エピローグ――櫻館の銀麗月
■〈銀麗月〉カイの悩み
櫻館にいるメンバーのうち、最も多くの秘密の情報をもち、最も悩みが深いのが天月の〈銀麗月〉カイだった。
カイは、滝の禁書室と〈蓮華〉の図書館で遭遇した出来事の意味を考え続けていた。「時空の歪み」だ。ただ、禁書室のことは誰にも言えない。だが、〈蓮華〉図書館のことは、サキにも知られた。
リトに及んだ影響を考えると、「時空の歪み」は、ひとを食い入るような不気味さを帯びている。カムイほどの異能者ですら、禁書室の出来事をまるで覚えていない。だが、リトは〈蓮華〉のできごとをはっきりと覚えている。二人の違いが何を意味するのだろう。
九孤族宗主によれば、リトは〈弦月〉――。最高レベルの異能者たる〈弦月〉は、その強大な力を恃んで、闇に落ちやすい。これゆえ、かつて初代〈銀麗月〉は〈弦月〉を封じ込めた。
櫻館合宿の本来の目的は二つだった。一つは、〈閉ざされた園〉から九孤族宗主とミグル族スラを救い出すこと、もう一つは、ルナ石板の解読だ。
〈園〉からの二人の救出は成功した。だが、〈園〉の意味も、〈園〉から二人を救出した方法も、まだ謎に包まれたままだ。
ウル舎村古領の神殿に突入するとき、ルルは時を止めたようだ。ルル=オロは青龍族の血を引く強大な異能者の可能性が高い。そのとき、リクは雨を降らせたのだろう――香華族に伝わる力だ。風子は〈園〉から出るときに「お城のトラネコ」の手引きがあったと言っていた。だが、櫻館に毎週あらわれるトラネコには異能の片鱗はまったくうかがえない。カイはトラネコの記憶を読み取ろうとしたが、ネコとして森を走る経験以外は読み取れなかった。つまり、ネズミを連れた、ただのトラネコだった。
ルナ石板に至っては、なかなか解読が進まない。そもそも見つかっているルナ石板の数が少なく、すべての情報をつきあわせても、たった一つの文字すら見当がつかなかった。ただ一つ、この石板が宇宙からきた石を材料としていることはわかった。地球外鉱物が含まれるからだ。しかし、その鉱物の組成も性質も不明なままだ。
むしろ進展があったのは、ルナ神殿を飾るレリーフ文様が月の光で見え方が違うことだ。アイリとルルが協力してこれを解明した。無人島のウル石棺が、ルナ遺跡らしいこともわかった。ただ、これらが何を意味するのか、いまだに茫洋としたままだ。
■カイの決意
この櫻館では、レオン自身も知らなかった多くのことが明らかにされた。
レオンがカトマール皇子として生まれたらしいこと。皇室メンバーが処刑されたとき、皇女と皇子の姉弟は誰かの手によって逃され、天月まで逃げ延びたこと。姉の皇女はまだ二歳の弟を天月に託し、姿を消したこと。弟レオンは、出生の秘密を知らないまま天月で育てられ、十歳になるやならずで強い異能を発揮していたこと。十歳のコンクールで彪吾と出会い、レオンが行方不明になったこと。レオンは何らかの事情で指の骨をすべて折られ、ピアノを弾くことはおろか、すべての記憶を失って、ラウ伯爵の遠縁の青年レオンとして人生を再出発していたこと。
レオンを失った彪吾は人生そのものを諦めたように過ごしており、船の事故で両親を失い、自らも事故後一年間の記憶をもっていない。十数年後、レオンと彪吾は再会し、レオンの記憶は戻っていないが彪吾への愛は消えておらず、二人は互いの愛を確かめ合った。レオンも彪吾も、互いを守るためなら命をかけるだろう。
レオン本人がなお知らず、カイだけが知っていることもいくつかある。
レオンの異能は、初代〈銀麗月〉にも匹敵する。しかし、レオンは自らの異能の意味と力を知らない。カイにもレオンの異能の全容はわからない。天月でレオンが接した子どもたちの不審な死の原因は何なのか。また、天月医師ヨヌがもつレオンの記憶は何を意味するのか。何よりも、幼いレオンが残した譜面はどのような力をもつのだろうか。それは、レオンの失踪とどんな意味があるのか。レオンの異能の封じ込めとレオンの失踪には、当時の天月宗主が関わった可能性もある。しかし、宗主亡き今、確認する術がない。
発掘されたルナ石板と、天月宗主及びヨミ大神官のみに伝えられるル神聖石盤との関係もまたわからない。ルナ神聖石盤は、滝の第二禁書室の扉を開けるカギとなった。しかし、いまは、扉そのものが消え、カイにすら見つけることができない。第二禁書室で経験した「時空の歪み」は、〈蓮華〉図書館の地下で、リトともに経験した歪みとほとんど同じだった。
そして、この櫻館――。
櫻館に集まっている子どもたちはみなそれぞれに強力な異能者だと思われる。だが、あまりにバラバラで、本来は群れるはずがない子どもたちだ。ただ、櫻館には、そのバラバラで超個性的な子どもたちをつなぎ止める存在がいる。風子だ。しかし、風子は自分の力にまったく気づいていない。
そもそも、その名がほの見え始めた天明会とは何者だ? 天明会は、『天月秘録』に記された「天月仙門の分派」なのか? それとも、天明会を名乗るだけの仮のすがたなのか? ことは、天月仙門の存立に関わる。捨て置くことはできない。
レオンの異能の全容をつかみ、天月との関わりを明らかにするためにも、多様な異能者の力を把握するためにも、そして、これら異能者が世界を破壊したり、あるいは何らかの勢力がこれらの異能者を悪用したりしないようにするためにも、〈銀麗月〉としてこの櫻館に滞在し、務めを果たさねばならない。
カイはそう決意を新たにしていた。
ただ、ふと気がつくと、リトの姿を追い求めている。なぜなのか……それはわからないままだ。
「銀月の島と緋月の村」は、シリーズとして展開します。「第一話 銀月の島」はひとまずこれで終わります。感想等をいただけるとうれしいです。物語がお気に召したなら、ブックマークもぜひよろしく。
「第二話 月下の神殿」はすぐ開始します。次のような物語を含む予定です。
〈蓮華〉一行は、ウル舎村に招かれたり、カトマールのルナ大神殿に調査合宿に出向いたり、天月本山を訪問したり、と大忙し。香華族や青龍族の秘密が次第に明らかになる中で、レオンは失われた過去を取り戻し、オロ=ルルは不思議な力を使い始め、イ・ジェシンの勘違いはますます大きくなっていき……。天月に巣くう闇に気づいた銀麗月カイにリトは協力するが……。