探偵サークルのとある一日
「んーっ」
一人本を読んで時間をつぶしていた美貴は、軽く伸びをした。
ここは探偵サークルの部屋である。常駐する必要はないけれど、まれに相談者が来るので、特に予定がないときはここでのんびり過ごしているのだ。今日は図書館に紗愛ちゃんの姿はなかったし。もちろん、紗愛ちゃんだって毎日大学に顔を見せているわけじゃないけど。
美貴は時計をちらりと見る。
そろそろ帰ろうかと思ったとき、扉がノックされた。
「失礼しまーす」
その声とともに扉が開く。
一瞬、紗愛ちゃんが来たのかなと思ったけど、やっぱり違った。
高等部の制服じゃなくて、私服姿の女の子だ。それでも紗愛ちゃんと比べてしまったのは、その子が大学生というよりは高校生っぽく見えたからだ。
どこかで顔を見たような気がしなくもないけど、知り合いではなかった。
彼女は部屋にいる美貴を値踏みするようにじろりと見ると、子供っぽい口調で聞いてきた。
「ここは探偵部の部室だよねー。捜し物もしてくれるの?」
「うん。もちろんだよ」
美貴はうなずいた。
美貴が好むのは小説に載るようなトリックを使ったミステリーだけれど、このサークルの代表である美花ちゃんは、張り込みや失せ物捜査などの、現実の探偵が直面するようなことを好み、それがこのサークルの主な行動方針になっている。
もちろん美貴だって、そういう人助けは嫌いじゃない。
美貴がそう答えると、彼女はやや不安げな様子をみせながら、語り出した。
彼女は人文学部の一年生で、深玲ちゃん。
手提げのバックに着けていたお気に入りのキーホルダーがいつの間にか無くなってしまい、それを探してほしいとのこと。バックと一緒に写った写真を見せてもらったが、ディフォルメされた猫のイラストが描かれた、アクリル製の物のようである。
「いつ頃なくなったのに気づいたのかな?」
「んーとね。午前の講義が終わって、カフェテリアで食事してたときにはあったと思う。机の上に乗っけていたバックに着いているのを見た気がするから。けどその後、図書館に寄って机の上にバックを置いたときに、ないことに気付いたの」
「なるほど。ということは、その間のどこかで落ちちゃったのかもしれないね。それじゃまずはカフェテリアに行ってみようか」
というわけで美貴は、深玲ちゃんとともにカフェテリアへとやってきた。
お昼時はいつも込み合うカフェテリアも、今の時間帯なら人はまばらで空席の方が多く目立つ。
「どこの席に座っていたの?」
「えっと、確かあの席だったかな。あたしが来たときは、すいていて席もあいていたんだけど―」
深玲ちゃんが奥のテーブル席を指さす。丸テーブルで大人数が使用できる席だ。今そこには女子学生が四人座って談笑していた。
「うん。じゃあまず、彼女たちに聞いてみようか」
美貴はすたすたとその席に向かう。深玲ちゃんは気後れしているのか、その場に留まったままだけど、聞くだけなら美貴一人でも問題ない。
「あのー。ちょっとごめんなさい」
「ん、何ですか?」
「実は、あっちの子がこの席にキーホルダーを置き忘れたかもしれないって言うんだけど、それらしいの見たかな?」
美貴の問いに、女性たちは顔を見合わせるようにして、首を横に振った。
いちおう机の下も確認してくれたけれど、やはりそれらしいものは見つからなかった。
「んー。あたしたちが来たときにはなかったかも」
「この席にはいつ頃から座ってる?」
「だいたい三十分くらい前かな」
今は五時過ぎ。仮に四時からこの席にいたとしても、お昼の時間帯からだいぶ経ってしまっている。
「うん。ありがとう」
美貴は彼女たちに礼を言って、深玲ちゃんのところに戻った。
有力な情報は得られなかったけど、彼女たちに聞いたことをそのまま深玲ちゃんに伝えた。
深玲ちゃんも、そんな簡単に見つかるとは思っていないのか、特に落胆した様子もなく、逆に感心したように言ってきた。
「あなたって、女性との会話に慣れてるのね。四人組だし尻ごみするかなぁって思ったのに。ナンパもよくするの?」
「え? しないよそんなの」
美貴は、あははと笑った。
「でもそうだね。新井からはよく、女性に警戒されにくい顔だ、って言われるよ」
「……なるほど。それに騙されるってことはあるのかも……」
「えー、何それ」
美貴は深玲ちゃんの冗談を笑って受け流すと、売店のお姉さんに、置き忘れの届けがないか聞いてみた。
けれど、そのようなものは届けられておらず、キーホルダーに関する有力な情報は得られなかった。
美貴は深玲ちゃんに尋ねる。
「カフェテリアにいた正確な時間は思い出せる?」
「うーん……覚えてないかも。二限の後、少し時間がたってからくらいかな」
「一緒にいた友達は?」
「んー。今日はひとりだったから」
「そっか」
美貴も同じように、んーっと首をひねった。どうやらカフェテリアではこれ以上の情報は得られそうではなかった。
「よし。じゃあ別の所に行ってみようか」
「ん、次はどこに行くの?」
「そうだね。守衛さんのところに行ってみるよ。それから学生課にも。校内の落とし物はたいていそのどちらかに集まるから」
「なんか地味ー。探偵なんだし、推理でぱって見つけられないのー?」
「うーん。そうやってできたらいいんだけどね。紗愛ちゃんなら、そうしちゃうかもしれないけど」
「紗愛ちゃん?」
「あ、僕の知り合いの子だよ。すごく頭の回転が良くて、色々な問題を解決しちゃうんだ。それに可愛くて、面白いんだよ」
「面白い……?」
「あはは。でも紗愛ちゃんでも、地道な捜査は必要だって言うと思うよ」
美貴は深玲ちゃんの複雑そうな表情を見て、まずは守衛さんの所に向かうことにした。ぱっとした推理を期待していたのか深玲ちゃんはしぶしぶって感じだったけど、ちゃんと付いてきた。
守衛さんの詰め所、学生課の順に回って、キーホルダーのことを尋ねる。けれど答えはやはり、そのようなものは届いていないって話だった。
ちなみに聞き込みをしているのは美貴だけで、深玲ちゃんはちょっと離れて見ているだけだった。
「学生センターに紛失物届を出さなくても良かったの?」
「今捜しているじゃん。あなたが見つけられなかったら、後であっちにも言っておくから」
「うん。そうだね」
結局学生課でも見つからなかったため、そんな会話を交わしながら、次は図書館へと向かう。
「この方向って、図書館に行くの?」
「うん」
「えーっ。でも図書館に来たときはもう無かったんだけどー」
「気づいたのは図書館の机にバッグを置いたときだよね。だとしたらその途中で落としているかもしれないし」
「あ、そっか。でも、それを探すとしたら……」
「うん。図書館内の移動したところを、隅から隅まで歩いてね。あと聞き込みもしないと」
うう……と、さすがに深玲ちゃんが疲れた顔をみせた。
結局図書館を回ってみても、キーホルダーは見つからなかった。
紗愛ちゃんがいれば聞こうかなと思ったけど、やっぱり今日は来ていないみたいだった。
何の収穫もなく図書館を出る。外はもう日が暮れ始めていた。
深玲ちゃんが口をとがらせる。
「結局、見つけられなかったねー」
「うん。ごめんね」
「はぁぁ。じゃあもういいや。学生課にいってくる。あたし一人でいいから」
「うーん。でも心当たりがなくもないんだけど。ただ僕の勘違いだったら本当に申し訳ないなぁって……」
「……どういうこと?」
美貴は軽く頭をかくと、一拍空けて言った。
「――もしかしたら、そのキーホルダーって、その鞄の中に入っているんじゃないかな。美涼ちゃんの」
その一言に、目の前の深玲ちゃん――美涼ちゃんの表情が明らかに変わった。
「うわっ、もしかしてバレてた? えー、どうして分かっちゃったんです?」
「あ、よかった。当たりなんだ」
美貴はほっとした様子で胸をなでおろした。
大学生っぽく見えなくて当然だ。だって美涼ちゃんは、紗愛ちゃんのお友達、同級生なんだから。
「えーとね、んー。最初のカフェテリアのところかな。さっき見に行った時間帯は空いているけれど、お昼時はすごく混むんだ。丸テーブルも椅子が空いていたら相席になることもあるくらいだから。でも美涼ちゃんの話だと、そんな感じじゃなくて、あれ?ってなったんだ」
「あーなるほど。むむぅ。やっぱり適当に言ったせいで、無理があったかー。もっとこの大学の下調べをしておけばよかったですー」
「うん。仮にカフェテリアが混むことを本当に知らなかったとしても、うちの大学の学生ならみんな知っていることだから、それを知らないってことは大学の部外者なのかなぁって。つまり最初に紹介された人文学部一年生の深玲ちゃん、というのが、結局嘘になるよね」
「なるほどねー。でもどうして、あたしが『美涼』だって分かったんです? その口調だと、さららちゃんとの関係も知っていそうだけど」
「うん。まったくの部外者の人がピンポイントに、探偵サークルの部屋まで来て捜し物を依頼するって普通は考えにくいよね。つまり僕が知っている誰かの関係者かなって」
美貴はそう言うと、少し申し訳なさそうにして続ける。
「美涼ちゃんを見たときの第一印象だけど、大学生にしてはずいぶん子供っぽいなぁって。紗愛ちゃんと同じくらいに見えたんだ。以前、紗愛ちゃんや天馬から、美涼ちゃんの話を聞いたことがあってね。もしかしたらって思ったんだ」
「へぇぇ」
「でも紗愛ちゃんの友達なら、素直に紗愛ちゃんに聞いた方が捜し物も見つけてくれそうなのに、わざわざ偽名まで使って僕のところに来たということは……もしかして、僕を試しているのかなって」
「でも、そこまで分かってたら、どうしてこんな時間までまじめに、嘘かもしれないキーホルダーを捜し物してたんです?」
「えっ? だって今のはあくまで僕の推測だよ。もし本当に捜し物しているのに、手を抜いたら失礼じゃない。ちゃんと真面目に探さないと」
美貴は当たり前のことを当たり前のように告げる。
すると美涼ちゃんは、きょとんとして、それからなぜか相好を崩した。
「んー。そういうことかぁ。うん。何となくさららちゃんが、あなたとお付き合いしている理由が分かったかも」
「えぇっ? お付き合いって……」
「別に、そういう意味のお付き合い、じゃないから」
美涼ちゃんが冷たく言い放った。
「でも僅かな情報で、よく推理できたなぁってちょっと感心です。さららちゃんの話だと、もっと抜けてそうなイメージだったのに」
そう言う美涼ちゃんに向けて、美貴は申し訳なさそうに付け加えた。
「えーと、ごめん。種明かししちゃうと、さっきの推理、最初の部分は全部後付けで適当に合わせただけなんだ」
「――はいっ?」
「実は僕、もともと美涼ちゃんの顔、知ってたんだよ。いつか紗愛ちゃんにスマホで写真を見せてもらったことがあってね。最初サークル室に来たときから、どこかで見たことあるなぁって思っていて。で途中で気づいて、あ、これってもしかして――って」
あはは、と美貴が笑った。
それを前にして、美涼ちゃんは大きくため息をついた。
「――本当にこんな人でいいのかなぁ」




