私が守ってあげるからね
執務室の扉の前で、何度か深呼吸して気を落ち着ける。
アイリス様にお会いして、以前より気分が落ち着いているのが自分でも分かった。
扉をノックして中からの返事を待つと、ほどなくしてクヴィスリングから入室の許可が返ってきた。
「失礼します。何かご用ですか、おじ様?」
「あぁ、お前の嫁ぐ日が決まった」
嫌々ながらも、なんとか顔に出さずに声をかければ、クヴィスリングはニタリと相変わらずこちらの様子を伺うような笑みを浮かべる。
それでも、家族以外に自分を気に掛けてくれる人がいたことは、少なからずリディアの気持ちを強くしていた。
だから、いつもなら言わずにやり過ごすことも、自分の気持ちのままに言ってしまった。
「おじ様?それは越権行為ではありませんか?私の父親は貴方ではありません。…そして、今の男爵領当主も貴方ではない。これ以上の好き勝手は許されません!!」
「…なんだと?お前に何がわかる。……この男爵領の当主の座は、本来俺のものだった!兄貴なんて、ただ俺より早く生まれただけの能無しだ!それなのに、奴はいつも兄貴だからと俺に色々言いやがる。この男爵領は俺のものだ!!!!」
ガラリと変わったクヴィスリングの雰囲気に、リディアは「しまった」と思った。
今までのクヴィスリングの行動から、なんとなくではあるが当主に成り代わりたいのだろうと思っていた。
それでも、ここまでの執着心があったことまでは読めていなかった。
(まるで、おもちゃが手に入らなくて駄々をこねる子どもね。弟たちですら、そんな時間はとっくに過ぎたというのに)
血走った目を見開き、執務机の上に置かれた書類を両手で薙ぎ払うクヴィスリングの姿に、どこか冷静な頭で考える。
けれど、リディアの余裕もそこまでだった。
「よし決めたぞ!お前が嫁ぐ日に、フィエルテとフェリシテを奴隷商にでも売り払ってやる!俺は色々な国を回っているから、そういう奴らとも知り合いなんだ。いいか?お前のせいだ。
お前が俺に歯向かうから、まだ幼い2人が売られるんだぞ」
クヴィスリングの言葉に、リディアは鋭い氷で心臓を貫かれたように感じた。
目の前が真っ白になり、フラフラとした足取りで扉へと向かう。
狂ったように笑っているクヴィスリングを背に、自分の愚かさを悔いるように噛み締めた下唇からは止めどなく血が流れていたが、リディアには気にしている余裕などなかった。
「いいか!お前の婚姻は1週間後だ!俺は優しいから、お別れを惜しむ時間をくれてやるよ」
扉に手を伸ばした瞬間、勝ち誇ったようなクヴィスリングの声が聞こえた。
リディアは無言で部屋を出ると、急いで母親の寝室へ向かう。そこに、弟たちもいるはずだった。
フィエルテは、リディアに初めてできた弟だ。
可愛らしくて、歩けるようになってからは、いつもヨチヨチとリディアの後をついて回っていた。
お父さまに似て、澄んだ青空みたいな瞳をしている。髪は、お母さんに似て柔らかな栗色だった。
フェリシテは、リディアと同じ熟れた苺の瞳に、お父さまから淡藤色の髪を受け継いだ。
赤ちゃんの頃から愛想のいい子で、少し大きくなってからは、屋敷内だけでなく領民にも笑顔を振りまいてお菓子を貰って帰ってきた。
その度にお母さんは困ったような顔をしていたが、「領民に愛されるいい子だ」とお父さまはよく嬉しそうに頭を撫でていた。
まだフィエルテは6歳、フェリシテは5歳になったばかりで、今のこの状況だって幼い2人には怖くて仕方がないだろうに、健気にお母さんや私の事を心配してくれている。
「絶対に許さない。私が守ってあげるからね」
すみません、体調崩しておやすみ頂いてました。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。




