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【連載版】幼馴染ばかりを優先する婚約者には、愛想が尽きましたので  作者: 雪菜
第一章

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第4話 婚約者の幼馴染

「今日も、キャスリーン様はお気に入りたちを侍らせてご満悦ね」


 翌日の朝。教室で友人の課題を手伝っていたミレイユは、冷ややかな声にぱちりと目を瞬かせた。課題と戦っていたはずの友人はいつの間にか、手を止めて窓の外に呆れ顔を向けている。

 視線を追って、中庭を見下ろす。


 ベンチに腰掛けた薄桃色の髪の令嬢を取り巻くように、男子生徒が集っている。そんな一団に、通り掛かった生徒たちもまた、呆れた視線をちらちらと送っていた。


「学年問わず、キャスリーン様の人気は凄いですね」

「まるで他人事ね。ミレイユの婚約者も、取り巻きの立派な一員なのに。いいえ。それどころか取り巻き筆頭じゃない」


 キャスリーンの隣で楽しげに談笑に興じるオスカーの姿がある。

 ミレイユは口許に微笑を湛えて応えた。

 

「愛らしいご令嬢に慕われて無下にできないのは、殿方の性なのでしょう。仕方のないことです」


 婚約者がいる令息にもお構いなしに近づくキャスリーンの立ち回りを、迷惑がっている令嬢は多い。


 一方のミレイユは、そのことでオスカーに注意らしき注意をしたことは一度もなかった。学内外問わずキャスリーンと親しくしていることも、約束をすっぽかして彼女を優先することも。ミレイユはただの一度も、オスカーに苦言を呈したことがない。そんなだから、彼はどんどん増長していく。


「来年で卒業だというのに、他の令嬢に懸想する婚約者を放置するのはミレイユのためにならないわよ?」

「ご両親から再三のように叱られて現在に至るわけですから、私が咎めたところでオスカー様が変わるとは思えません」


 キャスリーンへの接し方を改めろ。もっと侯爵家の嫡男としての自覚を持て。侯爵夫妻は口を酸っぱくしてオスカーに言い含めている。それでも彼に変化は見受けられない。


 ミレイユの諦観はよほど説得力があったらしい。

 

「ハズレくじを引かされたら諦めるしかないだなんて、政略結婚は理不尽ね。オスカー様が心を入れ替えることを願うばかりだわ」


 嘆かわしいと言わんばかりに、友人は肩を竦めた。


 

◆◆◆◇◆◇◆◆◆


 

 その日の昼休み、ミレイユは学院の中庭に呼び出された。呼び出し人はオスカーの幼馴染、キャスリーンである。

 

「昨日はごめんなさい。オスカーがあなたと約束していたなんて私、知らなくて……」


 庇護欲を誘う可憐な令嬢は、伏し目がちに謝罪を口にした。オスカーの急用というのは、やはりキャスリーンのことだったらしい。


 キャスリーンからオスカーに関することで謝罪されるのは初めてだった。

 

「謝罪など要りませんわ。私は気にしていませんから」


 ミレイユはにっこりと微笑んで、そう答えた。キャスリーンの愛らしい顔が、ひくりと歪む。


「……強がらなくていいのよ? 幼馴染より優先されない婚約者なんて、屈辱的で、思うところがあるに決まっているもの」


 大きな瞳に浮かんでいるのは、挑発的な色。ミレイユは微笑みを崩すことなく、緩くかぶりを振った。

 

「オスカー様が私よりキャスリーン様を優先なさるのは、今に始まったことではありません。婚約当初からのお約束に、いちいち目くじらを立てる必要はないと割り切っています」

「…………」


(期待していた反応と違う、と顔に書いてあります)


 キャスリーンは悔しがるミレイユの姿を見たかったのだと思う。期待していた反応が得られなくて、キャスリーンの心中はささくれだっていることだろう。


 多くの男子生徒を侍らせているキャスリーン。その中でも特にお気に入りなのが幼馴染のオスカーだ。数多の取り巻きの中でオスカーにご執心な訳。その理由に、ミレイユはとっくに気づいている。


 話はそれだけですか、と尋ねようとした時。


「キャスリーン、大丈夫か……っ」


 植垣のあいだから不安げに飛び出して来たのは、ミレイユの婚約者――オスカーだった。彼は何やら慌てた様子でキャスリーンのもとへと駆け寄っていく。


「オスカー!」


 途端に、キャスリーンの瞳に涙が盛り上がった。

 

「ミレイユ様が……っ、昨日の件を謝罪したら、オスカーと二度と顔を合わせるなって……」


 キャスリーンはさめざめと泣きながら、縋るようにオスカーに身を寄せた。小柄な彼女の肩を当然のように抱いて、オスカーがぎろりとこちらを睨んできた。


「お前がキャスリーンを呼び出したと聞き、よもやと思って来てみれば――」


 はて。呼び出されたのはミレイユなのだけれど。なにがどうしてそんな話になったのだろう。


 オスカーの怒気を涼しい顔で受け流して、ミレイユはそんなことを考えていた。

 

「陰でこそこそとキャスリーンに突っかかるのではなく、文句があるなら俺に直接言え!」


 オスカーが脊髄反射のようにキャスリーンの肩を持つのは今に始まったことではない。ミレイユとの約束をすっぽかすのも、婚約者より別の女性を優先するのも、彼は非がある行動と捉えてはいないのだ。

 婚約が決まった時からこうだったので、ミレイユはミレイユでオスカーの言葉は右から左に聞き流している。


「文句などありませんわ」


 ミレイユが首を横に振れば、オスカーはますます苛立った顔で舌を打つ。


「自らより身分が劣るキャスリーンには恫喝しておきながら、侯爵家の嫡男である俺には媚を売るその性根――貴様が婚約者など、俺にとっては恥以外の何物でもない……っ!」


 それはこちらの台詞です、とは返さずに、ミレイユは黙りこくって、嵐が過ぎ去るのを待つ。


 オスカーの罵倒は続いた。


 いずれ結婚し、私生活を共にするミレイユより今しか共にいられないキャスリーンを優先するのは当然のこと。目くじらを立てるのは心が狭い、とか。弟のアルヴィンを寄越しているのだから文句を言われる筋合いはない、婚約者としての責務は果たしている、だとか。そもそもお前と過ごす時間がつまらないのが悪いんだろう、とか。


 そして。


「マグノリア子爵領が今潤っているのは、誰のおかげだ? バークライトの資金援助があってこそだろう? いいか、ミレイユ。婚約を破棄されたくなければ、キャスリーンを傷つけるな。二度とこの子に近づくんじゃない」


 ミレイユはスカートの裾を持ち上げ、静かに応えた。

 

「……承知しました、オスカー様」

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