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最終話「いつも私の右側に」


「これより宝冠の授与を行います・・・まずは二階堂綾乃グレースさん」

「はい・・・」


跪いた綾乃様の頭に、玲香さまの手で宝冠が乗せられる。

『Monumental Princess』の証として代々受け継がれた唯一無二の品、だったのだが・・・

今は2等分され、小振りなティアラとなっている・・・頭への装着も髪に刺すような形だ。


「そして三本木右子さん・・・待たせてごめんなさい、その身体では辛いでしょう」

「い、いえ・・・これくらいの姿勢は・・・なんとか」


さすがにこの瞬間はお披露目の式典でも一番重要な場面だ・・・車椅子に乗ったままというわけにはいかない。

それでも今の私に跪く姿勢はちょっと厳しかったので・・・少しだけ崩して正座のように床に両膝をつく体勢になっていた。

玲香さまの手が私の頭に伸びる・・・髪をすかれるような感触と共に、私の頭にも宝冠が乗せられた。


「皆様、今ここに新たな『Monumental Princess』が誕生しました、それも同時に2名の姫の誕生です・・・どうか精一杯の祝福を」


歓声と拍手が湧き上がる中、私は綾乃様に支えられながら立ち上がり、礼をする。

ちょっと不格好な姿勢だけど仕方がない・・・これでも今の私の精一杯だ。


続いて私達はランウェイへ・・・

イケメンにエスコートされながら中央のステージに進み、そこでダンスを・・・という段取だけど・・・

私は確かめるように両脚を見た・・・特に異常は感じられない、リハビリと同じようにすれば、同じようには歩けるはず。


でもそれだけじゃダメなんだ・・・わかってるよね、私の脚だもの・・・ここが頑張り所だよ。

意を決して私は、作法の通りに腰を落とすと綾乃様に手を伸ばした。


「綾乃様・・・私と踊ってくれませんか?」

「・・・!!」


綾乃様の目に驚きの色が見えたのも一瞬の事・・・

すぐに理解してくれた綾乃様は私の手を取り、もう一方の手を私の腰に回した。


「・・・音楽を!はやく!」


さすが先代様、素早い判断で指示を飛ばしている。

私達の動きを見てすぐに、何をしようとしているかを理解したようだ。

彼女の指示を受けたオーケストラが慌てて楽器の準備をする・・・しかし彼らもこの時の為に用意された一流のプロだった。

とっさの無茶振りにも応え、ダンスの為の演奏が始まった。


「無理はしないでね右子・・・」

「いいえ、無理をするなら今がその時・・・ですよ、綾乃様」


始めはゆっくりと・・・少しずつ早くなるテンポに合わせて足を運ぶ。

つい先程までまっすぐ立っているのも困難でいた私とは思えないような、華麗なステップに大勢の観客が息を飲んでいるのが見える。

まぁ・・・だいたい綾乃様のおかげなんだけど。


まるで私の脚が動かせる範囲を見切っているかのような絶妙な歩幅のステップ。

時折動きに回転を取り入れ、私を回したり、かと思えば綾乃様が大きく周りを一周する・・・それらは私を休ませるためだ

見た目にはわかりにくいけど、腰に回された手で綾乃様が私の体重を支えてくれているので、思ったよりも負担も少ない。


ステップを踏みながら私達はランウェイを進み・・・中央のステージに辿り着いた。

ほぼ360度、全方位から観客の視線が注がれる・・・でも今の私には関係なかった。


(もう・・・綾乃様しか見えない)


今この瞬間の・・・誰よりも輝いている綾乃様。

『Monumental Princess』のドレスを着て踊る、これまでのどの瞬間よりも美しい綾乃様のその姿を・・・

私は・・・誰よりも近くで・・・


綾乃様と視線が交わされる度に・・・その青い瞳に私が映るのが見える。

最高の瞬間、最高の綾乃様を私は今、独り占めにしている・・・

もっと綾乃様と踊っていたい・・・この瞬間が永遠に続いてほしい。


もっと・・・もっと・・・


しかし私の身体・・・脚はそこまで持ってはくれないようで・・・

少しずつ・・・足の反応が鈍くなっているのを感じていた。


もうすぐ、この足が止まってしまう・・・終わってしまう・・・

さすがに曲が終わるまでは無理だろうとは思っていたけど、せめてもう少し・・・もう少しだけ。

がんばって、私の両脚・・・あと少しで良いから・・・


焦る気持ちからか、脚に余計な力が入る。

軽く踏むだけのはずのステップを、私は大きく踏み込んで・・・


「・・・!!」


ぶつかる・・・!


力強い踏み込みはまるで格闘技のそれと同じ。

いったい私の脚のどこにそんな力が残っていたのか・・・自分でも信じられない。

私の身体は大きく勢いがついて・・・弾丸のように綾乃様へぶつかるコースを辿った。


それは一瞬の出来事・・・まるでスローモーションになったかのように私の時間がゆっくりと流れていく・・・

私の異変に綾乃様が気付いた・・・その目が驚きに見開かれる様子がコマ送りのように・・・

突っ込んでいく私に対して、とっさに後方へと足を運んだのも見えた・・・さすが綾乃様、すごい反射神経だ。


でも間に合わない・・・そのバックステップを上回る速度で、私と綾乃様の距離が詰まっていく。

私の視界に映る綾乃様がどんどん大きく・・・まるで吸い込まれるように綾乃様の顔が近付いて・・・



・・・



・・・ほんの一瞬。


ほんの一瞬だけ、私の唇に柔らかな感触が・・・それが何かに気付く間もなく・・・


ゴツン!


・・・強い衝撃が私のおでこを襲った。


「・・・!!」

「いったぁ・・・」


チカチカする視界の隅に、ぶつかった衝撃で綾乃様がよろけるのが見えた。

おそらくは、おでこ同士の正面衝突・・・とっさのバックステップで勢いが軽減されたとはいえ、かなりの衝撃だった。

もしこれが格闘ゲームの世界だったら、頭上でひよこがぴよぴよしてるに違いない。


「綾乃様、ごめんなさ・・・」


とっさに謝罪の言葉を発しようとしたところで、ついに私の両脚が限界を迎えた。

全ての力を出し切った両脚に、もう私の体重を支える事など出来ず・・・

私の身体はぶつかった反動で後方へと倒れ・・・


「大丈夫よ右子・・・少し・・・痛かったけれど」


倒れていく私の身体を下から支えるように、綾乃様が両腕で抱きかかえた。

こ、この体勢は・・・もしや・・・お姫様抱っこ?!


まるでその瞬間にタイミングを合せたように、演奏中の音楽がピタッと止まった。

実際タイミングを合わせたのだろう、なにせ一流のプロ達だ。

私を抱きかかえたまま綾乃様が礼をすると、割れんばかりの歓声がホールに響き渡った。




「まったく・・・随分と無茶な事をしてくれたわ」


歓声が巻き上がる客席の隅の方で・・・

会場スタッフでもある静香は、この後に待ち受ける事後処理を想像して頭を抱えていた。


「そんな事言ってる割には・・・静香先生、楽しそうです」

「そう見えるかしら?・・・私としてはもう少し平和に終わってほしかったのだけど」


静香の傍の座席には、彼女の親戚であり教え子でもある少女が座っていた。

あまり良い席とは言えないこの場所だが、表立って関係者席に座る事の出来ない彼女達『選定者』の為に用意された特別席だ。


「いやいや全然平和でしょ?私はもう少しトラブルと言うかハプニングがあるかと期待してたんだけど・・・」

「そんなもの期待しないでください!だいたい貴女はですね・・・」

「いや・・・」


予期せぬハプニングならあったのだが・・・そう言いかけて猛は言葉を飲み込んだ。

ほんの一瞬の出来事だ、おそらくは誰も気付いてはいないだろう・・・わざわざ野暮な事はするまい。


(しかし・・・この少女が東の・・・)


ここ数年間疎遠だった分家の少女・・・成長した彼女は猛の記憶にあった姿とはまるで別人のようだ。

まだ高校生のようだが、この食わせ者揃いの面々の中で、怯む事もなく・・・


「それで楓さん、貴女の見たかった景色は見れたのかしら?」

「はい・・・何と言うか、それ以上のものを見てしまった気分ですけど・・・」

「いや~、あの時はさすがの私も目から鱗がボロボロ、まさか『選定者』の100票でああいう使い方をするとはね・・・」



それは、投票の受付最終日___


無効票を含む、全校生徒の投票が終わったそのタイミングに、楓はやってきたのだ。

その時に集計されていた投票の結果は・・・


一年葵:228票

二階堂綾乃グレース:350票

三本木右子:254票


これに無効票が13票・・・生徒のほぼ全員が投票した形だ。

7年ぶりとなる一大イベントだけに、生徒達の注目度は相当なものだったのだろう。


結果は多くの予想通り、明確と言える差で綾乃の票数が飛び抜けていた。



「遅かったじゃない・・・てっきり権利を使わないのかと思ったわ」

「正直、迷いました・・・でも、せっかく玲香さまに頂いたので・・・『Monumental Princess』は私が決めます」


歴戦の威圧感を放つ玲香を前に臆することなく、楓ははっきりとそう言い切った。

獲得票数を確認した上で、彼女の100票が投入され・・・投票結果が覆る。


二階堂綾乃グレース:352票

三本木右子:352票


そこに何も難しい話はない。

あえて2人が同数になるように、楓は100票を分けて使ったのだ。


「候補者2名が同数だった場合・・・この前例はありませんよね?」

「ええ・・・そもそも候補者が3名もいる事自体が前例のない事だわ」

「ですので・・・もう1つ、前例のない事をしませんか?」


楓のその提案に、玲香は楓の真意を察した。


「そう・・・この2人を同時に『Monumental Princess』に・・・でも理事会が認めるかしら?」

「玲香様なら認めさせられる・・・違いますか?」

「!!・・・この私を・・・試すつもり?」


玲香の放つ気配に怒気が混ざる・・・例え楓であっても返答次第では許すつもりは・・・


「いえ、私は信じているだけです・・・あ、『覚えている』の方が正確かも知れません」

「・・・覚えている? いったい何を・・・」

「あの時の・・・私が出会った頃の玲香様なら・・・古い慣習なんて笑顔で打ち破ってくれる、違いますか?」


そう答えた楓の瞳の奥に・・・玲香はそれを見た気がした。

それは彼女自身が遠い記憶の彼方に置き忘れていた・・・1つの誓い。

不本意な形で終焉を迎えたそれは、今も不完全燃焼のまま、彼女の奥底に燻っていて・・・


「ふふ・・・ふふふ・・・そうね、そうだったわ」


玲香は不敵に微笑みを浮かべる。

古い慣習に囚われた愚かな者達・・・彼女の獲物として充分な存在。


「良いわ楓さん・・・貴女に見せつけてあげる」


あの時の六郷本家で・・・

楓の前で見せた表情と同じ物を浮かべ・・・六郷玲香は宣言する。


「この私が、六郷玲香が! 理事会の年寄り共になんて負けるわけがないって事を」




「正直な所・・・玲香様が理事会に喧嘩を売り出した時は、心臓が凍るかと思ったわ」

「私も・・・玲香様があそこまでやるとは思いませんでした」

「それが玲香サマの良い所でもあるんだけどねー、私も見たかったなー・・・玲香様の大論破祭」

「・・・変な名前付けないでください」

「はいはい・・・でも・・・」


ステージ上の綾乃と右子を眺めながら、満足そうな笑顔を見せる楓に朱里は視線を向ける。

彼女の将来・・・これから彼女がどんな物を見せてくれるのか・・・期待に胸が膨らむ、そんな気持ちを味わっていた。


「私もまた高校生やりたいなー、ねー静香センセー、姫ヶ藤学園に再入学とか出来ない?」

「・・・は?」


そんな朱里に対して、ゴミを見るような目を向ける静香。

学園で教師として過ごしてきた彼女だが、その役割も終わりが近い。

肩の荷が下りる安心感を覚えつつ・・・そのどこかで寂しさのようなものも感じていた。




「お疲れ様でした」

「お疲れ様でーす」


ホールでの式典が終わり、私は楽屋に戻って来ていた。

この後『Monumental Princess』のドレス姿で学園内を練り歩くパレードのようなものがあるんだけど・・・車椅子の私は免除されて綾乃様1人で行うようだ。


なので私は特にやる事もなく・・・紅茶研の方に帰ろうかな。

大半の人々はパレードの方に流れているので、あちらも今頃は誰もいないかも知れないけど。

そんな事を考えていると、楽屋に来客があった。


「あ、お疲れ様です・・・あれ・・・」


スタッフの1人が挨拶をした後・・・少しの間をおいて首を傾げた。

その後確認するように私を見て・・・今楽屋に入ってきた左子を・・・ああ、なるほど。


「姉さん・・・おつかれさま」

「ありがとう、わざわざ楽屋まで来てくれたんだ・・・紅茶研の方はどうだった?」

「片付けが終わって・・・休憩したり、チラシ配ったり・・・」


やっぱり・・・お客さんの方はもういなくなっているようだ。

みんな綾乃様が目当てだろうからなぁ・・・礼司さまファンもいるにはいるけど、今回は前に出てこないから・・・

まぁ、ずっとあんな修羅場でも困るし・・・休憩時間にはちょうどいいかも知れない。


「姉さん・・・綺麗だった・・・」

「そ、そうかな・・・」


今の自分の姿がどう見えるのか・・・実はまだ見れてないんだよね。

姿見があるにはあるけれど・・・なにせこのハイテク車椅子に乗っているので。

ドレスの綺麗さはわかるんだけど・・・着てる状態の自分がイメージ出来てないというか・・・あ、そうか。


「左子、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」

「・・・?」

「あ、誰か手の空いてるスタッフさんいませんか?」

「はい、いかが致しましたか?」


スタッフさんに頼んで、私のドレスを脱がせてもらう。

もちろんそれだけではなく、脱いだドレスを左子に・・・全く同じ体形の双子だ、サイズもぴったり合った。


おお・・・これはなかなか・・・

車椅子をくるくると動かして左子の周りを何度も回る。

や、さすが一流ブランドの作品だね・・・綾乃様も綺麗だったけど、今の左子も負けていない。

馬子にも衣裳とは言うけど、どこに出しても恥ずかしくない美しさだ・・・という事は、さっきまでの私も・・・なんか急に恥ずかしくなってきた。


「・・・姉さん?・・・具合が悪い?」

「だだ大丈夫大丈夫・・・うん、綺麗よ左子」

「・・・えへ」


私に褒められて左子がはにかんだ。

くぅ・・・我が妹ながら侮れない可愛さ・・・きっと今の左子なら、その辺の男子なぞイチコロだろう。

そうだ、せっかくだから・・・


「左子、まだ休憩時間はある?」

「ん・・・30分くらい」

「じゃあ今からちょっと付き合って・・・」


ドレス姿の左子に車椅子を押して貰って学園内を巡る。

パレードの代わりじゃないけど、せっかくのドレスだ・・・着ているのが左子というのもあって、ちょっと見せびらかしたい気分になっていた。


「姉さん・・・皆が見てる」

「そりゃ目立つからね・・・あ、たこ焼き売ってる」

「・・・じゅるり」


いつもの左子らしく、美味しそうなものに反応した。

たこ焼き、焼きそば、フランクフルト・・・定番の屋台を食べ歩いていると、前方に思わぬ人物が。


「あ・・・流也さま、ごきげんよう」

「右子?『Monumental Princess』のお前がこんな所で何を・・・!!」


流也さまの視線が私の後方に釘付けになった。

ふふふ・・・今の左子の美しさに驚いたか・・・だいたいドレスのおかげだけど。


「左子!?・・・お前・・・『Monumental Princess』のドレスを・・・」

「私が貰ったドレスなので・・・誰に着せようと自由ですよね?」


さすがに『Monumental Princess』の証であるティアラは付けてないけど・・・先代様にも念押しされているので。

ドレスはもう私の所有物だからね、いくら流也さまでもこれに文句は・・・


「姉さん・・・焼き鳥・・・」


ツンツン…

後ろから左子が私をつついてきた。

焼き鳥の屋台を見つけたらしく、はやく食べたいという意志表示らしい。


「ああ、あの屋台ね・・・じゃあ流也さま、私達はこれで・・・うぇえ?!」


目の前の流也さまに話しかけたつもりが・・・既に流也さまはそこにはなく。


「この焼き鳥を全て買い取る、いくらだ?」

「へ・・・りゅ、流也さま?!」


流也さまは驚くべき速さで焼き鳥を買い占めていた。

そしてあろう事か、買い占めた焼き鳥の串を花束のように纏めると・・・鳥束?

それを左子に差し出した。


「左子、受け取ってくれ」

「ん・・・ありがとう・・・もぐもぐ」

「ふ・・・気にするな」


えええええええ・・・流也さま、まさか左子に?!

いやいやいや、いくら今の左子が綺麗だからって・・・そんなギャグみたいなアプローチを真顔で・・・

なんか、とんでもないものを見てしまった気分だ。


そろそろ左子の休憩時間も終わるので、流也さまに別れを告げて私達は紅茶研のスペースに戻った。


「あれ、右子先輩?いつの間に歩けるように・・・」

「いや左子先輩だろ・・・なんでこんな事を・・・」


ドレス姿の左子を先行させると、一年生組が出迎えてきた。

葵ちゃんは今チラシ配りに行っているらしい、楓さんと恵理子さんは休憩中かな?

案の定、客席からはお客さんがいなくなっていて・・・不機嫌そうな比瑪乃がジト目で私を睨みつけながら近付いてきた。


「ちょっと右子さま・・・そのドレスを何だと思ってるのよ!」

「や、皆が驚くと思って・・・どうせ私はこんなだし・・・わ、悪くないでしょ?」

「まったく・・・少しは『Monumental Princess』に選ばれた自覚を持ってほしいんだけど・・・」

「う・・・」


相変わらず比瑪乃の当たりが強い・・・でも何かが違うような違和感が。

続いて礼司さまもキッチンの方から顔を出してきた。


「右子さん、おめでとう・・・式典の方はもう良いのかい?」

「今綾乃様がお1人でやってます・・・私はこの身体なので、色々と配慮して貰えたみたいで・・・」

「そうか、こっちでも無理はしないようにね」

「ありがとうございます・・・でも・・・」


誰もいない客席を見回す・・・さすがに今日はもう店仕舞いで良さそうな雰囲気だが。

姫祭は明日もあるので、部室で準備作業をする流れかな。


「じゃあそろそろ閉店の札を出しますか?」

「は?・・・何言ってるのよ?」

「え・・・だって・・・もうお客さんが・・・?!」


そう言って振り返ると、スペースの入り口の方に人だかりが・・・そんな、さっきまでは誰も・・・


「え・・・いつのまに・・・」

「・・・呆れた、連れてきたのは右子さまじゃない」

「へ・・・私が?」


問い返した私にその場の全員が頷いた。

ええええええ・・・なんか30人くらいいる・・・この人数が、私と左子の後を追いかけてきたってこと?


「あ、受付はこちらです」

「二列で、二列でお願いしまっす」


霧人くん達が素早く列の整理に動き出した。

そこに行列が出来るのを見てか、更なる人数が集まってくる。

な、なんで?・・・綾乃様のパレードに方に人が集まっているんじゃ・・・


「ほら、しゃきっとしなさいよ!右子さまが主役なんだから・・・」

「え・・・なんで・・・私?・・・」

「だーかーらー!」


まだ状況が飲み込めていない私に比瑪乃が声を荒げる。

ここにきて違和感の正体が分かった、比瑪乃はさっきから私を名前で呼んでいる。

今までは庶民とか愚民とか、散々な呼び方をされてきたけど・・・いったいどんな心境の変化が・・・


「この姫ヶ藤学園を代表する『Monumental Princess』の右子さま!皆貴女を目当てに集まって来てるのよ!」

「・・・!!」


そんな馬鹿な・・・行列の方を見ると、確かに皆の視線は私の方に集まっている。

まじか・・・や、本当にまじかこれ・・・

比瑪乃の言った通り、私は『Monumental Princess』に選ばれた自覚が足りなかったようだ。


「・・・という事で、接客は2人に任せたわよ」

「えええええ・・・まさか左子にも?絶対向いてないと思うんだけど」

「そのドレス姿で裏方はないでしょ!がんばりなさい!」

「ふぇぇ・・・」


どこまでもマイペースな左子の接客は遅々として進まず。

その分だけ私が動き回る羽目になった・・・車椅子のおかげでそこまで体力を使わないのが救いだけど。


お客さんの中には見知った顔も混ざっていた。


「まぁ、右子さまに接客して貰えるのですね」

「成美さんごめんね、お話しとかしたいけど、さすがに忙しくて・・・」

「いえいえ、でもこれだけは・・・『Monumental Princess』就任おめでとうございます」

「あ、ありがとう」


成美さんとはそれっきりで碌に言葉も交わせない・・・本当に忙しいのだ。

やがて戻ってきた葵ちゃん達が参戦して、ようやくオーダーが回り出した。

しかし混雑はその後も続き・・・姫祭の終了時間になって、ようやく私達は解放されたのだった。



「ええと、それでは皆今日はお疲れ様でした、明日もよろしくお願いします・・・乾杯」

「「かんぱーい!」」


そのまま解散とはならず・・・最寄り駅前のお店で紅茶研の打ち上げ会が開かれた。

行きつけなのか、霧人くん達は手慣れた感じでドリンクバーに駆けていく。


「比瑪乃がサラダを取り分けますね・・・はい、お姉さま・・・こっちは右子さま、どうぞ」

「ありがとう、比瑪乃さん」

「あ、ありがとう・・・」

「どういたしまして」


・・・私の目の前でツインテが揺れる。

いつもなら私と綾乃様の間の席に割り込んで来る比瑪乃が、今は私の正面の席に座っていた。

取り分けられたサラダも別におかしな所はなく・・・綾乃様のと比べても遜色ない盛り付けだ。

うわ・・・なんだか気持ち悪い。


「欲しい飲み物があったら言ってくださいね、私が取ってきますので」

「や、飲み物くらい自分で・・・」

「「ダメよ」です」


私の提案は即座に2方向から却下された、綾乃様と比瑪乃に。

距離的にドリンクバーまでは歩けると思うんだけど・・・いやそれにしても・・・


「比瑪乃さん?なんか急に優しくなった気がするんだけど・・・」

「そうですか?比瑪乃はいつも通りの比瑪乃だと思いますけど?ねぇお姉さま」


いやいや・・・態度が違い過ぎるんですけど・・・綾乃様に対しては、いつも通りだけど。


「右子先輩に取り入ろうとしてるんですよ、次の『Monumental Princess』の選定絡みで」

「ちょっと、なんでバラすの!」


ああ・・・次の『Monumental Princess』の座を狙って・・・

じゃあ綾乃様に取り入っているのと同じ理由で、今度は私にも・・・という事か。


「って事は・・・そのうち私も『お姉さま』とか呼ばれちゃうのかな?」

「・・・!!」


ガタッ…

なんか左の方から物音が聞こえたような・・・他のお客さんかな、夕食時とあってお店は賑わっていた。

それより比瑪乃は・・・どうやら図星だったようで、顔を赤くしながら私を睨みつけていた。


「そ、そう呼んで欲しいなら・・・呼んであげても良いけど・・・右子おねえs・・・むぐ」

「ダメ・・・姉さんは・・・私の姉さん」

「そ、そうよね・・・右子には本当の妹がいるもの、紛らわしいのはいけないわ・・・ね?」

「むぐ・・・ぐ・・・」


そう言いながら、左子が恐ろしい速度で比瑪乃の口に激辛チョリソーを突っ込んでいた。

同意を求める綾乃様に、比瑪乃は頷く事しか出来ない。

そして、スパイシーな激辛チョリソーの味が比瑪乃の口の中に広がって来て・・・


「!!!」


口を押えながら比瑪乃がお手洗いに駆けだして行った・・・かわいそうに。

・・・これからは私も比瑪乃に少し優しくしてあげよう・・・少しだけ。


その後も打ち上げ会は盛り上がりを見せた。

さすがに霧人くん達のパーティグッズはお店の人に怒られてしまったけど。


ただ、私はさすがに病院の都合があるので・・・先に抜けるしかない。


「あの、そろそろ病院に戻らないと・・・」

「そうだったね・・・じゃあこの辺で・・・」

「や、皆はこのまま続けててください、せっかくの打ち上げだし・・・」


そう言いながら私は車椅子に乗り込む。

千場須さんの事だ、気を回して駐車場に車をよこしてくれているだろう。


「じゃあお先に・・・お疲れ様」


皆に挨拶して、車椅子を動かそうとタブレットに手を伸ばす・・・私が入力する前に車椅子が動いた。


「私も付き添うわ」

「綾乃様?!」

「右子は怪我人だもの・・・付いていないと心配よ」

「や、確かにそれはそうですけど・・・なにも綾乃様じゃなくても・・・」


綾乃様にとっても皆で集まる貴重な会のはず・・・

私は助けを求めるように左子を見る・・・そうだ、こういう時は左子が・・・


「店長お勧めソーセージセット・・・3つ追加で・・・」

「ひ、左子?!」


左子は素知らぬ顔で追加注文していた。

どうやらこのお店のソーセージが気に入ったらしい。


「そうですわね!綾乃さまが付いていれば安心です!」

「綾乃さま、お疲れ様でした」

「お疲れ様っす!」


そして私達は皆に笑顔で送り出され・・・病院まではあっという間だった。

私の予想した通り、お店の駐車場には千場須さんが車で待っていて、綾乃様が手慣れた手つきで車椅子を収納。

病院のある山の方向は通行量も少なく・・・なんとか病院の門限前に辿り着くことが出来たのだった。



綾乃様に手伝ってもらって服を着替え、病室のベッドに横たわる。

このベッドにもだいぶ慣れてきた、今ではちょっとした安心感がある。


「右子・・・今日はお疲れ様」

「綾乃様もお疲れ様です・・・なんかもう・・・色々ありましたね」


姫祭というのもあるけれど、今日は本当に色々あって・・・全身に疲労を感じる。

最大の出来事は『Monumental Princess』だろう。

綾乃様はともかく私まで選ばれるなんて・・・


「そう言えばまだ言ってなかったですね・・・綾乃様、『Monumental Princess』おめでとうございます」

「右子もね・・・おめでとうございます」

「なんだか夢みたいで・・・まだ信じられないくらいです・・・私あそこで踊ったんですよね、綾乃様と一緒に・・・」

「そうよ、その脚でよく頑張ったわ」

「・・・えへへ」


綾乃様の手が私の頭を優しく撫でる・・・それがとても心地良くて・・・子供みたいな声を出してしまった。

疲れているのもあって、なんだか眠くなってきた・・・ぼうっとしてきた思考のまま私は・・・


「綾乃様・・・私、学園を卒業したら・・・二階堂家のメイドになりたいです」

「え・・・」

「メイド長になるのも良いけど・・・出来れば綾乃様の専属で・・・雇ってくれますか?」


綾乃様の専属メイドとして、ずっとお傍に・・・それが今の私の夢だ。

よりによって、それを本人に伝えるなんて・・・今日は色々あり過ぎてどうにかなってしまったのかも知れない。


「・・・」


綾乃様は何も答えない・・・それはそうだろう。

突然こんな事を言われても困るだろう・・・そもそも二階堂家のメイドの雇用形態がどうなっているのかも知らないや・・・

段々と私の意識が薄らいでいく・・・今日は良い気持ちで眠れそうだ・・・


ガサゴソ…

不意に布団がめくられて・・・冷たい空気が入ってきた。

私の手は反射的に布団を掴もうと彷徨い・・・引き寄せた。

暖かい布団の温もりに、その身を預けて・・・あれ・・・この感触は・・・それにこの匂いは・・・


「?!」


一瞬で私の眠気が吹き飛んでしまった。

この良い匂いも、柔らかな感触も・・・覚えがある・・・私はしっかり覚えている。

それらは間違えようもなく・・・


「ああああやのさま?!どっどどうして・・・」

「私も眠くなっちゃった」

「や、そこは屋敷に戻ってですね・・・」

「やだ、疲れたもの」


私の腕の中で、綾乃様は子供のように甘えた声を出した。

金色の髪が流れ、私の頬をくすぐっていく・・・


「そんな我儘言わないでください」

「右子は知ってるでしょう?私は我儘なの、我儘で身勝手なお嬢様」

「そ、それはゲームの方の・・・」


私の腕に絡めるようにして、私の背中へ綾乃様が腕を回してくる。

そのままぎゅう・・・と力いっぱい締め付けられたが、順調に回復してきた私の身体はもう痛まなかった。

気付けば私の顔と同じ高さに綾乃様の顔があり・・・綾乃様は私の耳元に口付けるようにして囁いた。


「右子・・・貴女を雇うわ、私の専属で・・・」

「・・・綾乃様」

「絶対に解雇しないし、退職もさせないんだから・・・」

「本当に・・・我儘なお嬢様ですね・・・」

「嫌・・・かしら?」

「嫌じゃないです」

「ふふ・・・そうよね」


こんなやり取りも2回目だ・・・きっとこの先、何度も交わすのだろう。

私もぎゅっと力を込めた・・・愛おしい・・・綾乃様が堪らなく愛おしい。


「右子、ずっと傍にいてね・・・いつも私の右側に」

「はい、私は・・・いつも貴女のみg・・・!?!」


いつも貴女の右側に・・・そう言おうとした私の唇が塞がれた。

心地良い柔らかな感触と、暖かい体温が伝わってくる・・・でも・・・これは・・・

それはいけない・・・わずかに感じる未練を振り切って、私は綾乃様の顔を引き離した。


「あ、綾乃様・・・なんてことを・・・大事なファーストk・・・」

「ファーストキス・・・ではないはずよ、これは2回目よね?」

「!!」


やっぱりダンスの時のアレは・・・綾乃様の唇の・・・

抑えようのない背徳感が私を苛む・・・しかし同時に強い喜びも感じていて・・・


「大好きよ、右子・・・」

「私もです、綾乃様・・・」


互いの腕に力が入りきつく抱きしめ合う・・・他の何よりも近く・・・綾乃様の全てがこんなにも近く感じられて・・・


そして私達は3回目の・・・幸せなキスをしたのだった。





「右子、昨夜はよく眠れたかしら?」

「綾乃様こそ、ちゃんと眠れました?」


昨日と同じ病室で、昨日と同じ言葉を交わす。

私と綾乃様は顔を見合わせ・・・どちらからとなく笑い合った。


この唇にはまだ綾乃様の感触が残っているかのよう。

綾乃様の顔を見るとちょっと気恥ずかしい。

でも、直視出来ない程ではない・・・それは綾乃様も同じだろう。


今日は姫祭の開会の前に『Monumental Princessからの御挨拶』というのがある。

大勢の生徒を前にしての演説・・・私も綾乃様も苦手なやつだ。

いったい何を喋れば良いのか・・・今からもう気が重い、でも・・・


「綾乃様、そろそろ出発しませんと・・・」

「ええ、行きましょう」


私の乗った車椅子を綾乃様が押して進む。

この両脚が治って、自由に歩ける日が来るのもそう遠くはない。

でもそうなっても私は変わらずに、綾乃様の傍を歩き続ける事だろう。


病院の外では、赤く色付いた紅葉の葉が風に乗って舞い踊っていた。

・・・それはまるで私達を祝福するように。


この先、何があったとしても私は綾乃様を支えて・・・2人で力を合わせて乗り越えていくだろう。

私は・・・私達はそう決めたのだから。




いつも貴女の右側に


~悪役令嬢の右腕 右子さん奮闘記~


__________________________Fin


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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結お疲れ様です! みんながみんな、いい感じにまとまって良かったです! 物語も読みやすく、集中できる素晴らしいものでした! 終わるのが勿体ないぐらいでした…
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