仮15話 雨
一旦予約投稿でタイトルつけるつもりが間違えて投稿してしまいました。本文修正はありませんが前書き・後書き追加しております。
「えうえう、お代官様ヒドスギルのデス……」
「やかましい。寝る方が悪い」
思いっきりツッコミで起こしてやったら涙目で睨まれた。
これが鬼ならぬ魔神の目にも涙か。
世界初の偉業じゃねこれって。
その後渋る魔神の首根っこつかんで引きずり、廊下へと放り出した。
扉を閉めると抗議の声やら恨みがましいブーイングやら聞こえたが気にしない。
俺はこれから風呂タイムなのだ。邪魔はさせん。
……こうでもしないと、どんな顔で会話しろって言うんだよ。
気まずいというか恥ずかしいし。
女とは思ってないけどあの感触とか匂いは嘘じゃないからな……
本で男が事後に冷たい、とか書いてた記憶にあるけどよ。
単に間が持たないだけだと思う。
童貞の俺にゃ抱きしめるだけでこんな感じだからな。
ともかくこれで大人の階段を1つ上ったのか。
…いや、これはノーカンだな。恋人同士か好きな子って条件にしよう、うん。
なんてことを考えつつ真っ裸になると風呂に飛び込んだ。
マナー違反だが俺しかいないし、洗い場がないしな。
さっき生活魔法実験で自分に洗浄かけたから大丈夫だろう。
何より飛び込みたい気分だったのだ。
「おおう、生き返るぜ……!」
思わずオヤジくさい独り言。
魂の洗濯だから仕方ないな。
異世界にきて初めての風呂、まさに極楽。
問題山積みだがひとまず忘れリラックスタイムといこう。
いつかシルティと一緒に入れたらいいのだけれど。
ちなみにかなり時間が経っているはずだが温かった。
何かの保温機能つきだろうか。
売りつけられた時に聞いたマニュアルボタン(浴槽の片側についてる)をぽちり。
ステータスの操作と同じ感じで色々調べられるみたいだ。
見てみると興味深い内容も幾つか。
・風呂は送還、と念じれば戻る ・2時間放置でも勝手に戻る
・戻った時に自動で殺菌洗浄 ・保温再沸機能つき
・湯加減調整は魔力流しながらイメージで
・快適セットの他、シャワー+蛇口ユニットやタイル、排水溝も召喚できる
・据付け備品系は浴槽と同時に召喚すること 追加不可
・浴槽は僅かに浮いてるので床の心配は無用
・LVあげたり魔力を強めれば浴槽のサイズや材質も変る
・消費MPもそれらに応じて変化
「……風呂魔法、すげぇ」
なにこの万能感溢れる魔法は。
創造して召喚、って感じだな。いつかはヒノキ風呂。
明日は早めに帰って風呂召喚について色々試そう。
あと気付いたことがひとつ。
風呂魔法とはいえ魔法。それがイメージや魔力で相当自由にできるのなら。
他の魔法も同じ感じで調整できるんじゃないの?
その場合、詠唱や陣はおろか魔法名さえ補助に必要なものにすぎなくなるが。
考えすぎると深みに嵌りそうなのでまずは実験してからだな。
本当なら一昨日から魔法の練習してるはずなんだが……まあいい。
そんなことを見たり考えたりしていたらすっかり上せてしまった。
眩暈と戦いながら風呂からあがり、床に倒れこむ。
当然あたりはびしょびしょだ。
「か、乾燥は……ドライ、だっけ。うー、目がまわる」
どうにか床と自分の身体を乾かしたがそれだけ。
水も飲みたい。しかし水筒までは遠い。
日本の風呂場なら水で頭冷やすところだが今あるのは浴槽だけだ。
家族がいれば甘えられても今は1人。
そう考えた時、頬を伝わる何か。
「……は、はは、なんでこういう時に」
胸の片隅がぎゅっとつかまれた気がした。
地球に残っててもどのみち会えなかったはず。
俺は一度死んだんだ。それは魔神のせいじゃない。
名前も知らないけど女の子を助けられたんだ、悔いはない。
―――そう思うのに、目が熱くなり視界が歪む。
風呂に入って人心地ついたことで考える余裕ができたのだろうか。
俺はしばらく裸で寝転がったまま涙を流していた。
それからどうやって服を着てベッドにもぐりこんだかは覚えていない。
翌朝目を覚ますと、喉がカラカラだった。
◆ ◆ ◆
あまり喜ばしくない朝を迎えた俺は時間を確認する。
生活魔法に地球式時計を表示させる魔法があったのだ。
無駄に100分の1秒まで表示されるデジタル式。
視界にのみ表示されるのは便利なのだが……
魔法名はタンマ。うん、何も言うまい。
時刻は朝の7時27分、朝飯に間に合う時間だったので一安心。
もぞもぞ這い出すとテーブルに置いた水筒の水を飲む。
喉を鳴らして吐いた息は別れた妻の愚痴を零す男と同じ臭いがした。
バイト先の飲食店で顔を引きつらせながら我慢した、あの煙草混じりの曇った息と。
「くそっ」
首を何度も振る。
きっとどこかで後悔しながら、忘れようとしていたのだろう。
日々の暮らしに追われる中それは確かに成功していたのだけど。
皮肉にもお風呂でリラックスしたことで、抑えていた諸々を思い出したらしい。
「あーあ。アイロンどうするかな」
逃げるように今日のことを考える。
昨日手に入れた生活魔法の数々を試すかどうか。
新米とはいえ冒険者がパリッとした服だとおかしいだろう。
香水はどうだろう。貴族でもないのに不自然か。整髪料も妙に思われそうだ。
結局やれることはドライヤーにブラッシングと髭剃り、と結論付けた。
早速手にとると思いのほかやりやすい。
ジェル+4枚刃、あなどれん。5枚刃じゃないのは精進しろってことか。
一週間ぶりにツルツルになった顎を撫でると気持ちよかった。
髭を剃ったせいか心が幾分軽くなる。
そう、ポジティブに考えよう。
俺はあのまま生きてても男臭さルートまっしぐら。
30過ぎて魔法使いどころか大魔法使いの仲間入りだったろう。
それより1人の女の子を助けてこっちでモテモテルート邁進中、と考えると明るくなるはず。
……実際は女性キャラが皆無という現実に目を閉じれば、だけど。
「いい加減まともな女の子よこせ!」
前世ともども、心の底から一致した叫びであった。
そうして女の子キャラを妄想しつつ部屋を出たところで気付く。
たん、たん、と屋根を叩く音。肌にじっとり絡む湿気。
……雨、だ。
「ようやく、というべきかゲエーッと言うべきか」
この世界へ来て初めての雨。
適当な廊下の窓から覗けば白混じりの灰色の空が見えた。
雨粒はほとんど見ず細かい水滴がついている。
霧に近い雨のようだ。シルティはちゃんと濡れない場所にいてくれるかな。
てかこの世界ガラス窓なんだ。安宿に使われてるということはそれなりに普及してるのか。
そんなことにも今まで気づかなかったのは不自然。
考えないと情報が入ってこない説がいよいよ怪しくなってきた。
あるいはスキルで何かあるの……か?
ごちゃごちゃした頭を撫でながら階段を降りる。
シャンプーのおかげかサラサラだ。風呂最高。
最後の一段でついスキップしそうになった。
食堂で働いてたオヤジと目があった。
………露骨に目をそらすなよ、おい。
そそくさと席へ座り朝飯をゲット。
スープとパン。2種類のスープが毎日交互に出るのではや馴染みの味だ。
若さゆえの過ちを1つ作ってしまったことは忘れよう。
周りを見れば雨ということもあってか冒険者グループがそこそこ見える。
「なのに女性冒険者いないってありえんだろ」
そろそろ呪いだよな、これ。
悟りに開きそうになる思考を必死に修正。
雨の間は外に出れそうもないので整理といこう。
まずは手持ち資産の確認。
銀貨12枚と銅貨5枚。125Y。
いまだに通貨の単位知らんのも異常だな…エンじゃないよな。
アナビット資産は肉、皮、20ずつ。15Y+8Yが20組、として460Y。
一泊50Yだから10日は泊まれる計算だ。
2,3日雨が続いても大丈夫だろう。一週間続かないことを祈るしかない。
次に今日の予定確認。
雨がやめば外。やまなければ宿で過ごす。
……シンプルすぎるな。傘もってないのは迂闊だった。
生活魔法のドライをかければ濡れても問題ないが…
一般的か判らないので見られるのは避けたい。
うーむ、他人との接点が殆ど無いのもまずいな。
ここで観察して使う人間見つかればいいのだけど。
オヤジに探りいれてみるなり、適当に聞く必要があるかもしれない。
仮に傘やドライの使用にメドがついたらギルドへ行くか。
外で戦う気は無いが雑用系の依頼は受けれるかもしれないし。
一般常識をとにかく仕入れるアテが欲しいな……
宿で過ごす場合は頭の整理としよう。
とくに世界というか情報について考えておかないと。
理由は判らないが意識的に観察しないといけないとアウトっぽい。
なんとなく過ごしてるだけでは意識の中に情報が入ってこない気がする。
………まさかTRPGとかゲームみたいに情報収集フェイズがあるんじゃないだろうな。
晴れの日は冒険なり戦闘なり、雨が降れば情報収集。
「………まさかな、ハハ」
思わずアメリカンライクなHAHAHA笑いになったが仕方ない。
もしそうだったら笑いごとじゃねえ。
南の島の大王様じゃないんだ。
ただし、仮に、あくまで仮にそうだとしても恐らく俺限定だろう。
雨の日はみんなでお休みして情報収集だーとかで国家運営できるわけがない。
……ないよな。あの創造神なので確信がもてないというのが何とも。
ノリでネタ設定仕込んでそうだから困る。ポッポーはないだろ、ポッポーは。
俺が自分から情報集めようとしなかった理由の1つでもある。
まあ、主な原因は異世界来てテンパってたんだろうけど……
騎士団名がホーホケキョとかで笑い堪えきれずに投獄とか笑えない。
出来る限りフランクに話せる相手を見つけて、そこで安全に情報収集したいのだ。
希望としては胸が大きくてそれなりにくびれてて可愛い系の優しい女の子。
………言うだけはタダだ。
それから、ボーっと宿の出口を見ていた。
何も起こらなかった。
ちょっとくらいイベント起きるとか思った俺が馬鹿でしたよ!
外套すっぽり被って出て行く野郎たち見てても全く面白くなかったね!
主人公ならもうちょっとフラグとかイベント起こってもいいんじゃね?
雨でびしょぬれになった女の子が飛び込んでくるとかさぁ!
などの猛烈な愚痴を我慢しつつ、どうせならと昼飯まで待つ。
判ったことは殆ど無いが、傘すら持ってる人間を見なかったくらいか。
雨の時は恐らく皮の外套なりマントなりで凌いで移動するようだ。
くっそう、生産チートで傘も予定にいれてやろう。
日傘作ってお嬢様に喜んでもらうんだ……
紅茶とお菓子と日傘、あと黒スーツで執事にクラスチェンジして……
なんてばかりも言ってられない。
あの冒険者達が帰ってくる時を見ないとだが、雨天での移動をどうするか。
1日だけなら――いや暇すぎて死にそうだけど――いいとして、続くようなら非常に不味い。
昼飯後、一度マントすっぽり被って外でてみるか。荷物濡れるけどな。
アイテムボックス使うと乾いてるとか面倒なことになりそう。
「こういうところはリアルなんだよなぁ」
つい声に出して愚痴る。
現実だから当たり前。とも言いきれない。
俺は異世界へ来たと思っているが、100%ではないからだ。
あの魔神が言った限りでは異世界。
でもちゃんとした世界ならフラグ管理とかないだろ。
これだけ俺が女性に出会わないのは正直異常だ。
実は超リアルなゲーム空間で俺がプレイヤー、と言われたらまだ納得もいく。
決して女の子に出会えない恨みではない。
『アツシ、おはようっ』
ぐちぐち言ってると気持ちのいい声が頭に響く。
昨日ぶりだがずっと聞いてなかった気分。
『おはよう、シルティ』
これだけで癒された。いやもう、シルティだけで生きていけるわ俺。
『きょうはあめだね』
『そうだな。そっちは大丈夫?』
『うん、こやのなかにいるから』
それを聞いて一安心。まあ森の中なら大丈夫そうだ。
それにしてもあの小屋の主人はいつになったら帰るのか。
放棄されたにしては綺麗だったから、帰れないと見るのが自然だが。
そのまま昼飯が来るまでシルティと仲良くお喋りした。
俺の世界の童話なんかを話すととても喜んでくれた。
娯楽大国の面目躍如ってところだ。くふふ、俺のストックはまだまだあるぜ。
1人で座ってニヤニヤしている俺は相当ヘンだろうがまあいいや。
どうせ女の子いないし。
『アツシ、またね』
昼ご飯となったので楽しい会話も終了。
今度は俺から話しかけたいな。
やり方調べておかなくては。
さて、どうするかと肩を回しながらテーブルに目を戻す。
随分軽くなった首周りを自覚した俺の身体が速攻で固まった。
――テーブルの上にど派手な旗が置かれていたからだ。
「俺の昼飯どこいった」
そういう問題じゃないと思いつつもボヤかずにはいられない。
飯がまだならシルティと話し続けたかったのに。
十中八九ロクなもんじゃないだろう、と予感を覚えながら旗?を注視。
30cmほどの真っ赤な棒にドピンクの三角形がくっついてる。
その三角形の真ん中にはでかでかと○で囲まれた神の一文字。
「……サイ○人フラグか?」
旗なんだからフラグなのは間違いないだろう。
スイッチだったら抗議しなければならなかった。
しかし○+神だとオレンジ色だと思うのだが。
あの魔神の正体が小さな角2本をもった緑色の異星人とは思わなかったぜ。
「ちが……ごほごほ」
やっぱりいた。わざとらしい咳払いして誤魔化しているつもりか。
聞こえた方を振り向くと一番見えづらい席に座ってやがる。
でも黒ベレー+黒ジャケット+サングラス+マスクって。
事件がおきたら真っ先に通報するっちゅうの。
じーっと見てると露骨に顔背けてくれる。
あれでバレてないと思っているのか……
「……はっ、まさかあれが普段着」
「ちがー………う、うう」
俺の方を振り向いたと思ったら新聞紙で顔を隠してきた。
どこの新聞だよそれ。この世界にはねぇだろ。
でもスポーツ欄あったら見たい。特にサッカー情報。
Jリーグ凄い盛り上がってたし結果どうなってるのやら。
などと考えながら凝視してると微妙に震えている。
うん?あれか、意外にそういう話したいのかもしれん。
まあチェルティなんて名前、イングランドの強豪チームパクリなの明らかだし。
俺もそろそろチェスターじゃなくてマンチェじゃいけないんですかというツッコミが欲しい。
シルティの名前も一瞬ユナティとか考えたのはヒミツだ。
「な、なんデスッテー?!」
あ、釣れた。
立ち上がり新聞紙をくちゃくちゃに握り締めている。
サングラスで見えないがきっとその奥は三角の吊り目だろう。
俺もにこやかに笑って立ち上がる。
つつ、と近寄っていけば慌てて座って新聞ガードするも手遅れだ。
言いたいことはいつもどおり沢山あるが、今はひとつだけ。
「……飯時にふざけんなぁぁぁぁぁ!!」
すぱこーん!
ガードを叩き潰して俺の上段平手強撃がヒットしたのであった。
ストーリー的には殆ど動いていない話が続きそうです。
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