6話~お姫様と王子様
「恋が始まらない」は毎週水曜日21時更新です。
ここで、ふと冬馬の頭の中に、青葉高校での入学式の日に起こった嫌な出来事が脳裏をよぎる。
ざっと見たところ幸い、花園は右の足首を抑えて、苦い表情を浮かべながら痛みを耐えるのに夢中で、冬馬に気づいている様子はない。という事はこのまま無視して来た道へと戻る事ができる。
「……ずずっ、ずずっ」
いや、たとえ冬馬の目の前にいる人が苦手な人だとしても、困っているところを助けるというのが人間としての人情なはずだ。もしここで花園を無視して来た道へと戻るとすれば、自分は人の道を外れた悪魔としての肩書を背負って、このさき後悔しながら生きて行くことになるかもしれない。
今回だけ。今回だけは我慢しよう。この出来事が終われば今度こそ花園と関わる事がないはず。
(……はぁ)
冬馬は心の中で溜め息を吐きながら自分にそう言い聞かせて、さり気なく話しかけることにした。
「……花園、どうしたの?」
話しかけられてようやく冬馬の存在に気付いた花園は、驚いたようにびくりと身体を震わせると、泣き顔を見られたくなったのか、すぐにこちらに背中を向けて顔を伏せてしまった。
やはり花園にとって自分は眼中にない他人以下の存在で、こんな存在の奴に助けられると人気者のプライドが傷ついてしまうのだろうか。結局は一生、他人のままか。
再度心の中で溜め息をついた冬馬は、少しでも花園を助けようとした自分の善意が馬鹿馬鹿しく思えてきて、元来た道に戻ろうと思って背を向けた時だった。
「足を……、挫いて……」
心臓の鼓動がどくんと大きな波を打つ。
徐々に加速する心拍数がばれないように、平常心を装って後ろを振り返ると、赤く腫れた足首を抑えた花園がこちらを見ていた。
「……歩けるの?」
「いや……、歩けない」
これはどうしたものか。不運な事に、花園は冬馬が今いるところより少し急な崖の下に倒れているので、自分が崖を降りて助けに行くしか方法はない。そこまでは大丈夫だと思うが、問題はどのようにして救出するかだ。
肝試しを開始する前の純の話によると、「ギャルゲーの選択肢で転んだ女性を介抱するには、お姫様抱っこが無難」と言っていたが、スクールカーストの頂点に立つお姫様をお姫様抱っこするというほど、冬馬は大層な身分ではない。それ以前に、「え、キモいんだけど」と言われて軽蔑されるだろう。
冬馬はそれならこの方法しかないか、と思って足場に気を付けながら崖を降りて行った。
「花園……、おぶるけどいい?」
「……うん」
一瞬、というか数秒返答に間があったが、多分花園も何らかの決意をしたのだろう。お姫様を助けに来たのがクラスで空気なオタクのような男子で申し訳ないが、他に頼れる王子様がいないので仕方のないことだ。
「ちょっと体起こして」
花園は足首に当てていた手をどけて、冬馬が背負いやすいよう言われるがまま両手を広げた。
「よいしょ、……ん? 軽っ。あ、ごめん」
「別に……大丈夫」
冬馬は今まで女子の身体を背負った事がないので、どれほどの重さなのか想像もつかず、意を決して足腰に力を入れたつもりだったが、発泡スチロール何個か分の重さと変わらないような気がした。
それにしても、あまりにも体重が軽すぎて、つい思ったことを口走ってしまった。それと背中に柔らかい弾力のあるものが当たっているような気もするが、そのことばかりに気を取られていると、数分もしない内に理性が吹っ飛んでしまいそうなので、目の前の崖を攻略することに集中した。
「花園、ここ登るから落ちないように気を付けて」
花園はこくりと頷くと、わざとやっていると思うほどにいっそう身体を寄せてきた。
うっ、と口から言葉が出そうになるが、冬馬はそれを堪えて目の前にそびえる崖に足を掛けた。
心臓の鼓動が花岡に聞こえていないだろうか。その疑問だけが脳内をぐるぐると駆け回る。意識すれば意識するほど気を取られ、足場を選ぶ判断力が弱くなる。
「登るからね」
そんな思考の中、次の足場に足を掛けた時だった。
「うわっ!」
体重をかけた瞬間、突然足場が崩れて、花園を背負った冬馬は空中に投げ飛ばされた。
(花園……!)
後ろに倒れる身体を何故か無意識に、無理やり自分が地面につくように方向転換させた冬馬は、そのまま全体重をお腹に乗せながら地面と衝突した。
「ぐぁっ……」
両手に鋭い衝撃が走ると同時に、掛けていたメガネが一瞬にして宙を舞う。
「水城!」
お読みくださってありがとうございます。段々寒くなってきた頃なので、風邪をひかないように気を付けて下さい!
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