第8話 恋愛ごとは不得手かもしれません
それからも、招待客の相手は続いた。
ミレイユなりに、アルヴィンと仲睦まじいですよアピールをしたかったのだけれど――。
「アルヴィン殿との婚約を決心するに至った決め手は、何かあったのかしら? それとも、ご両親の意向に沿っただけ?」
二人の婚約事情に興味津々な貴婦人に、そう問われれば。
「両家にとって損のないお話でしたから。損がないことが、決め手でしょうか」
「……なんだか、とっても政略的ね」
と、苦笑され。
「ミレイユ様。アルヴィン様から掛けられて嬉しかった甘いお言葉などはありますか?」
瞳をキラキラと輝かせた後輩の令嬢に、そう尋ねられれば。
「いつ何時も、理知的で冷静だと。そうおっしゃっていただきました」
「ええと……甘い、言葉……?」
と、戸惑った顔をされ。
――そんなこんなで。
「私は、とんでもない無能者です……」
現在、ミレイユは会場の隅っこでさめざめと肩を落としていた。
気合を入れて臨んだのに、いざ質問をされると咄嗟に口を衝いて出た回答は、どれも色気のないものばかり。
(私、恋愛ごとにとんでもなく向いていないのでは……っ?)
己のぽんこつっぷりに、愕然となる。いじけるミレイユに、アルヴィンがふんわりと微笑み掛けてくれる。
「大丈夫ですよ、ミレイユ様。皆様、最終的には僕らの仲は円満だと信じて去って行かれましたし」
それもこれも、アルヴィンのフォローの賜物である。
苦笑する貴婦人には、
『私は以前からお慕いしていたので、決め手がなんであっても婚約が成立して助かりました。成立しなければ、愛を伝える機会すら得られませんから』
と付け加え。
戸惑う令嬢には、
『ミレイユ様にはありきたりな言葉より、ちょっと変わった角度からの褒め言葉の方が響くんです』
とフォローを入れてくれた。
なので最終的には、両者共に、仲が良くて羨ましい、と微笑ましげに去って行った。
結果的には上手くいっている。いっているけれど。
「これでは私、居ても居なくても変わりません……」
「ミレイユ様が隣に居てくださるから、僕の言葉に説得力が生まれるんですよ?」
慰めるように言われて、ミレイユはおずおずと顔を上げる。
「……そういうものでしょうか?」
二人の仲が円満だと信じてもらえるのは、アルヴィンが愛おしげにミレイユを見つめて回答するから。ミレイユは彼からの言葉をはにかんで受け止めるだけで仲睦まじいと思ってもらえるのだから、楽なお仕事である。
(確かに、隣に居た方が表情が作りやすい、なんてことはあるかもしれません)
実物の婚約者が居た方が、愛している演技をしやすいというのは、あるのかもしれない。
アルヴィンの言葉を信じて納得したミレイユは、気を取り直して彼の腕にぎゅっと抱き着いた。
「ミレイユ様……?」
ちょっとびっくりした様子で、アルヴィンがあどけない顔に戸惑いの色を浮かべる。ミレイユは微苦笑した。
「お返事はアルヴィン様にお任せして、私は余計なことを言わないよう、黙ってくっついておきます」
「ええと……それは……」
アルヴィンはなんだか困り顔だ。
「いけないでしょうか……?」
「緊張して、今度は僕の頭が回らないかもしれないので……」
「そんなに気負わなくても、ここまでのアルヴィン様の受け答えは完璧ですよ?」
アルヴィン一人に任せたって、卒なくこなせると思うのだけれど。
「そういうことじゃあ……」
弱ったように苦笑いするアルヴィンの顔を、きょとんと見つめていると。
ぱんっと。和やかな会場の空気を引き締めるように、乾いた音が響いた。
首を巡らせると、バークライト侯爵が手のひらを打ち鳴らしたのだとわかる。招待客から注目を集めるためだ。
ミレイユはアルヴィンからそっと身を離した。
「時間のようです」
「……ですね。父様のところへ行きましょうか」
顔を見合わせ、頷き合う。侯爵の意図が二人にはわかったからだ。
会場が静まり返ると、侯爵が朗々と語り出した。
「ご歓談中失礼。本日、私から皆さんにお伝えしておきたい事柄があるのです。少しだけお時間をいただきます。来なさい、アルヴィン」
呼ばれたアルヴィンが、侯爵の隣に並ぶ。侯爵が息子の肩に手を置いた。
「私は今ここで、次代のバークライト侯爵は次男アルヴィンに定めたことを、表明しておきます」
これは意外だったのか、どよめきがさざ波のように広がっていく。少しの間を置いてから、侯爵の決断を尊重するように、拍手が湧き起こった。
ところが――。
がしゃん、と。ガラスの割れる音が響いたかと思うと。
「どういうことなの、オスカーっ!」
空気を切り裂くように、甲高い令嬢の声が響き渡った。




