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恋が始まらない《本家》  作者: 北斗白
秋〜Fall〜
37/37

37話~変化と兆候

「恋が始まらない」は現在、月・水・土曜日の三日更新で21時更新です。

前回ちらっと言っていたように、一日の内に何本か更新することになりました。


 二日目となった修学旅行は、それぞれのグループに分かれて京の町を自主研修することになっており、冬馬は球技大会の時のチームメイトと一緒に瓦町を観光していた。

 居心地の悪い学級単位を離れたメンバーたちは、他の集団から離れると人が変わったように目を輝かせて満喫しており、「こいつら本当にクラスで喋らない地味男たちなのか?」と疑問を抱く程だった。


 「みんな! 見てみてあれ、めっちゃ美味しそうじゃない?」

 「おい……また食うのかよ……」


 純が心を弾ませて指差した先には、風雅さが溢れる抹茶専門店が佇んでいた。

 現在の時刻は三時を過ぎた辺りで、今思えば午前中から行動を始めているが「抹茶」系統の食べ物しか口に入れていないような気がする。

 だがやはり抹茶は京の町の特産品というだけあって、自分たちの住む町とは味も風味も何から何まで別物と思えるほどに格別だった。冬馬は今日まで抹茶を美味しいと思った事はなかったが、今日の一番最初に食べた「抹茶ヨーグルトパフェ」が喉元を通り過ぎるごとに胃の中が喜ぶほど美味で、他の京の抹茶のお菓子を食べるごとに気づいたら好きになっていた。


 「まぁ、せっかくだから抹茶のお菓子食べつくすか」

 「……それもアリだね!」


 結局その日は抹茶巡りツアーで終了し、翌日の東京観光やら夢の国などを楽しんでいるうちに、ふと溜め息をついた時には、冬馬が乗車している飛行機が地元の国際空港の滑走路を走っていた。

 

 (……もう終わっちゃったな)


 本心で言うならば行きたいと思っていなかった修学旅行。高い金額も絡むので、母には「別に俺は行かなくても良いから」と言っていたのだが、「一生の思い出作り」と押し切られて参加してみて、心底修学旅行に参加してよかったと思う。

 飛行機から降車すると、別の都とは一風変わった懐かしい匂いが鼻孔を掠めて、「ああ、帰ってきたんだな」と一層考えさせられた。

  

 「冬馬、それじゃまた学校でね!」

 「うん、じゃあね純」


 バゲージクレームから一足早くキャリーケースが出てきた純は、冬馬に手を振って帰宅を待っている母の元へ行ってしまった。

 それからぽつり、ぽつりと周囲の生徒が各々の荷物を回転台から受け取ると、次第に人の影が消えていってしまった。


 (これ、荷物来ないんじゃないか……?)


 その疑問が浮かびあがってきた頃に、目の前のターンテーブルから冬馬の荷物が顔をだし、無事に冬馬の手の中へと戻ってきた。

 改めて辺りを確認してみると、運悪く荷物が遅く出てきた冬馬は最後の順番の方で。その場に残っていたのは自分と……。


 「あ……あの、水城」


 自分の名前を呼ぶ懐かしい声に驚いて息を呑む。

 周りを見渡した瞬間に視線が合ってしまったのは、自分と同じくキャリーケースが遅く出てきてしまった花園だった。

 もうとっくに帰宅をしたのかと思っていたが、まさか最後まで残っているだなんて想像だにしなかった。


 「……お疲れ様、またね」

 

 淋し気に、弱った小鳥の様な小さな声を聞き、冬馬は喉が詰まりそうだった。

 ……どうして。自分の事を悪く言っていて、対極な立場にいる存在のはずなのに、そんな瞳で自分を見つめるんだ。どうして、華やかでいつも楽しそうに学校生活を過ごしていたのに、あの日から水を失って萎れてしまった花のような人間になってしまったんだ。

 などと色々声に出したいことがあったが、その感情はぐっと堪えて冬馬は別の言葉を口に出した。


 「花園もお疲れ様。またね」


 キャリーケースを手に取った花園に軽く手を振り、扉を開けて母と妹たちが待っているフロントへと向かう。

 

 「お兄ちゃん、おかえり……」

 「兄ちゃん、お土産買ってきた?」

 「ああ、勿論。ただいま」


 美月と美陽、母にはそれぞれ柄は違うがお揃いのキーホルダーと、別で薄い餅の生地に包まれて中に生チョコが詰まっているお菓子、京の少し値段が高めな玄米茶を買ってきた。

 手土産を見せると三人とも喜んでくれて、その笑顔が眩しくて修学旅行の最中には無かった心地よさが胸に染みた。

 いつか、家族で旅行に行ってみたい。冬馬の帰還を待ってくれていた家族を見ていると、何故だかそんな感情が込み上げてきた。



 色々な思い出を胸にしまう事となった修学旅行が終わり、もうすぐ雪が降る季節が迫ってくるといったところで冬馬は熱を出し、学校を欠席して毛布にうずくまっていた。

 いくつか思い当たる節があるが、恐らく風邪のひきやすい季節の変わり目という事柄に、修学旅行のような度重なる環境の変化が加わって、自分の体内に最悪の化学変化が発生してしまったのだろう。

 

 「冬馬ー! ちゃんと薬飲みなさいよー?」


 リビングから母の声が聞こえて身体を起こそうとするが、自分にだけ重力が過剰に働いているような感じがして上手く身体を起こす事が出来ない。

 今の母の声量でも頭の中に響いて、ズキンと鈍い痛みが脳内を駆け回っているようだ。


 (まいったな……)

 

 周囲の家具を利用して何とか立ち上がろうとしたが、頭が安定していないためか少し歩いただけでふらふらになって、まともに行動できそうになかった。


 (寝てるか……)


 生憎、長旅の疲れも完全に癒えたわけではないので、身体を十分に休めるせっかくの機会としてもう一度眠りにつくことにした。

 もし、久しぶりに学校に行ったら何か教室内の環境が変わっているだろうか。出来る事なら何事もなく平穏でいて欲しい。そんな期待を込めながら冬馬はゆっくりと瞼を閉じた。


 次の日の朝、自然と身体が軽くなって熱も引いていたので、案外早く治るもんだなと自分の自然治癒能力に驚いた。

 身支度を整えてから、暫くぶりに学校へと向かう。教室の中に入ると純を含む自主研修のグループで一緒になったメンバーたちが「おはよう」と挨拶を交わしてくれて、久しぶりの会話が何だかこそばゆかった。

 修学旅行前には話す事もなかったそれ以外のクラスメイトも、何故か自分に挨拶をしてきて、あの日教室で冬馬の事を悪く言っていたグループの長篠ながしの遥香や、花園と仲がいい望月綾乃まで声を掛けてきたものだから、突然の事に理解が追い付かず狼狽してしまった。


 (なんかあったのか……?)


 その懐疑はドアをガラガラと開ける音で一瞬にして掻き消されてしまった。


 「おっ! 良いねぇ香織、似合ってるよ!」

 「そ、そうかなぁ」


 長篠の絶賛に嬉しさを隠しきれない様子で、花園は頬を赤らめながら口元をほころばせた。

 どうやら花園は髪形を変えた様で、ふわふわにカールをかけた明るめの栗色から全部変わって、暗めなブラウンに長いストレートといった劇的なイメージチェンジを完遂させていた。

 席に着いた花園は間もなくして生徒に囲まれてしまい、「めっちゃ似合う! 俺こっちの方が良いなー!」とか「私もこっちの方が清楚って感じがして凄く良いと思う!」などと、男女関係なく褒め称えられていた。が、当の本人も嬉しがる素振りは見せているものの、彼女の瞳は空港で話したときに抱いた感情のものと変わっていない様に見えた。


 「花園さん、髪型変えたんだね」

 「そうみたいだね。これ以上モテてどうするんだろうな」


 正直なところ自分も教室に入ってきた花園を見てドキっとした。だが学校一番の美人が印象を変えるとなれば、きっと多くの男子生徒も同じ感情を抱いていることだろう。

 冬馬は教室に設置されている掛け時計で異国を確認してから、持っていた自分の荷物を机の中にしまい、授業の道具を机上に出してから読書を始めた。

お読みいただきありがとうございます。

不確かな情報で申し訳ありませんが、「恋が始まらない」は今日の27、30の二日間の内に一話だけではなく、何本か投稿して、もしかしたらぎりぎりの31日にも投稿するかもしれませんので、どうかご了承ください。

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