ss ~ 友達
「お前、友達いないだろ」
「……は?」
放課後。紗愛がいつものように隣接する大学図書館で本を読んでいたら、いつものように柳さん――ではなく、どこからともなく現れた南郷さんにそう言われた。
出会ったときから敵視されているような印象だけれど、第一声がそれなのは、さすがにどうなのか。
紗愛が呆気に取られていると、南郷さんが続けて言ってきた。
「放課後、高校の友人といる姿を見ていない。美貴から聞いているが、ほぼ毎日、ここで一人で本を読んでいるようじゃないか」
「典型的な統計の誤りですね。柳さんとは大学の図書館でしか会う機会がないからそう見えるだけですよ」
紗愛はきっぱりと言い切った。
「それに放課後、カフェでお茶したりお喋りしたりする相手が友達というのなら、すぐに呼ぶこともできますが?」
「ふん。口で言うだけならいくらでも可能だな」
「そうですか」
紗愛はスマホを取り出すとメッセージを打ちまくった。さすがに現役女子高生だけあって、素早い。
南郷さんは無言で紗愛の前の席の椅子を引いて腰掛けた。どうやらメッセージを送った相手が来るまで待つつもりのようだ。
だが彼が座ってほとんど間もなく、図書館に陽気な声が響いた。
「やっほー。さららちゃん、来たよー」
「……って、おい、早いな」
紗愛とほとんど背格好の変わらない、ツインテールの少女の登場に、さすがの南郷さんもあっけにとられた様子だ。
「そりゃもぉ、言われた通り三分以内に来ないと、握られている秘密をばらされちゃいますもん!」
「…………」
南郷さんが何か言いたげな視線を紗愛に向けた。
紗愛はその視線を無視して、淡々と語った。
「彼女は荻久保美涼さん。クラスメイトで友達です。この大学の目の前にあるマンションに住んでいるんですよ」
「はい。あたしはさららちゃんに忠実だから、呼ばれたらどこにでも来るよー」
美涼は緩いTシャツにハーフパンツという、部屋着のまま抜け出してきたような格好だ。本当に急いで駆けつけてくれたようだ。
「……おい。これ本当に『友達』なのか?」
「はい。そうですよー。さららちゃんに弱みを握られていて、言いなりでも、ちゃんとした友達ですー」
「……おい」
「それくらいにして。本気で信じちゃうでしょ」
紗愛がぺしっと美涼にツッコミを入れた。
あはは、と美涼が笑う。愛嬌のある笑みだった。
「ごめんごめん。ねぇねぇそれより、せっかく来たんだし、ここのカフェテリアでなんか飲もうよ。先に行って席とっておくねー」
「うん。私もこれ片づけたら行くね」
紗愛が本を整えてうなずいた。もっともその頃には、すでに美涼はぴょんぴょん跳ねるようにして図書館を後にしていた。図書館では静かに、と文句言う暇もなかった。
紗愛は軽く息を吐くと、南郷さんに向き直って言った。
「分かっていると思いますが、あれ、彼女なりの冗談ですからね?」
「……そうなのか」
「ええ。ああ見えて、美涼ちゃんってよく気づく子なんですよ。今日も呼んだ理由は何も書いていないし言ってもいないんですけど、私と南郷さんの様子を見て、何となく悟ったんでしょうね」
紗愛が感心した様子で答えた。
その表情は、本人は気づいていないだろうが、いつにもなく優しいものだった。
「悪かったな。変なことを言って」
「え」
南郷さんの口から意外な言葉が出て来て、紗愛は思わず聞き返してしまう。
第一印象が悪かっただけに、ちゃんと謝ることが出来るんだと、それだけで感心してしまった。
そんな失礼な紗愛の内心を知ってか知らずか、南郷さんがばつが悪そうに続ける。
「美貴の奴が、直接口では言ってないが気にしている様子だったからな。それで、ついな」
その南郷さんの様子からだと、紗愛のことを気遣ってというより、柳さんを安心させるために、あえて聞きにくいことを直接紗愛に聞いたようだ。
もしかすると、顔合わせのときから紗愛に敵対的だったのも、柳さんが何度も南郷さんの前で「紗愛ちゃん、紗愛ちゃん」って話していたのが面白くなかったからかもしれない。
つまりそれって……とそこまで考えて、紗愛は変な方向に想像がいっちゃいそうなので自重することにした。
代わりに紗愛は少し頬を緩めて、南郷さんを安心させるように言った。
「柳さんの前でも、普通に友達や学校の話もしていますので、たぶん大丈夫だとは思いますよ。けどもし心配なようでしたら……」
いったん言葉を区切って、紗愛は悪戯っぽく笑みを浮かた。
「せっかくですし美涼ちゃん以外も呼びましょうか? ――弱みを握っている子は、まだまだいますので」




