ⅩⅩー3 エピローグ――決意
■真実
――やはり、図書館か?
リトとカイから「図書館の怪」について聞いたときから、サキは〈蓮華〉図書館について調べ続けた。リトによれば、マイは、〈蓮華〉図書館の下には、ルナ遺跡が埋もれていると考えていたようだ。例の無人島のウル石棺もルナ遺跡らしい。蓬莱本島には、少なくとも二つのルナ遺跡が存在するようだ。
だが、謎がよけい深まった。
カトマールでも、シャンラでも、ミンでも、ルナ遺跡はルナ古王国時代の神殿として残されている。だが、蓬莱本島のルナ遺跡は神殿ではない。石棺と地下に埋もれた斎宮。マイはこれら二つがルナ遺跡であることに気づき、月蝕の夜に起こる何らかの現象を確認しようとしたのだろう。
サキは、最後の日、シャンラのルナ神殿でのマイの姿を克明に思い出そうとした。思い出すたび、メモをとり、これまでに集めたさまざまな情報と突き合せてみた。おぼろであった記憶がピースのように嵌め込まれていく。
――まさか!
フッと手がかりが見えた気がした。リトから学生調査団の話を聞いたときだった。
調査団は、カトマールのことを知る学者に次々とインタビュー調査を行っている。その一人は、菜園小屋の隣人たる老教授だった。
彼はこう言ったらしい。
「内戦は軍部が仕掛けたように言われておるが、わたしにはどうも解せんのだ。当時の軍部の最高司令官は、戦わない方法をつねに探す人物だったからな。いまだに、わたしは、なぜ彼が内戦に加担したのか、わからないままだ」
――擬薬かもしれない!
三十年前のカトマールで、すでに擬薬が使われていたのか?
教頭はカトマールで姿を消した。追跡者をさんざんひっぱったあげく、沼に打ち捨てた。しかも、見つかりやすいように。あのとき、彼は、われわれの追跡を予測し、だれが追ってくるのかを見定めようとしていたのではないか。優秀な密偵であれば、カイが〈銀麗月〉であることに気づいたはずだ。
――甘く見過ぎていたかもしれない。
教頭が〈蓮華〉に着任したのは二十五年前。それから蓬莱群島では何が起こった?
二十二年前、〈十歳のレオン〉が行方不明になった。
二十年前、生まれたばかりのカイが天月に引き取られた。
十八年前、天月宗主が不可解な死を遂げた。
十五年前、ウル舎村長の娘が交通事故で植物状態になった。
十四年前、ラウ伯爵の遠縁のレオンが母とともに事故にあった。
五年前、ファン・マイの論文盗作事件が起こった。
四年前、ファン・マイの母が事故死し、マイは〈蓮華〉教員となった。
サキは戦慄した。天月も、舎村も、アカデメイアも、ことごとく異変に見舞われている。いままでこれらの関係に注意を払ったことはなかった。だが、教頭が密偵として二十五年間も〈蓮華〉に潜伏していたとすれば、むしろ、これらの異変に教頭が関わったと見る方がよいのではないか?
「狡猾な人物」――それは教頭に間違いなかろう。
では、教頭は、マイから何を聞き出そうとしたのだろうか?
――ルナ遺跡の秘密に関わることか?
〈蓮華〉図書館と孤島のウル遺跡――ファン・マイは、その秘密に気づいたに違いない。それは、ルナ神話に語られる〈緋月の村〉への入り口。稀な月蝕によって歪みは大きくなる。異能者ではないマイには、〈緋月の村〉に行くことはできまい。だが、ばあちゃんとスラが行ったような〈園〉であれば、異能者でなくとも迷い込むことがあるようだ。
ただ、マイならば、ひとたび異世界に足を踏み入れれば、二度と戻ってこられないだろうこともわかっていたはずだ。異世界への旅は、現世での「死」に等しい。それでも、マイは行きたかったのか。この世界での生きづらさにマイは押しつぶされそうになっていたのだろうか。
■サキの決意
サキは、唇を噛んだ。固く、固く噛んで、血が滲むほどに。
――支えているつもりだった。
マイを理解し、守っているつもりだった。それは傲りだったのか。マイは、この世界よりも、サキよりも、ルナの世界を望んだ。そして、それも果たせず、散った。
いや、マイの遺体の検分に行ったとき、一匹の青い蝶が舞い上がった。マイの魂を運ぶ蝶だったのかもしれない。そうであってほしい。この世で苦しみが多かったマイだ。〈園〉で別の生を楽しむことができたなら、マイの人生は報われる。
小屋の小さなちゃぶ台の前で方を震わすサキに、ばあちゃんが近寄ってきた。
「おまえの役目はこれからじゃぞ」
「役目?」
サキは、涙が滲み、赤くなった目をあげた。
「そうじゃ。子どもたちを守らにゃならん。おまえの友だちもそれをおまえに託したんではないかえ?」
「……ばあちゃん」
「子どもたちはどうやら強い異能者のようじゃ。「時空の歪み」を作り出すほどにな。その力を欲しがっている者たちがおるのじゃろ? その者たちの手に渡れば、子どもたちの命はないぞ。おまえの友だちはそれに気づき、子どもたちを守ろうとした。だが、果たせなかった。ならば、おまえがやるしかないではないか」