第5話 婚約破棄を突きつけられました
そんなやりとりから六日が経った、休日のこと。
「ミレイユ! 貴様、やってくれたな……っ!」
先触れもなしに子爵邸に押し掛けてきたと思ったら、応接間でオスカーが猛々しく吠えた。彼の隣にはキャスリーンの姿もある。
「一体、何事でしょう?」
ソファに腰掛けたまま、ミレイユはかくりと首を傾けた。
「とぼけるな! 昨日、お前が学院でキャスリーンを階段から突き落とした件に決まっている!」
まったく身に覚えのない話である。
「先日お約束したとおり、私はキャスリーン様に一切近づいておりませんけれど……」
「この期に及んでシラを切るつもりか! キャスリーンの右足の腫れを、俺はこの目で実際に見ている。言い逃れできると思うなよ……っ」
(まあ……)
ミレイユはちょっと驚いた。
ということは、キャスリーンの怪我自体は事実なのだろう。ミレイユを悪者に仕立て上げるために自ら怪我を負ってみせたのだとしたら、なかなかの度胸だ。
「キャスリーンが階段から落ちたのは、足場の一部が凍りついていたせいだ。お前の魔法によるものだろうっ! 姑息な手段を用いてくれる。気づかれないとでも思ったか!?」
先ほどオスカーが『キャスリーンを階段から突き落とした』と表現した理由が、その怒声によって理解することができた。
この世界の人間は、誰もが生まれながらに魔力を持っている。魔力は地、氷、風、炎、雷、光、闇、無の八属性に系統が分かれ、操れる属性は一人につき一属性のみ。ミレイユが生まれ持った属性は氷で、氷を自在に操れるのは事実だった。
現在は初夏。階段が凍りつくなんてことは、自然現象では起こり得ない。だから氷魔法の使い手であるミレイユの仕業に違いない。それがオスカーの思考回路。
なんて穴のある推理なのか。こじつけに過ぎない暴論。だが、ミレイユは反論しようとは思わなかった。
「忠告したはずだぞ、ミレイユ! 両親が定めた婚約だ。致し方ないと受け入れていたが、もう我慢ならない! 貴様との婚約は、この日を以て破棄する……っ」
ひと息に捲くし立ててから、オスカーはキャスリーンをこれ見よがしに抱き寄せた。
「それから、この件の責任を取って、俺はキャスリーンを妻に迎える!」
「オスカー……」
感極まりましたという風に、キャスリーンが潤んだ眼差しでオスカーを見上げる。
オスカーは猛禽類のような目で、ミレイユを鋭く見据えた。
「侯爵家嫡男である俺の決定だ。マグノリア家に異論は挟ませない。両親にもだ。三日後、書類にサインしに屋敷まで来い」
ミレイユの意見など聞く気がなさそうに、オスカーは一方的に言い捨てた。
彼の腕の中で、キャスリーンが勝ち誇った笑みを浮かべている。
ミレイユは静かにソファから立ち上がり――いつものように、何も反論せずに膝を折った。
「承知いたしました。オスカー様のご随意に」
そうして、オスカーに求められた通り、ミレイユは父と共に侯爵邸を訪ね、婚約解消の書類にサインをし――二人の婚約は、これにて解消となったのだった。




