第17話 異を唱える声
長らく更新をお休みしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
本日から更新を再開するのですが、再開に伴い、ストーリー展開を大幅に変更し、いくつかのエピソードを削除させていただきました。たくさんのリアクションをいただいていたにも関わらず、申し訳ございません…っ!
投稿分のエピソードにつきましては改稿されてはいるものの、大幅な変更点はございません。ただ、世界観の設定にファンタジー要素(魔法)が加わっておりますので、その点だけご留意いただけると幸いです…っ!
人垣の合間を縫って、一人の青年が堂々たる足取りで進み出る。
隣でアルヴィンが小さく息を呑む気配がした。気持ちはミレイユも同様で、思わず目を瞠る。
侯爵の言葉に異を唱えたのは、金髪碧眼の見目麗しい貴公子。気品溢れる貴族が集まる場であっても、つい目を奪われるほどの存在感を放つ人物。
「ユージーン殿下。なぜここに……」
侯爵が唖然としたように呟いた。
ユージーン・ルエ・アウスレーゼ。御年十八歳の、この国の第二王子である。
場が騒然となっているのは、侯爵の決定に王子が異を唱えたから、というわけではなく。招待客に含まれていないはずのユージーンがこの場に現れたことへの驚きからだろう。
ユージーン王子というのは、出来のいい第一王子とは対照的に、評判は高くない。
優秀な頭脳を要している反面、型破りなところがあり、学院に在籍しながらも遅刻や無断欠席が多く、素行面で教師から目を付けられていた。
何より、ユージーンはキャスリーンの取り巻きなのである。
場の空気が一気に変わって、ミレイユは内心で嘆息を漏らした。
(嫌な予感がひしひしとするわ……)
ミレイユのそんな懸念を裏づけるように、ユージーンの背中を追い掛けるようにしてキャスリーンとオスカーが姿を見せた。
「他家の事情に首を突っ込むのも我ながらどうかと思うが……それが侯爵家ともなれば、王国の未来に関わる重要事項だ。私から少しいいだろうか?」
「何か問題がありますかな、殿下」
強引に割って入ったユージーンに対して、侯爵は礼を失したりせず丁寧に応対する。
「オスカーもアルヴィン殿もまだ学生だ。この時期に後継者を定めるのはいささか早計ではないか?」
「兄弟間での争いを防ぐためにも、早々に決断すべきだと判断した次第です」
ユージーンがふむ、と形のいい顎を撫でる。
「兄弟間での争いを防ぐため、か。聞こえはいいが、それなら後継はオスカ―でも問題ないはず。なぜ弟君に権利を与える?」
「これまでの行いから、オスカーは後継足りえないと判断したのです。恥ずかしながら、息子の素行については殿下の耳にも入っておられるのでは? 王国の未来のためにも、後継はアルヴィンが適任です。殿下にもご理解いただけるはずでございます」
侯爵の主張に、ユージーンが口の端を持ち上げた。
「オスカーの素行は、確かにな。そこについては異論ない。とはいえ、だ。オスカーから聞いたところによると、家督の件は更生の機会すら与えられずに決まったという。人は変われるというのに、だ。挽回の機会すら与えられないのは無慈悲が過ぎる。先ほど告げたように、人は変われる。努力する機会を取り上げるのは、あまりに非情だ」
王子の演説に、すっかり観客と化した招待客たちも感じ入るものはあったらしい。確かに、と賛同する声がちらほらと上がり始めていた。
ユージーンがぽん、とオスカーの肩に手を置き、悠然と微笑んだ。
「どうだろうか、侯爵。私の顔を立てると思って、家督の件は一時保留とし、オスカーに挽回の機会を与えてはくれないか?」
侯爵がちらりとミレイユを窺ってきた。双眸の奥には申し訳なさそうな色がちらついている。
ミレイユはそっとスカートの裾を持ち上げ、お辞儀した。侯爵の意向に従いますよ、という意思表示。
ユージーンからの申し出に、侯爵が厳かに頷いた。
「殿下がそこまでおっしゃるのであれば、オスカーが学生のうちは家督の件は保留としましょう。王国の未来のために、侯爵家の繁栄に繋がる後継を指名するとします」
「貴殿の忠義は覚えておこう」
満足げにそう言って、ユージーンは堂々と会場から立ち去っていった。
「……やられましたね」
アルヴィンの囁きに、ミレイユは苦笑を返す。
「仕方のない流れです。とはいえ、不本意な噂はこれで消えるでしょうから、目的自体は果たせたとも言えます」
アルヴィンが家督を継ぐ予定だったから、ミレイユが婚約を承諾した。招待客たちのあいだでそう認知されたはずなので、オスカーに未練があったなどという荒唐無稽な話は忘れられていくはず。
「ミレイユ様?」
声の主は、キャスリーンだ。
いつの間にか、目の前にキャスリーンとオスカーの姿があった。丁寧に巻かれた桃色の髪と同色のドレスを揺らして、キャスリーンがそっとミレイユに接近して――。
「晴れの舞台を邪魔してごめんなさいね? 侯爵夫人の座はわたしのもの。あなたにはあげないわ」
耳元でそう囁いて、キャスリーンが身を離す。彼女はこれ見よがしにオスカーの腕に抱き着いて、勝ち誇った笑みを浮かべた。
オスカーも似たような表情をミレイユに向けて、言う。
「俺がキャスリーンに捨てられるだと? 俺たちの絆を侮ってくれるな。家督の件を彼女に相談したら、なんて言ったと思う? 『わたしがなんとかしてあげる。何も心配は要らない』と。結果はこの通りだ。俺の婚約者は頼もしいだろう? 残念だったな」
ふふん、と誇らしげに語られた経緯はミレイユにとって意外なものだった。
キャスリーンはオスカ―に見切りを付けて別の令息を見つけるだろうとばかり思っていたから。
ミレイユの見立ては大外れで、本気でオスカーを愛しているのか。はたまた、それほどまでにミレイユへの対抗心が強いのか。今の時点では、キャスリーンの心中を正確に推し量ることは難しかった。
ミレイユがどう答えるか迷うあいだに、オスカーが畳み掛けてきた。
「ミレイユ。俺からもお前に予言をくれてやる。アルヴィンと婚約を交わしたこと、貴様は心底後悔することになるだろう」
自信に満ちた、オスカーからの宣告。
その自信を裏づけるものが何か、よくわからないけれど。アルヴィンと過ごしたここ数日を思い返せば、ミレイユの中で確かなことがあった。
なので、にっこりと微笑む。
「そのような日は訪れませんので、あしからず」
動揺しないミレイユの反応が面白くなかったのか、オスカーはつまらなそうに鼻を鳴らし、
「行くぞ、キャスリーン」
婚約者を伴って、去って行った。




