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和沢 2

 舞台は中華飯店。普通の店員が1人、そして店長らしきオヤジは椅子に座って新聞を読んでいる。


「おやっさん、ラジオつけていいですか?」

「おう、いいぞ。今客いないしな」


 オヤジが許可を出したので店員がラジオをつけた。


『さぁ試合は4対4で同点の9回表、勝ち越すことができるかイーグルス! この回は一発が期待できる3番柴田からです』


 どうやらプロ野球の試合のようだ。セットの時計は3時45分を指しているのでデイゲームという設定だろう。


「お、いい場面っすよおやっさん」

「…………」


 オヤジは無言で新聞を読んでいる。


『さぁ、この回先頭バッターの3番柴田、左打席に入ります。柴田には一発があるので期待がかかります。そしてマリーンズはこの回から上本がマウンドに上がりました。上本、1球目投げた! 柴田、打ちました! センターに打球が飛んでいきます! 大きい! これは大きいぞ! どうだ!! 入るか!! どうだーーー!!! ……中堅手(センター)掴みました、ワンアウトです』

「あぁー……」


 店員ががっかりしている。

 オヤジは一切反応がない。


『風に戻されましたね』

『そうですね、強風でかなり戻されました。さぁ4番の斎藤が打席に入ります。斎藤にも長打が期待できます。しかも今日はここまで3安打と絶好調! 上本、1球目投げた! 打ちました! これもセンターへ大きな当たり! どうだ!! 入るか!! どうだ!! どうだーーー!!! ……中堅手(センター)掴みました。ツーアウトです』

「えぇ、またかよ……」


 店員が再びがっかりするが、オヤジは相変わらずノーリアクションだ。


『これも風に戻されましたね』

『そうですね、これも強風でかなり戻されました。ツーアウトですがここで5番のジョンソンを迎えます。ジョンソンは今日初回にスリーランホームランを打っているので、マリーンズバッテリーとしては一発だけは警戒したいところ』

『そうですね、くさいところに投げて最悪フォアボールでもいいかもしれません』

『上本、1球目投げた! 打ちました! まさかの三者連続初球打ちです! これもセンターへ高く上がったーー!! 大きいぞ!! 入るか!! どうだ!! 入るのか!! どうだーーーーー!!!!! …………中堅手(センター)掴みました。チェンジです』


「ふざけんなーー!! 紛らわしいんだよこのクソ実況がぁー!! 入ったと思うじゃねぇかー!!」


 オヤジがブチギレ新聞紙をビリビリに破いた。


「まあまぁ落ち着いてくださいよおやっさん。まだ同点なんですから」


 店員がオヤジを(なだ)める。


『さぁ9回裏のイーグルスのマウンドには抑えの金城が上がります。相変わらずセンターから強い風が吹いていますが、マリーンズもこの回は一発が期待できる4番の馬場からの打順です。さぁ1球目、金城投げた! 打ちました。打球はセンターへ。……………………入りました、サヨナラホームランです』


「クソッタレがーー!! 入りそうな実況してなかっただろうがーー!! なんでそっちは入るんじゃーー!!」


 オヤジが再びブチギレ、丸めた新聞紙を観客にぶん投げてきた。


『馬場が打ったときだけ風がやみましたね』

『そうですね。馬場が喜びながら今ホームに戻ってきました。マリーンズサヨナラ勝ちです』


「おやっさん落ち着いて。これもう消化試合なんですから」


 もう一度店員がオヤジを宥めラジオを消した。その直後、


 ガラガラ


 左側にある武道場の入口から誰かが入ってきた。


「いらっしゃいませー」

「……おう、らっしゃい。好きに座ってくれ」


 どうやら客のようだ。

 身長が高くスーツを着ていて顔が怖い。見た目がまるでアレ系の人だ。おそらく3年の人だろう。

 オヤジは厨房に移動し客はテーブル席に座った。そして注文をするため店員を呼ぶ。


「注文いいかい?」

「はい、どうぞ」


 店員が客のいるテーブルに向かい水を出した。


半炒飯(はんチャーハン)2つ」

「え? 半炒飯2つですか?」

「そう。半炒飯2つ」

「半炒飯2つですと量も値段も普通の炒飯1つと同じですけど……」

「いいから半炒飯2つ」

「……わかりました、半炒飯2つですね。少々お待ちください」


 店員が厨房に入りオヤジへ伝える。


「おやっさん、半炒飯2つです」

「はぁ? 半炒飯2つ?」

「はい、半炒飯2つです」

「……半炒飯2つは普通の炒飯と量も値段も同じだぞ」

「そう説明したんですけど半炒飯2つって……」

「……わかった」


 オヤジが半炒飯2つを作り始めた。

 当然コントなので一瞬でできあがる。

 しかし何故か湯気を纏った炒飯が出てきた。

 一体どうやって用意したんだ?

 炒飯の匂いが武道場に漂う。

 右隣に座っている橘が「腹減ってきたな」と小声で囁いた。同感だ。


「半炒飯2つお待ち」


 オヤジから半炒飯2つを店員が受け取り客に持っていく。


「お待たせしました、半炒飯2つです」

「……」


 店員が離れると客が半炒飯2つを食べ始めた。

 猛スピードで食べている。

 ……どうやらマジで食べるようだ。

 ふざけんな。

 こっちは匂い嗅いで腹減ってきたってのに……。


「おい、普通に食うんかい!」

「ははは、これ何の時間だよ」


『えー、只今お客様がお食事中です。半炒飯2つを食べ終わるまで少々お待ちください』


 進行役が出てきて頭を下げた。


「なんじゃそりゃ!」

「ははは、どんなコントだよ!」

「はよ食え〜」

「こっちにも炒飯よこせー!」


 観客から野次が飛ぶ。おそらく3年だろう。

 結局2、3分足らずで半炒飯2つを完食した。

 午後のコントでもこの人がまた食べるのだろうか?

 客が水を飲み「はぁ……」とため息をつくと席を立ち店員の方へ向かった。


「なぁあんた、俺がなんで普通の炒飯1つじゃなくて半炒飯2つを頼んだと思う?」

「え……すみません、わかりません……」

「じゃあそこにいる店長、わかるか?」


 オヤジが厨房を出て店員と客がいる方へ向かう。


「すいやせん、わからんですね」

「……俺はな、熱々の炒飯が食べたいんだよ。わかる? 熱々を食べたいの。だから俺は熱々の半炒飯を食べ終わってからもう片方の熱々の半炒飯を食べたかったんだよ。でもあんたらは半炒飯2つを同時に作って同時に持ってきたよな。厨房を見ていたらあんたは鍋1つで普通の炒飯1つを作るのと同じように、一度に半炒飯2つ分を作っていたな。そしてそれを2つの皿に分けて俺に持ってきた。それはおかしいだろう。俺が注文したのは半炒飯2つなのに。まず半炒飯1つを作りそれを俺に持ってくる。そして俺が食べている最中にもう1つの半炒飯を作り、俺が1つ目を完食したら2つ目の半炒飯を持ってくる。これがベストだ」


 成程、そういうことだったのか。

 しかしこんな長台詞よく覚えられるな。俺なら絶対に無理だ。


「だったら先にそう仰ってくださいよ」

「わからなかったなら注文した時点で俺に理由を聞くべきだろ。あんたが言ったのは量と値段のことだけだ。同じ量で同じ値段ならわざわざ半炒飯2つなんて頼み方はしない。こんな寂れた飯屋でもサービス業なんだから、客が満足するための努力をしろよ」

「……勉強になりやす。すいやせんでしたお客さん」


 店員が反論するも客に言い返され結局オヤジが頭を下げた。そしてそれを見て店員も頭を下げる。


「……だが味は良かった。また来る」


 客が早足で店を出ていく。

 ……まぁ実際は武道場から出ていったんだが。


「へい、お待ちしております!」

「またお越しくださいませー!」


 2人が頭を下げたまま客を見送った。

 少し間を置いてから先に店員が頭を上げ、その後にオヤジが頭を上げた。


「…………おやっさん、あいつとんでもないやつでしたね」

「おい、なんだその言い方は!」

「…………だってあいつ金払ってないです」

「ただの食い逃げじゃねぇかーーーーー!!!!!」


 オヤジが三度(みたび)ブチギレ1本目のコントが終わった。

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