第51話 『メリークリスマス』
12月24日
クリスマスが今年もやってきた。
本来はこう、聖人の誕生日を厳かに祝う日のはずだけど、日本人はこういうお祭り騒ぎが大好きだ。
それは日本を舞台にしたゲームである『Monumental Princess』でも変わらない。
斎京家主催のクリスマスパーティ。
それは大企業である斎京グループの力を見せつけるかのように、贅沢の限りを尽くして開催されるイベントだ。
二階堂家に勝るとも劣らない斎京家のお屋敷で、姫ヶ藤学園に通う良家の子女が集い開催される、さながら童話に出てくる舞踏会のような催し。
そこで、それまでに培った攻略対象達の好感度に応じたイベントが、主人公の葵ちゃんを待っているのだ。
流也さまにVIPルームに案内されたり・・・
礼司さまに特別な紅茶を振舞われたり・・・
要さまと一緒にごちそうをお腹いっぱい食べたり・・・
透さまに綺麗なドレスを仕立てて貰ったり・・・
霧人くんと屋敷内を探検したり・・・
ゲームの攻略次第ではそれらの複数、あるいは全てをこなす忙しい葵ちゃんになる事もある。
もちろん、ライバルである悪役令嬢の綾乃グレースにそれらを持ってかれる事もある。
私も当初はそういうのを想定していたわけなんだけど・・・
『斎京、二階堂共催により、かつてないクリスマスパーティが実現』
『もはや今年のクリスマスにこれ以外の選択肢なし、最強の聖夜イベントを見逃すな』
強気な煽り文句が書かれた新聞部の号外が学園内を飛び交う。
いよいよ今日が当日、パーティは今夜だ。
生徒達みんながそわそわしているように感じられる。
たぶんそれは私も同じ・・・いったい綾乃様はどんなパーティを用意しているのか。
終業のチャイムが鳴り響き、川の水が流れるかように生徒達が校門へと消えていく。
さすがに今日ばかりは大半の部活動はお休みだ。
斎京と二階堂、単独でも強い影響力を持つ2つの名家による共催・・・これには学園の理事会ですら無視出来ないものがあるのだろう。
「ごきげんよう」
「それではパーティ会場で」
そんな挨拶があちこちで交わされ、生徒達は各々の帰路につく。
私と左子も、成美さんや美咲さんといったクラスの仲間達と同じように挨拶をして別れ、千場須さんの車へと乗りこんだ。
そこに綾乃様はいない・・・綾乃様は流也さまと共に一足先に会場入りしているのだ。
私達は一度屋敷に帰り、着替えを済ませてからパーティ会場・・・の最寄り駅である朱谷外苑駅へ向かう予定だ。
そこで霧人くん達と待ち合わせをしているからね。
現地での待ち合わせでも良かったんだけど・・・さすがにパーティの規模が大きくなり過ぎちゃったので・・・何も知らずに招待してしまった私の責任として、心の準備くらいはさせてあげたい。
「それでは私は先に会場へ失礼致します、お気をつけて」
「千場須さんもお忙しい中ありがとうございます」
駅前に私達を降ろすと、すぐさま千場須さんの車は会場の方へ走り去っていく・・・やはりパーティの準備で忙しいに違いない。
千場須さんは二階堂家側の大きな戦力だ、私達の分までしっかり綾乃様を支えてもらわないと。
「さて、あの3人は来てるかな・・・」
今の私と左子はパーティ用のドレス姿。
主の綾乃様を立てるべく、多少は地味めのドレスなんだけど・・・夕方の駅前でこの格好は結構目立つはずだ。
こちらから探すまでもなく、向こうから気付いてくれると思うんだけど・・・
「あ、みーちゃんさん!」
ほらね、こうしてすぐに・・・っておい!
人の多い駅前で、大声でなんて事を・・・
「うわ、みーちゃんさんが二人いる!?」
「みーちゃんさん分裂したっすか?!」
ああ、左子の事話してなかったっけ・・・そっくり双子の私達を見て驚くのはまぁ仕方ない。
でも、それよりも今は・・・私は小走りで彼らに駆け寄り・・・やっぱり歩きにくいな・・・
「今日はご招待ありがとうございまっす、みー・・・ふご」
それ以上の言葉を発せられる前に、レフトの顎を掴んで口を閉じさせた。
「な、何するんですかみー・・・むぐぐ」
ライトのやつにも言わせない。
その呼び名はもう封印したんだからね、決して呼んではならない名前だからね?
「私の名前は、右子さん、こっちは妹の左子さん・・・わかった?」
「は、はい・・・右子・・・さん」
「うん、よくできました」
さすが霧人くん、すぐにわかってくれたみたい。
顎を掴んだ二人からもコクコクと頷くのが伝わってきたので、とりあえずは開放してもよさそうだ。
『みーちゃん』は私の黒歴史、永久封印ものだよ。
こうして霧人くん達と合流出来たんだけど、3人の服装は・・・うん、大丈夫。
ちゃんとパーティに相応しい服装で来てくれていた。
霧人くんは心配してないんだけど、ライトとレフトがね・・・ゲームでは居なかったからね。
ドレスコードに引っ掛かって会場からつまみ出される心配はなさそうだ。
「一応念のために言っておくけど、会場内は基本撮影禁止だからね?カメラとか持ち込まないでね?」
「え・・・は、はい」
「今『え・・・』って言った!あやしい!ちょっと荷物見せて」
「いや・・・それはちょっと・・・」
「か、勘弁してくださいっす」
そう言ってライトとレフトが鞄を庇うように抱きしめる・・・無茶苦茶あやしいよ。
もし撮影禁止のパーティ会場でこっそり生配信とか企んでたら大変な事になる・・・ここで止めないと。
「右子さん、僕達は本当に・・・」
「左子、手伝って」
「ん・・・」
見るからにヒョロい中学生が、左子の力に敵うわけもなく・・・
もぎ取った鞄の中身を改めると・・・
「これは・・・コアラのフーガ?」
「限定のホワイトトリュフ味っす・・・」
「え・・・じゃあこっちの・・・英語で何か書いてある箱は・・・」
「それはパズルゲームになってて・・・海外のやつなんですけど日本語の説明書も入ってて・・・」
彼らの言葉に嘘はなく、鞄から出てきたのは見慣れないちょっと豪華な包装のコアラのフーガ。
そして英語が書かれた箱はパズルゲームらしい、よく見ると説明書らしき紙が箱の裏に貼り付けられていた・・・ええと、色とりどりの熱帯魚を並べて自分だけの水槽を作ろう・・・同じ色の子を揃えるか全色集めると高得点、だって。
これは、お菓子を食べながらこのゲームで遊ぼう的な・・・ホームパーティか何かと勘違いでもしたのかな?
「ええと・・・二人とも何か勘違いしてる?」
「いや、一応今日クリスマスだから・・・僕らでみー、じゃなくて、右子さんにプレゼントを・・・」
「え・・・私に?」
「はいっす、さすがにコアラはちょっと安っぽいかなって思ったっすけど、お菓子の話で盛り上がったからわんちゃんありかなって・・・」
「俺のはそこまで安くないですからね、もう販売終了してるやつですし」
まじか・・・や、私が男の子にクリスマスプレゼント貰うなんて、ね?
この子達まだ中学生なのにこんな・・・
「ごめん・・・私ったら変に疑ったりして・・・こんな・・・」
「大丈夫っす、俺らぜんぜん気にしてないっすから」
「みー、右子さんを驚かせたかったってのはありますけど・・・」
なんだ、すごい良い子達じゃないか・・・疑ってた自分が恥ずかしいよ。
私はプレゼントとか何も用意してなかったのに・・・
「あ・・・ひょっとして霧人くんも?」
「気に入ってくれるかわからないけど・・・一応・・・」
なんと攻略対象の霧人くんまで・・・ひょっとして私フラグ立てちゃった?
しかし、そう言って霧人くんが差し出したプレゼントは、スーパーの袋に入ったシルベーヌ。
なんだ霧人くんもお菓子か・・・これならフラグはなさそうだね。
「本当にありがとう、でも入り口で手荷物検査に引っ掛かると思うから、今は駅のロッカーに入れておこうか」
「え・・・」
「手荷物・・・検査?」
「そ、そんなのあるんですか?」
「うん、飲食物も持ち込み禁止でね・・・X線?だとか金属探知機とかもあるみたいだよ、警備厳重だよね」
「そ、そうなのかー、大至急ロッカーに入れてきます、行くぞお前ら」
「「は、はい!!」」
慌てて駅の中に駆けていく3人・・・ま、まさか・・・ね。
その後、ロッカーから戻ってきた3人を連れて会場へ歩く。
大きな道路沿いに作られた、西洋風の街灯が並ぶおしゃれな歩道を進んでいくと・・・お屋敷の門のようなものが見えてくる。
既に門の向こうの前庭には人影が何人か・・・先に来ていた生徒達だろうね。
「あれ・・・入らないんですか?」
門を無視して、右側に回り込むように敷かれた歩道へ進むと不思議そうにライトが聞いてきた。
明らかに入り口って感じだもんね、私も説明を受けてなかったら間違えてたと思う。
「手荷物検査があるって言ったでしょ?それ用の入り口があるのよ」
会場の右に回り込んで壁沿いをしばらく歩くと、警察の人が見張る小さな門があった。
そう、ここが入り口だ。
門を通るとすぐに手荷物検査の行列が出来ていた。
みんな姫ヶ藤の生徒達だ、見知った顔もいくつかある。
「携帯電話はこちらに・・・すぐ返しますが、会場内は撮影禁止となっています、使用も極力控えてください」
「はーい」
「見つけたら逮捕しますので、本当に気を付けてくださいね、本当に、逮捕、しますので」
並んで待ってる生徒達に向けて警察の人が説明してる・・・逮捕?
その後、荷物検査と金属探知機のゲートをくぐり抜けると、細い木立の並ぶ道を進むように案内される。
道は広い敷地を大きく回り込み、先程外から見えた前庭へと繋がっていた。
「うわぁ・・・」
前の方を歩いていた生徒達が各々歓声を上げり、息を飲んで立ち止まるのが見えた。
前庭に何かあるのかな・・・そんな事を考えながら後に続いた私達も、すぐに同じ光景を目にすることになった。
「すごい・・・」
それはこの前庭の中央に設置された巨大なクリスマスツリー・・・
も、充分すごいんだけど、そうじゃなくて・・・その遥か先・・・
左右対称の綺麗な庭園の先には、更にもう一つの門があって・・・その向こうに見えるのは・・・
『お屋敷』は二階堂家で見慣れてたはずだった。
ゲームで見た斎京家の屋敷も似たようなもので・・・正直この会場も同じようなものだと思ってたんだけど・・・
白亜の宮殿
そう形容するのが相応しい建物がそこにあった。
いつしか、二階堂家のお屋敷を指して『お城みたいだ』と思った事があるけど、うん・・・あれはお城ではなかったね。
所詮は『お屋敷』に過ぎなかったのだ・・・あの『宮殿』を見てしまうと、否応なしにそれを実感してしまう。
「・・・ヴェルサイユ宮殿?」
後ろで霧人くんがそう呟いたのもわかる。
あの宮殿から連想されるのはそれだ、他にも似たようなものはあるんだろうけれど、それが真っ先に浮かぶ。
手入れの行き届いたこの広い前庭といい、巨大な西洋建築による有無を言わせぬ威圧感といい・・・本当に西洋に来てしまったかのような錯覚すら覚えてしまう。
この宮殿。
朱谷離宮と呼ばれるこの建物は、明治の時代に皇室の宮殿として作られたという。
それこそフランスの宮殿に憧れた当時の日本人が『日本にもこういうのが欲しい』と思って作ったのだとか。
フランスのそれと大きく異なるのは、屋根についてる騎士甲冑の銅像が鎧武者になってるところ・・・あ、本当だ、細かい。
本来皇室のものであるこの宮殿を会場として借りるというのは簡単に出来る事ではない。
それこそ巨大な財力を持つ斎京家と、古くからの名家である二階堂家が組んだ事で実現出来たのだろう。
そんな白亜の宮殿が、冬の夕日を受けて赤く染まっていく。
前庭に集まったパーティの参加者達は、誰しも声を失ってその幻想的な光景に見入っていた・・・
陽の光が失われていく薄明の中、街灯に明かりが灯っていく。
まずは一斉に前庭の街灯が点灯し、門の向こうでは宮殿に向かって徐々に灯されていった。
そして、街灯の光が宮殿に届いた瞬間・・・
「おお・・・」
一斉に灯されたスポットライトが巨大な宮殿を照らし出し、歓声が上がった。
そして宮殿の扉が、同時に前庭の門がゆっくりと開いていき・・・
『メリークリスマス』
『ようこそおいでくださいました』
前庭のどこに仕掛けられているのかわからないけれど、スピーカーから聞き慣れた二人の声が響く。
このパーティの主催者である、流也さまと綾乃様だ。
『今宵この聖夜を彩るべく・・・』
『私達が精一杯の催しをご用意致しました』
そして今、宮殿の中から現れた煌びやかな2人は、まさしく王子と姫といった雰囲気を纏いゆっくりと前庭の方へ歩いてくる。
『見ての通り、この敷地の全てがパーティ会場となっております』
『さぁどうぞ皆様も、その門をくぐってこちらへ』
綾乃様のその声に導かれるように、参加者達が無言のまま門をくぐっていく。
もちろん私達もだ、2人による諸注意、説明すらこのパーティの演目の一つであるかのように皆、2人の声に聞き入っていた。
『ふ・・・説明ばかりではつまらないだろう、まずは乾杯といこう』
『飲み物をご用意しております、皆様、左右をご覧ください』
言われて左右どっちか迷いながら、とりあえず右の方を見てみる・・・右の子なので。
門の影になっていた部分に、テーブルが並べられており、その上には多数のシャンパン・・・かな?
うっすらと泡立つ透明な液体の入ったグラスが、たくさん並べられていた。
おそらく、反対側も同じような感じだろう・・・これらが意味する事は一つだ。
『皆様、グラスは一人一つでお願いします、替えは後程ご用意致しますので・・・』
「これお酒っすか?」「え、俺ら飲んで良いの?良いの?」
「馬鹿、ノンアルコールに決まってるだろ」
シャンパンを前にはしゃぐライトとレフトを霧人くんが嗜める。
さすがに霧人くんは手慣れた様子だ。
『グラスは行き渡りましたか?もしまだの方いらっしゃいましたらお近くのスタッフにお願いします』
「左子、まだ飲んじゃダメだからね」
「ん・・・大丈夫」
一応左子に念を押す・・・今回は乾杯の相手には困らないけど。
グラスは問題なく行き渡ったようで、最後にスタッフから流也さまと綾乃様に手渡された。
・・・あれ私が担当したかったなぁ。
『では皆様、これよりはじまる聖なる夜と・・・』
そう言って竜也さまがグラスを高々と掲げた。
『きっと忘れられない素敵な思い出に・・・』
それに綾乃様も続く。
『「「乾杯!」」』
こうして、今年のクリスマスパーティの幕が上がったのだった。




