25話~困惑と冷水
「恋が始まらない」は現在、月・水・土曜日の三日更新で21時更新です
ギプスをしていない方の手で教室のドアを開ける。まだ足に痺れを感じて少々歩きにくいが、退院日直前に松葉杖が外れたので、いかにも重症の人みたいな見た目は回避する事が出来た。
自分の机へと辿り着き、鞄の中の荷物を机の中に移動させていると、自分より少し遅れて教室に入ってきた純が真っ直ぐこちらに向かってきた。
「冬馬! ずっと心配してたんだよ。ごめんね決勝戦負けちゃって」
「いや皆頑張ったし、決勝まで行けたのも凄いことだよ」
お見舞いに来て呉れた花園から聞いた話だが、球技大会の準決勝が終わって冬馬が救急車で病院に運ばれると、純たちは自分がいない状態で決勝戦に臨むことになった。
だが準決勝に命を懸けてプレーしたような疲労感が当然解消される訳もなく、それに加えて冬馬の欠番も相当な痛手だったようで、決勝戦はボロボロに負けてしまったらしい。だが相手は同じクラスのAチームで、学校初の二年生で同じクラスのAとBチーム対決が大きな見出しになったと聞いた。
「それでさ、言いたかった事なんだけど……放課後一緒に駅近くの喫茶店に行って欲しいんだ。そこで話したい」
「あ、ああ……良いけど」
純が言う「話」とは、球技大会の時に純が「終わってから話したいことがある」と言っていた事だろう。いつもふわふわしている純がこんなにも改まって言う事に全然想像もつかないが、それほど大事な話なんだろう。
球技大会の日から一週間くらい経ってしまってずっと待ちぼうけを食らった状態にあるので、早く放課後になって欲しいものだ。
「それと、冬馬。学校来て何か変わった事ある?」
「んー、特に何にもないかな。何かあったの?」
「いや、何にもないなら大丈夫」
純はそう言うと、いつものニコニコした表情に戻って、自分の席へと戻っていった。
変わった事と言っても、同じクラスの生徒は退院した人間に対して「久しぶり」とか「大丈夫?」とか気を使ってくれるものなのだろうけど、冬馬が学校に来てからクラスメイトに一言も話しかけられていない。
だがそれは冬馬がクラスの中でスクールカーストが一番下の部類に入っていて、いつもの日常と変わっていないため普通の事だと思うが、球技大会を共に戦った仲間たちでさえ話しかけてきてくれない。
(……まあ、考えすぎか)
冬馬は一時間目の教科に使用する教科書と資料集を机の上に上げて、朝のHRが始まるまで新しく購入した小説で読書を始めた。
結局授業が始まってから四時間目の最後まで、誰とも話さないまま昼休みを迎えてしまった。
「冬馬、ご飯一緒に食べよう」
「良いよ……あ、今日弁当忘れた。ごめん純、俺学食に行ってくるから他の人と食べてて」
本来冬馬は学食で昼ご飯を済ませているが、純が一緒にご飯を食べたいという事で週の水曜日だけ弁当を持ってくることになっている。
自分が弁当を忘れたことを伝えると、純が「僕も学食に行くよ」と言ったが、それはせっかく弁当を作ってくれた純の母親に失礼だということで丁寧に断った。その代わり明日一緒に食べる約束をして食堂へと向かった。
冬馬は学食が無料で食べられる権利を持つゴールドピンを持っているので毎日食堂に通っていても問題はないが、純は持っていないので毎日弁当を持参している。
一階まで階段を降りて、廊下の突き当りまで歩いて行くと、食堂の存在を認識させる独特の臭いが冬馬の鼻孔を通過した。
(……今日も適当に済ませるか)
冬馬がいつも購入しているのは「日替わりランチセット」という、食堂で働いている料理人のおばさんたちの気分で毎日おかずが変わるメニューだ。
これを頼むには訳があって、いつも固定された昼食をしていると流石に健康に良くないだろうという事で一応身体に気を使っている。
普段と同様端っこにある席に腰を下ろして間もなくしてからランチセットが運ばれてきた。どうやら今日は麻婆豆腐がメインの中華ランチセットらしい。
「いただきます」
食堂のおばさんたちが作るメニューは正直に言ってどれも美味しい。それも若き時代はどこぞの名門料理店で働いていたのかと思わせるほどだ。
この麻婆豆腐も美味しいなと思いながら箸を動かしていると、複数の男子が話している声が耳に入ってきた。
「はぁーどっかの糞陰キャが球技大会出しゃばっちゃってまじつまんなかったわー」
「それなーしかもそいつ三年の先輩三人自宅謹慎にしたらしいぜ」
冬馬にも聞こえるように話すのはわざとやっていると自分でもわかる。その先輩を自宅謹慎したどっかの糞陰キャっていうのは間違いなく自分の事だろう。
あのサッカー部の先輩たちが自宅謹慎になったのは初耳だが、冬馬を間接的に病院送りにしたのはあの人達なので、恐らくその場にいた証拠人たちが言ってくれたのだろう。
「くっそ意味わかんねーわ。あ、そこにいるの糞陰キャ君じゃね?」
「あー! 本当や!」
こういうのは無視した方がいい。関わったら面倒な事に巻き込まれてせっかくの落ち着いた昼食の時間が無駄になる。絶対に目を合わせてはいけない。
「おーい聞いてんのー?」
「ちょっとこっち向けよ糞陰キャ君ー!」
意識すれば意識するほど腹が煮えくり返ってくる。何だよ「糞陰キャ君」って。あまりお互いの事を知らないからって変なあだ名で呼びつけやがって。こんな風に食堂の場を乱されたら他の人にも迷惑がかかるだろ。
冬馬はとうとう堪えていた我慢が解かれて、後ろからものを言ってくる人たちの方を振り向いて声を荒げないように言った。
「何ですか」
振り向くとそこにいたのは、クラスメイトの伊達と他のクラスの男子生徒二人だった。学校生活を過ごしてきて今まで話したこともないのに罵倒されるなんてますます意味が分からない。
「何ですかじゃねーんだよ。花園にも近づいてちょっかいかけてるらしいじゃねーか!」
伊達は冬馬のトレーに乗っていた冷水が入ったコップを持ち上げると、そのまま冬馬の頭上に勢い良くぶちまけた。
それと同時に、髪と着ていた制服が水浸しになってしまい、おまけに冬馬の席の周りまでに被害が及んでしまった。
「いいか、もう二度と花園に近づくな。お前みたいな陰キャが花園の近くにいるだけで全校生徒が腹が立つ」
伊達は自分にそう吐き捨てると、嘲笑している連れの二人と共に食堂を出て行ってしまった。
ここで朝に純が言っていたことが脳裏をよぎる。
--学校に来て何か変わった事ある?
それに嫌に冷たいようなクラスの雰囲気。これでようやく全ての事に合点がいった。
どうやら気のせいではなかったようだ。どこが情報発信源なのかは知らないが、冬馬の事を三年生の先輩を自宅謹慎させた奴と間違った嘘をばらまき、それを知ったクラスのみんなが自分の事を避けている。
(くそ……冷てぇ)
散々な罵倒を浴びせられたあげく冷水を被せられるのは、いくら耐えようとしても心に来るものがある。あんな行為をされては身もプライドもボロボロだ。
冬馬は周りの視線から目を背け、食堂のおばさんから借りた雑巾で水浸しになった席の周辺を掃除して、びちゃびちゃの髪と服を着たまま保健室へと向かった。
途中他の生徒からひそひそと声が聞こえたが、そんなものに気にする余裕もなく、ただただ頭が真っ白のまま足を動かした。
お読みいただきありがとうございます。はい、段々とストーリーがシビアになってきてしまいました。。。
今後どうなっていくのか、どうかご期待ください。
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