上のお墓が外からは見えないくらいに竹がたくさん生えていたので、よく鬼ごっこをしたり肝試しをして遊んだものだった。


 その当時の名残で今も所々に竹が生えている。ヒグラシの鳴き声はきっとそこから聞こえたのだろう。徐々に沈んで行く夕陽に恵解山古墳は昔と変わらず茜色に照らされていた。古墳の整備、そして近所での数多くの新築住宅の建設があったが、かつて青春時代を過ごしたこの場所が様変わりしていく中で、少しでも変わらないものが残っていることが嬉しかった。


 ここ最近仕事に追われて余裕がなく疲れていたが、昔のようにヒグラシの鳴き声を聞けたこと、そして彼女と島のことを思い出したことで、ハルキはなんだかとても優しい気持ちになれた。今も夏の思い出は彼の心を暖め続けている。

「彼女は今も、あの島で元気にしているだろうか」

 そんな言葉がハルキの頭をよぎった。


お読み頂き誠にありがとうございました。

次はハルキの高校、大学時代のお話です。


ご感想等を頂ければ幸いです。

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