俺が恋愛をしない訳
「いいや、冗談じゃない。貴美とは、付き合えない」
「ですが、わたくしの事を好いていると……」
「あー、それはだな……、ちょっと言いにくいというか……」
俺が口ごもった事により、嫌な間が出来てしまった。
そんな間を切り裂くように、どこからか大きな声がこだました。
「そこからは私が説明しよう!」
「だ、誰ですの!」
俺は聞いたことのある声のような……、まあ知らないと言っておこう。
周りを見渡しても誰もいない。いや、屋上という場所を考えても、ドア以外の場所から乱入してくるのはありえない。なぜならドアは俺の真後ろにあり、誰かがくればすぐに分かるはずだ。
「竜二さん! 上!」
「とうっ!」
咄嗟に上を見上げると、なんとマイが上から降ってきた。体を器用に畳んで、くるくる回りながら着地した。
「正義の味方、マイちゃんが解説しちゃうぞ♪」
ジャキーンと効果音がなりそうなほど、大きくピースしながら決め顔をとった。
「我が妹ながら、あざとい……」
「ジャッキーン!」
「だから効果音は声に出さなくて良いっての」
俺は貴美を見た。当然、驚きの表情を見せていた。
どう説明しようか、いやいっそ他人のふりをするか……。そうしよう。こいつは他人だ。
「ん? お兄ちゃん何してるの?」
俺の思惑は一瞬にして破綻した。
「お前こそ、一人で何やってるんだよ」
そう言うとマイは鼻を大きく開け、得意気に笑ってみせた。
「プークスクス、お兄ちゃん、プークスクス」
「何か知らんがその笑い方やめろ」
すると、どこからともなく新たな声が……
「うふふ、兄さん、いつから私がいないと思いましたか?」
マイの後ろから、すっと木佐貫が登場した。
「あなたのエンジェル、木佐貫ちゃんが降臨しちゃうぞ、なーんて」
全く起伏の無い声だった。ちょっと不気味である。
まあ、可愛いが。
「しゅぴぴぴぴーん、です」
「お前は何の効果音なんだ……」
少し照れながら、腕で十字を作って木佐貫はポーズをとった。
マイが一人で俺の方までやってきて、肩を叩いた。
「ね、お兄ちゃん。ここは私が説明しても良いかな?」
「ああ、それじゃあ頼むわ」
俺が説明しても嘘っぽく聞こえる可能性もあって、マイに全てを任せた。
マイはコホンとわざとらしく咳をした。
「説明しましょう貴美さん! いやお兄ちゃんに取り巻くメス豚よ!」
「ごめん貴美、ちょっと日本に来て間もない所があるから許してやってくれ」
しかし何故か貴美は目を輝かせていた。
そして──
「海外では女性のことをメス豚と呼ぶのですね。関心しました」
……ここに常識人はいないのか
「それじゃあ貴美さん、お兄ちゃんが寺の子って事は知ってるよね」
「はい、存じておりますが」
「実はね、お兄ちゃんは神主を引き継ぐに当たって、掟を守っているんですよ。その掟とはズバリ『結婚するまで、恋愛禁止』っていうね」
さすがの貴美も驚いた表情を見せた。
それもそのはず、この掟は相当古い。今どき宗教でも無いだろう。それを律儀に守っているのも凄い話だが。
この掟が嫌で、親父は家にほとんど帰らなかった。先祖が日本の外なら女性と付き合っても良いという妥協ルールみたいなのを設けたからだ。
俺はそんな中途半端な親父が嫌いだった。だからこれを守ろうと思っている。
「なら、竜二さんはその古い掟に縛られて……」
「うむ、お付き合いどころか女性と遊んだ事もほとんど無いよ」
「ですがそれでは竜二さんが余りに不憫と申しますか……」
「うん! さすが貴美さんだ! 私たちと同じ考えである!」
マイは満面の笑みで答えた。
「だから私たち姉妹は、何とかお兄ちゃんとデートをするべく、恋愛が出来る環境に身を置いて欲しいんですよ。ただ……そのためには超えないとダメな壁があります」
「掟以上に、兄弟としての壁というものがありますが」
「そんなものは関係ないよ! 既成事実さえ作ってしまえば兄弟だろうと夫婦になれるのだ!」
「お前そんなこと思ってたのかよ!」
俺の知っているマイじゃない。
俺の知っている純情で可憐な女の子じゃない。
女って怖い。
「それは素晴らしいお考えですね! わたくし感動しました」
貴美はもはや尊敬の眼差しでマイを見ている。
ダメだこりゃ……
「ですが掟はどうするのですか? まだ学生の身、海外へ行くのは現実的では無いでしょう」
「ぬふふふー、それで、ですよ貴美さん。これを見てください!」
マイは右手を前に出し、目を閉じた。
すると──
マイの前に小さな赤い光が現れた。
「はああああ! いでよ! マイちゃん頑張れソード!」
謎の雄叫びと共に、その光の中に手を突っ込んだ。
そして──
荒々しく大剣を抜き出した。
それは今朝見た剣と同じ物だった。マイの体より大きく見える。
その剣の先端には……また例の如く、小さいゴブリンが刺さっていた。
「キシャアアア……」
俺は医者では無いのではっきりとは言えないが、今朝見たときよりも弱っているように見える。
「いい加減抜き取ってやれ」
ゴブリンは自力で抜けた。そして弱った羽を広げフワフワと飛んでいった。
「あー、かわいそうに。てか、ゴブリンの境遇に同乗してる人間って俺しかいないだろうな」
マイは俺の言ってる事に耳を傾けず、剣を大きく上げた。
「そう、お兄ちゃんは海外にも行けないし神主を辞める気もない。だから異世界で勇者にジョブチェンジしてもらうしか無いんだよ!」
貴美はマイを見ながら頷いた。
「なるほど、要するに3次元から2次元に兄を引きずりこんで、掟とは無縁の生活を送りたい訳ですね」
「そうです! 愛に次元を超えるの!」
俺は小さく拍手をした。
「いやいや、上手い事言ったなぁ。マイも成長したなぁ。でも、異次元に連れていくって、どう考えても海外に行くより非現実的だよね、そこに気づきたいよね」
「てへへーー」
クビを傾けながら、マイは頭を恥ずかしそうに頭をかいた。
「次は皮肉が分かるぐらいまで成長しような……」
「マイさん、わたくしも竜二さんが好きな身、要するにライバルではありますが、竜二さんを異次元に連れていきたいという共通の目標があります。是非、ご協力させて頂きたいのですが」
「もちろんです貴美さん! 一緒に頑張りましょう」
目の前でがっしりと握手をする2人。まさかの展開である。出会いは豚と罵ってから始まったにも関わらず。
「お金持ちの仲間も出来た事だし、サラバですお兄ちゃん!」
もはや本来の目的を忘れているマイは、足を揃えて直立不動で立った。そして綺麗に円を描くように校舎から飛び降りた。
屋上に俺と貴美、そして木佐貫が取り残された。
「ってか木佐貫よ、お前は一体何しに来たんだ?」
「いや……その……、カッコいい登場がやりたくてですね……」
木佐貫は恥ずかしそうに顔を伏せ、そのまま消えてしまった。
「お前の方があざとかったか……」
何はともあれ貴美に恋愛が出来ない理由を説明出来ただけでも良しとするか。
そう無理矢理に納得した。