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Ⅵー7 エピローグ――美しい白ネコ

■金獅子とクロ、恋に狂う

「いったい親分はどうしちまったんですかい?」

 子分たちが額をつきあわせて小声でささやく。庭でいちばん大きな木に登った金獅子はため息をつきながら、遠い山を見ている。

「さあて、オレにもさっぱりわからん」

 金獅子組の番頭格のキジトラネコが首をひねった。

「もうすぐお銀組との決闘があるってのに、大丈夫かい?」

 長老格の三毛のメスネコが心配そうに金獅子を見上げた。

「いつからああなんだい?」

「このまえ、下町のクロが忍び込んだときがあったろ? あのとき以来さ」

「まさか、クロに負けちまったのかい?」

「いやいや、クロのヤツは見事追っ払ってやった。ほうほうのていで逃げ出したさ」

「なら、なんで……?」

 だれもが首をひねるばかり。金獅子はまたため息をついて山並みを見た。


「父ちゃん!」

 ミミと名付けた白い子ネコの呼びかけにも答えない。クロは、この前から夜更けにどこかへ出かけては、明け方に戻ってくる。日中は、今日のように、いつも高台に上り、ぼんやりと東の方を眺めている。ミミはもう一度呼んだ。

「父ちゃんてばあ!」

「あ……ああ」

 クロがミミの方を振り向いた。げっそりと頬がこけている。もともとやせていたが、いまは尋常でない。ミミはクロのまえにアジの骨を差し出した。骨のくせに尾頭付だ。

「アンおばちゃんがくれたんだ。食べなきゃダメだって言ってたよ」

「ああ……そうだな」

 クロは、アジの頭を少しかじり、また、ため息をついて、遠く東のほうに目を向ける。


――ぜったいヘン! 

 父ちゃんは、アジが大好物で、いつもなら、のこさずきれいに食べる。なのに、ため息ばかり。


 クロの背丈の五分の一ほどしかない小さな体では、とてもクロの視線をふさぐことはできない。それでも一生懸命背伸びをして、クロの前に立ちはだかった。

「家に帰ろうよ。みんな待ってるよ」

 クロは、力なく笑って言った。

「そうだな……こうして待っていても現れるはずはないしな」

「だれが?」

 ミミがちょこんと首をかしげた。クロは思わず笑顔になった。あの白いネコも、子ども時代はこれと同じくらい愛らしかったに違いない。クロはミミの背中を舐めた。ミミがくすぐったそうに一瞬身をよじったが、そのまま気持ちよさそうにクロに体を摺り寄せた。


■丘のネコ道

 木漏れ日が二匹の背にゆらゆらとまだら模様の影をおとす。人間のために整備された石畳の回遊路を避け、ふわふわした下草が細く踏みしだかれたネコ道を下る。


 途中で、キキがいた。公園のなかのひときわ高い樫の木の下にある切り株がお気に入りらしく、昼過ぎの一、二時間をキキはよくそこで寝そべっている。

 まわりの木々が強い風をしのぎ、幾重にも重なる木の葉がギラギラした日差しを遮る。木と草の臭いをたっぷり含んだ涼やかな風が吹き抜け、そばの池から涼気が上がる。もとはクロの指定席だったが、クロがキキに譲ったのだ。キキを脅かすネコはいない。


「キキばあちゃん」

 ミミがうれしそうにキキのそばに駆け寄っていく。

「おうおう、ミミじゃないか。久しぶりじゃの」

「川向こうの家によく行くんだって?」

 今オロがやっかいになっているじいさんの家だ。

「まあな」

「ねえねえ、あたしも行っていい?」

「おう、いつでもクロに連れてきてもらえ」


 ミミは顔を輝かせて頷いた。ミミにとっては大きな冒険だ。ワクワクしながら、ミミはカブトムシを追いかけ始めた。

「おや、クロ。いったいどうした? しばらく見んうちにえらくやせこけたの」

「そうでしょ? ばあちゃんも言ってよ。ちゃんとご飯を食べろって」

 向こうからミミが言う。

 クロは、思いついたように、キキのそばに来た。

「ばあさんよ。ちと聞きたいことがあるんだが」

 キキは頭をあげて、クロを見た。


「舎村にいる若い白いメスネコ?」

 怪訝そうな表情のキキに、クロが追いすがるような目で迫る。

「ああ、舎村長の家にいるネコだよ。ばあさん、そのネコを見かけなかったかい?」

「はて……なにしろ、わしは寝ておったようでの。おまえさんから聞いた金獅子のこともその若いメスネコのこともまったく覚えておらんのじゃ。すまんの」

 クロは肩を落として去っていく。ミミが気遣わしげにクロを見る。キキはふたたびまどろみはじめた。


 柔らかな風がキキの背を撫で、一匹の青い蝶が風に羽をひるがえしながら、キキに近づく。蝶の羽から虹色の粉がふりまかれると、キキの姿が変わった。

 体がみるみる引き締まり、毛並みはつやつやと輝きを取り戻す。キキが目を開けた。あのとき、クロが舎村で見た若いメスネコがそこにいた。


 ミミにせがまれ、クロはミミを連れてリトたちの小屋に向かった。(しお)れたクロの前で、リトが明るい笑顔を見せた。

「ちょっと待ってろ」

 戸口から現れたリトは、焼いたばかりの二匹のメザシを差し出した。

「おまえの嗅覚には助けられたよ。また、助けてもらうかもしんねえな。まあ、これはお礼ってことで」

 クロは放心状態だ。後ろで控えていたミミが走り寄ってきて一匹をくわえ、少し離れたところに持っていって食べ始めた。だが、クロはメザシを食べようとはしない。


「いったい、どうしたんだ?」

 リトが心配している。キキがのそりのそりと近づいてきた。そして、クロの前に置かれたメザシをパクリと平らげてしまった。それでもクロは反応が鈍い。

 リトは無理やりクロにもう一匹のメザシをくわえさせた。うまかったらしい。クロはむしゃむしゃと食べ、リトを見上げてニャゴと一鳴きしてミミのほうに歩いていった。


 リトはカラの皿を見た。

(あーあ、オレのメザシがなくなっちゃった。ま、いいか)

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