第36話 『熱々の幸せを、今すぐお届け!』
ボス部屋から救出された二人の記憶から、『リリィ・アッシュウィーザが覚醒したこと』だけが、すっぱりと消え去っていた。
☆
魔人ウェルジオンとの戦いから、一週間が経過した。
世間は、おおむね、元通りだった。
あの時期、ダンジョン配信ばかりになったVTuberを怪しむ者もいたし、真相に近いところまで嗅ぎつけた者もいた。個人Vから情報が漏れたりもした。
だが、確たる証拠はなかった。映像も音声も、何者かによってすべて消されていた。
『あの時期さー、みーんなダンジョン潜ってたよなー』
『緊急レイドだったからだろ?』
『だからって、コラボも企業案件も全部吹っ飛ばしてまでダンジョン潜るか?』
『稼ぎ時だし、政府の指示があったんでしょ』
『魔人とか“竜”とかって何だったんだ?』
『なんで“”つけてんの?』
『知らん』
『情弱がまた騙されてる。あれはメタル魔王が100体出たからだよ』
『政府はメタル大魔神の存在を認めろ!!!!!!』
“竜”と魔人の存在は、噂だけになった。
☆
政府ダンジョン庁。
表向きは『大規模魔物暴走』とされている例の事件は、迅速な対応で処理したという功績により、お偉いさんの首は繋がった。
公安から「よくやってくれてましたよ~」という、本来ならあり得ない助け船が出されたのだ。
「誰かは知らんが、助かったな……」
「室長。上からです。『チューバーイーツ最強おじさん』関連のデータを全て提出したのち削除せよ、と」
「公安の手回しか……」
「やれやれですね」
その後、「今後もがんばってくださいね~」と謎のメッセージが届いたりもした。
☆
内海は相変わらず凛音の部屋でマネージャー業務をやっている。
ちなみに凛音は引っ越した。タワマンの上の方に住んでいる。もちろん内海の紹介で、もちろん公安の息がかかっている。
「広くて最高だねぇ~。屋上代わりのお庭もあるし」
「内海さん、スタボのコーヒー届きましたよ。あと――」
田中もマネージャーの補佐として入り込んでいた。内海を一切見ないでコーヒーを渡しながら、言う。
「ブラを仕舞ってください」
「やだエッチ!」
「これ全部『外』に聞こえてますからね」
「知ってるよもう~ノリが悪いなもう~」
相変わらずブラウスぱつぱつ限界女である。
「で、おじさんは変わらずですか」
「そうだよ~。またプロポーズ断られた~」
「アホでしょアンタ」
「ま、気長にやってくよ~。人生は長いからね~」
おじさんの肌つやが明らかに良くなったのは、凛音の影響であるとは、言わない。
☆
伊法は戻ってきたおじさんから短刀を受け取り、さらに研究を進めている。
研究チームは新しい家族みたいだ。
暴走しがちなメンバーをコントロールするのは、荒波の中で船を進ませるように思えた。
でも、楽しい。
おじさんとの文通は続いている。
彼の文面が明らかに以前と変わっていることに驚いたりした。
ポジティブになった気がする。
「……困るなぁ」
もっと好きになっちゃうじゃん、とは、手紙に書かずに、心の中にしまっておいた。
☆
凛音はいまや登録者数100万人のトップライバーとなってダンジョン攻略を続けている。
前世リリィの時の記憶はぼんやりしてほとんど残っていない。
おじさんとの仲は進展していないが、以前よりも距離は近くなったと思う。
「師匠」
「はい」
「私たち、あのとき、キスしませんでしたっけ?」
「……記憶にございません」
「男の人がそれを言うのって卑怯では?」
「本当に覚えてないんですよ……」
「あはははは冗談です」
「勘弁して……」
マジで困った顔してるのが可愛くて、ついついからかってしまう。
なんかこう……年下みたいな気がしないでもない。
「男はみんな17歳で精神年齢が止まってますからね」
「じゃあ私の方が年上だ」
するとおじさんは、
「そうかもしれないね」
と優しく微笑んだ。
たぶん奥さんのことを思い出してるんだろうなーと、凛音は少しだけ切なくなるのだった。
☆
「こんりんね! 皆に元気と拳を届ける魔道士ライバー、紅威凛音です! 今日も張り切ってダンジョン攻略してくよ~!!」
元気いっぱいに拳を突き上げた。
「りんね~?」
『てんさ~い!』
『てんさ~い!』
『てんさ~い!』
『てんさ~い!』
『てんさ~い!』
『てんさ~い!』
とんでもない数のコメントが滝のように流れていく。
「みんな、ありがとー!」
リリィ・アッシュウィーザが覚醒した記憶は封印された。
レベルは50まで落ちていたし、魔術もぜんぜん使えなくなっていた。
だが、記憶は隠されても、影響は残る。
ダンジョンの最奥を目指すという目的は変わらない。
夢を見た。『最奥まで行けば、もう一度あのひとに会える』と。
しかし、もうそれは関係ない。
会いたい人にはもう、出会えたから。
――私は、あの時より強くなるために、ダンジョンの最奥を目指す。
今はただ、自分のために。
あの時の――よく覚えていない自分。
リリィ・アッシュウィーザに負けないくらいに。
前世を乗り越える戦いに、挑んでいる。
☆
『てんさ~い!』
と、自分のアカウントで弟子にコメントを打つと、おじさんはチューバーイーツアプリを立ち上げた。
リリィ覚醒の記憶は封印されたが、影響は残る。
おじさんは、これまであった『やけっぱちの死に急ぎ』みたいな行動が減った。
ダンジョン最奥を目指す弟子のために、より一層、コーチングに励む。
おじさんの魔素中毒もなぜかすっかり治って、今まで通り3分程度ならダンジョンへ潜れるようになった。以前よりも負担が軽くなっている。
アドは何か知っている素振りだが、おじさんは聞かなかった。本人(飛竜)が喋りたくなったら喋ればいいと思っている。
――ぴろりん♪
アプリに案件が入った。ちょっと遠いが問題ない。受注する。
「よし! 今日も頑張ろう!」
気合を入れてスクーターを走らせると、アドが嬉しそうにメーターを点滅させた。
『へへっ! 旦那ァ、最近、元気がいいですねェ』
「ああ、なんだか心が軽くなった気がするんだよ」
『そいつぁ何よりだ!』
「VTuberさんのおかげかなぁ。配信を見てると心が安らぐよねぇ」
『一概に違うと言えねェところが厄介だな。あの子がVだったから奥さんに会えたわけだし……』
「え、なんか言ったかい? 風の音で聞こえなかったけど?」
『スパチャはほどほどにって言ったんですよ!』
「ははは、わかってるって」
どや顔で、
「最近はグッズを買うようにしたからね」
『それじゃ意味ねぇでしょうが!』
おじさんは今日もスクーターを走らせる。
次の配達へ向かうために。
お腹が空いている誰かを助けるために。
『熱々の幸せを、今すぐお届け!』
それがチューバーイーツの、そしておじさんの理念だから。
了
これにて終幕です。
ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。




