第13話:無名に勝る悪名
ラムはミントの横顔をじろりと見上げた。
「あのリリとかいう娘を泣かせながら、『謝罪』と真顔で言う。やっぱり、ミントは性格が……」
「何かしら」
ミントが歩を止めず、淡々と問い返す。
ラムは呆れたように肩をすくめ、しかしどこか愉快そうに口角を上げた。
「……最高に、いい性格」
「よく褒められるのよ?」
シン新宿、10平米のポッド。ミントが忙しなく手を動かしていた。
「しかし……引越しが遠のいたわね。早く『新宿ドラゴン』の高画質版を編集して、この投資分を回収しないと」
ヘレンの勝利に全額ベットして得た配当金は「袖の下」として添え、当局へ旧新宿廃棄区画の使用許可を申請して使ってしまった。
その矢先、リリが「#新宿ドラゴン事件#ミントPヤバい」と訴える告発動画をデプロイした。
『緊急で動画を回しています! 皆さん、見てください……これが『#新宿ドラゴン事件』の真実なんです!』
彼女の背後では、ドラゴンがビルを一瞬でブレスで炎上させる。尻尾でビルを破壊する光景が繰り広げられていた。
しかし、カメラのレンズが捉えた真の恐怖は、その破壊の傍らに立つ一人の女だった。
ミラーグラスに周囲の地獄を反射させ、表情一つ変えないプロデューサー、ミントPである。
『正直に言うと、業界の誰もが彼女――ミントPを過小評価していた。私もそうだった。
最初はただの、運良く『ガチ勢』を捕まえただけの無愛想なマネージャーだと思っていたの』
画面の中ではリリが『彼女は、感情という名のノイズを完全にデバッグしてしまった怪物よ!』と、ミントの非人間性を必死に訴えている。
ミントはリリの絶叫が響くライブ映像をBGMに、ソファでポテトチップスを頬張るラムの口元を拭ってやった。
「感情をデバッグ、ね。もし本当にそうなら。そもそも居候なんて面倒なもの、引き取ったりしないわよ」
リリの映像が続いている。
『崩落の轟音、地面が揺れてる。それなのに、彼女(ミントP)はどうしていたと思う?
彼女が見ていたのは私の安否じゃない。リアルタイムで爆増していくアクティブ・ユーザーのグラフ、ただそれだけだったわ。
交渉のやり方も残酷を通り越して、ある種の崇高さを感じたほどよ。
『この圧倒的なトラフィックを謝罪の印にして、手打ちにしませんか?』
――死を覚悟した瞬間に、ビジネスのトレードオフを突きつけてくるの。性格が悪いなんてレベルじゃない』
リリという巨大なトラフィックの源泉が、ミントへのヘイトを加速させる。
「いい性格って、よく褒められるけどね」
マッドマンセオリーの副産物。
ミラーグラスの裏側で数値の奔流を眺めるミントの唇は、不敵に吊り上がっていた。
「ヘイトが集まったこの流れ、利用させてもらう。無名に勝る悪名ってやつね」
リリの恐怖と罵倒によって形成された「#ミントPヤバい」というタグは、今やシン新宿で最も熱い注目を帯びている。
この負の熱量を初期ブースト(燃料)にして、ミントは温存していた「最後の切り札」を解き放つ準備を整える。
ミントが狙うのは、リリが発信した「恐怖」という一次情報を、「未知のカリスマ」への期待へと反転させる。
世界中に一斉に配信されたミントPの新作動画、それはラムのデビュー動画。
シン新宿の薄暗いデカ盛り店の動画。
カメラが回る。丼を前に、ラムはあえて背筋をピンと伸ばす。
彼女は静かに目を閉じ、小さな掌を胸の前でパンッと叩く。
「……いただきます」
喧騒の店内の中でその所作があまりに美しく、神聖ですらあった。
視聴者に忘れていた、食への「畏敬」を思い出させる。
ラムは割り箸を割ると、愛らしい笑みをカメラに向けた。
幸せそうに食べ始め、しばらく後。
大人の顔より大きな丼を三つ並べ、涼しい顔で「完食」と書かれた札を掲げるラムの姿があった。
「……おかわり、ある? まだ、ちょっとだけお腹空いてるの」
カメラをじっと見つめ、少しだけ小首を傾げて微笑む。
今、配信画面の向こう側に届けられているのは、守ってあげたくなるような幼さと、それを裏切るような「胃袋」、食への「敬意」を併せ持つ、新時代のモンスター・タレントの姿だ。
(大食い天使かよ……)(胃袋ブラックホール)(次のおかわり、俺の奢りだ!)(蠢懈抄縺励※繧?)
画面上に流れるコメントとドネーションのログが、ミントの家計ログを急速に「リビルド」していく。
ミントは一人のインフルエンサーの悲鳴を、コストゼロ広告費に変えた。
しかし、画面の向こう側の誰も知らない。
この大食い天使は、廃車を踏み潰し、ビルを焼き尽くした「破壊の神」であることを。




