第1話 嘲笑う声
「オスカー。またしてもキャスリーン嬢と二人で出掛けるのか? いくら大人しいミレイユ嬢でも、流石にそろそろ怒る頃合いだと思うがな」
「まさか。あのミレイユが俺に怒るわけがないだろう?」
薄く開いた教室の扉。その隙間から漏れ聞こえてくる令息たちの声に、ミレイユ・マグノリアはぴくりと眉を動かした。
「気が弱い上に、ミレイユ嬢は子爵家の出。婚約者とはいえ侯爵令息相手に不満なんか言いようがない、か」
「ああ。俺に嫌われれば玉の輿がおじゃんになる。その辺りは心得ているさ」
ミレイユの婚約者、バークライト侯爵家の長男――オスカーの声音には、たっぷりと嘲りの響きが孕んでいた。
「容姿端麗、成績優秀。学院内でもミレイユ嬢に焦がれる男は多いというのに、その傲岸不遜な態度。婚約者の余裕ってやつは羨ましい限りだよ」
腰まで伸びた、絹のごときプラチナブロンドの髪。涼しげに煌めくアイスグレーの瞳。精巧な人形のように整った顔立ち。
美しい容姿を持つミレイユは、入学時から異性の眼差しを集めることが多かった。
「美人ではあるが性格は陰気で俺の好みではないし、頭のいい女なんて嫌味でしかないだろう。懸想する男どもの気が知れないな……」
ぼそりとオスカーがこぼせば、別の令息が歌うように追従する。
「万人受けするのは、やはりキャスリーン嬢だよな。あの可憐な容貌に加えて人当たりのよい笑顔。抜けているところがまた、庇護欲を誘うというか」
「オスカーが大切にするのもわかるよ。キャスリーン嬢はとにかく愛らしい」
くすくすと交わされる、令息たちの談笑。
ミレイユはくるりと扉に背を向けて、その場を立ち去った。
マグノリア子爵家の令嬢ミレイユがオスカー・バークライトと婚約を交わしたのは、三年前。互いが十四歳の時だ。
親同士が決めた婚約関係は良好――とは、お世辞にも言い難かった。




