第50話「左子、逃がしてはダメよ」
「黙っていてごめんなさい・・・」
それは夕食の席での事。
例のクリスマスパーティの事を問いかけた私に、綾乃様は沈痛な面持ちで言葉を放った。
「や、別に綾乃様を責めてませんから!・・・それに綾乃様にだって守秘義務とか色々ありますよね?」
「え、ええ・・・礼司さまに相談して謎解きイベントを企画しているから、確かにそれについては話せないのだけど・・・」
謎解きイベント・・・そういえば流也さまも言ってたような気がする。
紅茶研の入部試験でもやってたし、実に礼司さまらしい企画だけど・・・ゲームには無かった要素だ。
そもそもゲームでは完全に斎京家単独の主催、悪役令嬢として綾乃グレースがこれ見よがしに出席してはくるものの、決して共催なんてしてなかった。
いったい何があって二階堂家との共催になったのか・・・
「私からね、流也さまにお願いしてみたの・・・二階堂との共催にすれば、もっとすごいパーティに出来るって」
「え・・・」
それはつまり綾乃様自身の意志でって事?
ゲームでの綾乃グレースと違って、これまで二階堂家の威光を振りかざすような事なんてしてこなかったのに・・・
いったいどんな心境の変化が・・・ひょっとして歴史の修正力とかいうやつ?
本来の悪役令嬢として、綾乃様が目覚めようとしている?!
「あ、綾乃様は・・・そのパーティでいったい何をするつもりなんですか?」
「え?・・・だからその謎解きイベントをね、最初にゴールに辿り着いた人にプレゼントを・・・」
恐る恐る、私は綾乃様にその真意を訊ねる。
綾乃様は言葉通りに意味を捉えたらしく、パーティでの出し物の説明を始めたので、私はそれを遮る。
「そうじゃないです、綾乃様は何のためにそんな事をするんですか?共催なんてどう考えても皆の注目を集めるじゃないですか」
人見知りで人前に立つと固まるような綾乃様が、わざわざ自分から目立つような事をしたがるとは思えない。
いったいどんな理由で・・・それも私や左子に何の相談もなく・・・
「そうね、私が目立つような内容もあるし、主催としての挨拶もしないといけないし・・・すごく緊張すると思うわ」
「だからなんでそんな・・・」
なんでそんな事を綾乃様がするんですか?・・・私はその言葉を放つことが出来なかった。
強い意志を秘めた綾乃様の瞳は、吸い込まれるように青く・・・
その瞳に射すくめられてしまったかのように、私は身動きが取れなくなっていた。
「それは私が二階堂綾乃グレースだからよ、次の姫ヶ藤の姫『Monumental Princess』になる二階堂家の・・・右子、左子・・・あなた達の主人の」
「・・・」
「姉さん・・・大丈夫」
それまで無言で話を聞いていた左子が口を開いた。
「綾乃様なら・・・大丈夫・・・心配いらない」
私の中の不安を感じ取ったかのように・・・感じ取ったのかも知れない。
その左子の声は優しく・・・そうだね、やっぱり双子だ・・・私も左子の気持ちがわかったよ。
「だからごめんなさい、今回は決めたの、あなた達に頼らずにやり切るって」
「はい」
私も綾乃様を信じるよ・・・綾乃様は悪役令嬢になんてならない。
きっとゲームのそれとは比べ物にならないような、最高のクリスマスパーティにしてくれるに違いないのだから。
実際にその後、綾乃様が話せる範囲で話してくれた内容だけでもかなり凄そう。
そういえば国宝がどうとか流也さまが言ってたな・・・いったいどんなパーティになってしまうのか。
綾乃様を手伝えないのは悔しいけれど、私は私で霧人くん関係をどうにかしないといけないしなぁ・・・
そう言えば学園外の招待枠の事を綾乃様に聞かないと・・・と思ったその時。
「・・・それで、私も流也さまから聞いたのだけど・・・」
心なしか硬い表情を浮かべて、綾乃様は言葉を続けた。
「右子はパーティに誰かを誘いたいらしいわね?わざわざ流也さまにお願いして、学園の生徒以外の誰かを・・・」
「・・・姉さん?」
やっぱり綾乃様の表情が硬い、視線が冷たい・・・左子もジト目で追い打ちをかけてきた。
「ええと・・・その・・・中学生のね、男の子なんだけど・・・ちょっと街で声をかけられて・・・」
「「!?」」
あ、綾乃様?
悪役令嬢の顔になってるような・・・ひ、左子は・・・あれ、何考えてるか伝わってこないよ?
これは嫌な予感が・・・
「あ、私ちょっとトイレに・・・」
「左子、逃がしてはダメよ」
「・・・ん」
席を立ってその場を逃れようとした私の前を、左子が先回りして塞いだ。
そして背後からは突き刺すような視線と・・・ものすごい重圧感が。
「ねぇ右子、街で男の子に声をかけられて・・・何があったのか、私すごく気になるのだけれど」
「は、はい・・・」
先程の比ではなく射すくめられてしまった・・・身体が全く動かない、指一本動かないよ。
「話してもらえるわよね?全て」
「お、仰せのままに・・・」
今の綾乃様に逆らえる術は私にはなく・・・
その結果・・・
『みーちゃんです・・・よ、よろしくおねがいします』
「みーちゃん・・・くすっ」
「姉さん・・・かわいい」
例の配信番組を二人に見られてしまう事になった。
幸いな事に霧人くん達の事は悪く思われる事はなく、むしろ興味を持ってもらえたようで。
彼ら3人分の招待状を出してもらえる事になりました。
「ねぇみーちゃん、紅茶を淹れてくれるかしら」
「はい・・・」
・・・しばらくの間、屋敷でみーちゃん呼びされる事と引き換えに。
「みーちゃん、私もあのレッドサンダーというお菓子を食べてみたいわ」
「はい・・・コアラのフーガも買ってきますね」
「まぁ素敵、お願いね、みーちゃん」
「・・・」
うぅ・・・まさかこんな事になるなんて・・・
この綾乃様による『みーちゃん呼び』はクリスマスパーティ当日まで続いたのだった。




