ドジっ子高次元生命体
お久しぶりです。1本短いですが投稿します。お楽しみいただけますと幸いです。
「あ~またやっちゃった……。」
上司に怒られる覚悟を決め、部屋を訪ねる。
コンコン。
「入れ。」
「失礼します。」
赤髪でボサボサな頭の上司が不機嫌そうな顔で迎い入れてくれる。ボサボサな頭は無造作ヘアと言わないと怒られることを知っている。
「またか~。次は何をしたんだ」
溜息をつきながら呆れた声を出す上司。失礼極まりない。そんなに頻繁にやらかしていない……最近は……当社比で。
「第八世界のコンピューターの電源ケーブルに足を引っかけてしまい抜けてしまいました……。」
ガタッ。
上司は王様のような偉そうな椅子から飛び上がると慌てて部屋から飛び出した。私も駆け足でついていく。
「よりにもよって第八世界か……。」
本センターには沢山の世界が管理されている。超ハイパーコンピューターで各世界がシュミレーションされている。中で生きているデータ達はそんなことに気づかずに今も生きている。
厳重なセキュリティを抜け、管理室に入室すると無残に抜けた電源コードがデーンと横たわっていた。
「誰がこんなことを……。」
「あ、私です。」
「知ってるわ!」
理不尽だ。上司は電源コードを嵌め直すと超ハイパーコンピューター略して超コンちゃんを操作していく。
「急に電源が抜けたことでデータに破損個所がある。人が死んだぞ。」
その言葉を聞いて心臓が縮み上がった。研修で私たちは各世界に潜り、世界が存在しそこで生きている人たちがいることを学ぶ。データではないのだ。実際に命は存在している。
「すみませんでした!」
謝って済む問題ではない。しかし、これしかできることがなかった。涙で視界がぼやけて来た。
「ポチッとな!バックアップから復旧して少し前の時間から始めるようにした。中の生き物は気づかないだろう。次は気を付けるように。」
「はい!」
あっさり直った。これがあるから私は油断してまたドジをしてしまう。頼りがいのある上司がいけないんだ。後、電源コードが横たわっているのがいけない。
「お前少しは反省しろよ」
「していますとも。ええ二度とこのようなことにならないように気を付けます!」
どでかいため息を零し、赤髪ボサボサ頭の上司は去っていった。
数日後。
私は珍しく失敗をしていなかった。廊下を歩けば、「今日は平和だな」と同僚に言われるほどだ。失礼である。
「人を歩く災害みたいに言わないでください」
「違うのか?」
「違います!」
そんなやり取りをしながら、私は胸を張っていた。やはり人は成長するのだ。いつまでもドジっ子扱いされては困る。
私は温かい缶コーヒーを片手に、管理フロアを歩く。
第八世界。
第十三世界。
第四十一世界。
巨大なガラスの向こうでは、無数の世界が静かに脈動している。
文明が剣を振るう世界。
機械が空を支配する世界。
海しか存在しない世界。
そのすべてが、超コンちゃんによって維持されている。
「よし」
私は誰も見ていないのに小さく頷いた。今日は完璧だ。その時だった。
床清掃用の小型ロボットが、すいーっと横切った。
「あっ」
避けようとして身体をひねる。缶コーヒーが宙を舞った。
「あああああっ!?」
スローモーションのように飛んでいく缶。嫌な予感しかしない。
そして――。
べちゃり。
超コンちゃん中央制御卓に、コーヒーが降り注いだ。
沈黙。
ぶつん。
ぶつん、ぶつん、ぶつん。
管理室の世界モニターが次々と消えていく。
「……………………」
私は硬直した。
遠くで誰かが叫ぶ。
「全世界同期エラー!」
「因果演算停止!」
「時間軸固定できません!」
「世界が混線してるぞ!」
ガンッ!!
扉が勢いよく開く。赤髪ボサボサ頭の上司だった。
「お前かァァァァァ!!」
「す、すみません!!」
「何をした!!」
「コーヒーが! 意思を持って!」
「持つか!」
上司は制御卓に飛びつき、ものすごい勢いで操作を始めた。
だが。
「駄目だ……バックアップ領域まで破損してる」
その一言で、空気が変わった。私の血の気が引く。
「……え?」
「復旧できない世界が出る」
世界が。
消える。
頭の中で、その言葉だけが反響した。
研修で出会った人たちの顔が浮かぶ。
市場で笑っていた子供。
雨宿りをしていた老人。
剣を振るっていた女騎士。
全部。
消える。
私のせいで。
「……っ」
息ができない。周囲の声も遠くなる。上司が何か言っているが聞こえなかった。
私は逃げるように管理室を飛び出した。どこをどう歩いたのかわからない。気づけば、本センターの最下層まで来ていた。
そこは旧式区画だった。使われなくなった古い演算機と、役目を終えた機械たちが静かに眠っている。
その片隅に、小さな和室があった。場違いなほど静かな空間。中では、墨色の衣を着た老人が湯呑みに湯を注いでいた。
つるりとした頭。細い目。禅僧を名乗る老人だった。
「ほう。」
老人は私を見る。
「ずいぶん大きな音を立てておる顔じゃの。」
「……」
私はその場に崩れるように座り込んだ。
「私……世界を壊しました。」
老人は驚かなかった。
ただ、「そうか」と言った。
それだけだった。責めもしない。慰めもしない。それが逆に苦しかった。
「沢山の人がいるんです……!ちゃんと生きてて……!なのに私が……!」
涙がぽたぽた落ちる。老人は静かに湯呑みを差し出した。
「飲むか。」
私は震える手で受け取る。温かかった。老人はぽつりと言う。
「春来草自生。」
「……え?」
「春が来れば、草はおのずから生える。」
老人は機械墓場のような部屋を見回した。
「壊れるものは壊れる。止まるものは止まる。人はそれを止めようとして足掻く。」
静かな声だった。
「じゃがの。草は、また芽吹く。」
「でも……消えたんです……。」
「おぬしも消えるのか?」
その言葉に、私は顔を上げた。
「失敗した者まで倒れてしまえば、次に芽吹くものも芽吹けぬよ。」
老人は少し笑った。
「ドジをしたなら、次は少し丁寧に歩けばよい。」
「……そんな簡単に。」
「簡単ではないな。」
即答だった。
「じゃが、人は案外、何度でも立ち上がる。」
和室の外では、停止したはずの旧式演算機が、かすかに唸っていた。
まるで、どこかの世界がまだ続いているみたいに。
お読みいただきありがとうございました。




