佐々木 6 休
真島がバンドに入ることは全員一致で否決された。当然だろう。いつもと違い真面目な雰囲気でいると思っていたらそんなことを考えていたのかと、宮本も越後も呆れていた。
その日以降、生徒会の仕事がなく2年の軽音部の活動がある日は他の軽音部員が誰もいないことを条件に、自分も練習に加わることになった。
元々3年生の軽音部員は自分たちの練習日にしか部室に来ないらしい。そして自分が参加するときには1年生達に来ないように命令しておくから大丈夫だ、と宮本から説明された。
数回ほど練習に参加していると、越後に「やっぱり文化祭でも歌ってほしい」そうお願いされたが、その場で断った。
しかし翌日には宮本がお願いしてきた。再び断るも放課後にはまた越後が頼み込んできた。「軽音部は体育館じゃなくて小さめの仮設ステージでやるから大して人も集まらないんだが、それでも駄目か?」説得されたけれど、何度頼まれても無理なものは無理だ。
休日や放課後に真島を含めた何人かでカラオケに行くことも増え、あの5人の前でなら気楽に歌うことができるようになったけれど、やはり他の人たちの前で歌うというのには躊躇いがある。
ゴールデンウィーク明けの木曜日、自分が日直のためいつもより早く登校すると、教室にはすでに3人の生徒がいた。
2人の女子は一緒にスマホでなにかを見ているようだ。
もう1人は奥井で、自分の席で本を読んでいた。奥井は毎日この時間には登校して読書をしているのだろうか?
自分の席にスクールバッグを置くと、隣の席の奥井もこちらに気付いたのでお互いに「おはよう」と挨拶を交わし、先に日直の仕事をこなしていく。
それらを終わらせたあと、奥井が読んでいる本を横から覗き込んだ。奥井が読んでいたのは空沼カダンの小説『人事換気』だった。
小説は中学時代にそれなりの量を読んだ。何故なら中学のとき休み時間は図書室にいることが多く、そこで小説を読んでいたからだ。それくらいしか休み時間にやることがなかった。理由は言うまでもないだろう。小説を読み始めたキッカケはそんな理由だが、意外とハマってしまい読みたい新作などはお小遣いで買うことも多かった。
そういえば高校入学後も最初の頃はしょっちゅう図書室に行っていたけれど、もう1年近く利用していない。自分の中では図書室はただの逃げ場所の1つで、悪い言い方になってしまうが、図書室に行かない今の学校生活の方が余程充実した日々を送れている。
それでも読書自体は好きなので、今でも家では中学のときに買い込んだ未読の小説をたまに読んでいる。たまにというのは最近は真島や宮本の影響で読むのが漫画中心だからだ。真島の部屋には真島が父親から譲り受けた少し昔のゲームや漫画があり、最近はその漫画を借りて読むことが多い。宮本も漫画が好きなようなので、おそらくあの2人は普段小説を読まないのではないか。
奥井が読んでいる『人事換気』は人が死なないタイプの推理小説だ。中学時代に自分も読んだことがありとても面白かったので、ある程度の内容は覚えている。
空沼カダンは推理小説家でそれ以外の作品も面白かった。奥井は他の作品は読んだのだろうか?
読書の邪魔をするのも気が引けるので話しけるかどうか迷っていると、奥井が小説を読むのを中断し逆にこちらに質問してきた。
「佐々木は小説とか読む?」
「えーと、最近はたまに家で読むくらいかな。中学の頃はかなり読んでたけどね。『人事換気』も中学のときに読んだんだ。面白かったよ」
「へぇー」
「空沼カダンの他の小説は読んだことある?」
「ないよ、これが初めて」
「他のやつも面白いよ。何冊か持ってるから今度貸そうか?」
「じゃあもう少しでこれ読み終わるし、そしたら借りようかな」
その後も奥井とお互いに読んだことがある小説の感想を言い合ったりして会話が弾んだ。
最近は推理小説にハマり、それ系統の作品ばかり読んでいるのだとか。
それなら空沼カダンの他の小説も楽しめるだろう。
そしてどうやら奥井は少し早く登校し小説を読むのが日課のようだ。
いつも自分が登校する時間はギリギリで、自分が3組の教室に入ったときには奥井は越後や唐川と雑談をしている。なので朝早く登校し読書をしていることなど知らなかった。
奥井と話し込んでいると、途中から唐川も越後の席に座り会話に混ざり始めた。唐川も小説を多少読むらしく『人事換気』も読んだことがあるようだ。
奥井にネタバレしないように気を付けつつ『人事換気』についてあーだこーだ語っていると教室に生徒が増え始め、急に「俺も小説読んだことあるよ〜」と真島が頭にスクールバッグを乗せたまま会話に乱入してきた。唐川が「何読んだの?」と聞くと「羅生門〜」と答えた。「それは教科書でだろ!」宮本が真島の首根っこを掴み、無理矢理2組の方へ連れていった。やはり真島は小説を読まないようだ。
この日以降、奥井や唐川とは小説を話題に話をすることが多くなり、そのおかげか2人と距離を縮められたと思う。
しかし奥井と仲良くなったせいで、今度は奥井まで文化祭で歌ってほしいとお願いしてくるようになってしまった。
当然断ったが少し面倒なことになってきた……。
5月27日水曜日の朝、目が覚めると非常に具合が悪かった。頭がぐわんぐわん揺れている。腹痛もあり気分も悪い。あれのせいだ……。最悪だ……。
しかしこんなに体調が悪くなるのは初めてだ。
薬を飲み忘れたせいだとすぐに気付いた。
やってしまった……。
今日は平日だ。学校はどうするか?
こんな状態でみんなとは絶対に会いたくない……。
…………休んでしまおうか。
中学のときは学校に通い続けたけれど、そのときとはまるで状況が違っている。仮に今日学校を休んだとしてもそのまま休み続けることはないだろう。
今日の授業内容なども後日誰かにノートを写させてもらえれば問題ない。
……休もう。
薬を飲み寝ていればその内治まるはずだ。
ウチの両親は忙しくおそらくすでに家にいないだろうが、逆にその方がありがたい。
問題なのは休むことを自分で学校に連絡する必要があることだ。あれのせいで体調が悪いから学校を休みたいとは言いたくない。
とにかく自分のこの状況を知られるのが嫌なのだ。
……体調不良とだけ言えばいいか。
なにも馬鹿正直に言う必要はないだろう。
スマホは机の上だ。ベッドから出る必要がある。それすら億劫な程具合が悪い……。
なんとか起き上がりスマホを手に取った瞬間スマホが鳴った。そのせいで焦って指が触れ通話状態になってしまった。
こんな朝早く誰だろうか?
「佐々木〜」
真島だ。
今は会話をするのも嫌なのだが、出てしまった以上すぐには切れない。
「……なに?」
「日曜日にさ〜、ゴミ拾いあるでしょ? それ俺と佐々木と唐川で一緒にやろうぜ〜」
「……いいよ」
何故朝からそんなことで電話をかけてくるのか……。
おまけによりによってこんな日にだ……。
早く切ってしまいたい……。
「……もしかして佐々木具合悪い?」
「……うん」
「学校休む?」
「……うん」
「学校に連絡した?」
「してない」
「俺がしようか? 具合悪いんでしょ?」
「……じゃあお願い」
「まかせろ。じゃあ切るね、お大事に〜」
もう面倒なので真島に任せることにした。
真島から宮本たちにも伝わるだろう。
しかし真島は何故こちらの具合が悪いとすぐにわかったのだろうか?
……いやそんなことを考えても仕方がないか。
さっさとこの状態を和らげることに専念する。
薬を飲み寝ていると、正午前には大分楽になった。
お腹が減ったのでキッチンへ行くと、母が作ったお弁当が置いてあったのでそれを食べ始めた。
今頃学校では4時間目の授業中だろう。3組は数学だから風間先生の授業か。
久しぶりに学校を休み、みんなが授業中の時間にお弁当を食べているせいか、少しばかり不思議な気分だ。
食べながら考えた結果、ノートは唐川に写させてもらうことにした。越後か奥井にお願いしたら交換条件で歌ってくれと言われかねないからだ。
昼食後リビングでスマホを確認すると、こちらの体調を気遣った連絡が宮本たちからきていたので『そこまで酷くないから大丈夫』と返信した。
生徒会の人たちには伝えなかったけれど、確か今日は生徒会の仕事はないはずなので、今更連絡する必要もないだろう。
そのままリビングでリラックスしていると、もしかしたら真島がお見舞いに来るのではないかと不安になった。
真島は一度だけウチに来たことがある。どうしても来たいと駄々をこねたので、放課後に仕方なく連れて来たのだ。確か去年の冬休み前だっただろうか?
別にウチに来ること自体は構わないけれど、当然今日は会いたくない。なのでスマホで『お見舞いには来なくていいから』と連絡を入れた。下校までに誰かがスマホを確認すれば来ないだろう。
すぐに真島から何かリアクションがあると思っていた。でも何故か夜まで待ってもなにも反応がなかった。
20時過ぎに宮本に確認すると『真島は風間先生にスマホを没収された』と返信がきた。『真島が何をやらかしたのか明日以降学校に来たときに説明してやる』とも付け加えられていた。
翌日、体調不良という体で学校を休んだのでカモフラージュとして一応マスクをしたまま登校すると、唐川からは心配されたが何故か奥井からは不満そうな口調で「なんで昨日休んだんだよ!」と怒られてしまった。




