24話~訪問客
「恋が始まらない」は現在、月・水・土曜日の三日更新で21時更新です。
(……ん、ここはどこだ?)
眩い光に眉を細めながら瞼を開くと、視界いっぱいに広がる真っ白な背景に、煌々とした白光を輝かせた蛍光灯がじりじりと音を立てていた。
首だけを動かして周囲を確認しても、カーテンのような仕切りで全方位囲まれているので詳しい状況把握をすることもできず、まるで病室に閉じ込められているような風景に戸惑うしかなかった。
(……ん、待てよ。病室に閉じ込められている……?)
試しに起き上がろうとしたが、全身に上手く力が入らないのを感じて確信した。自分がいる場所は病室のような場所ではなくて、確実に病室のベッドの上だ。
あのとき勢い余って飛び込んだせいで、そのまま階段から転がり落ちてしまった。その時から記憶がなくて気がついたら病室のベッドでで寝たきりになっている。恐らく救急車か何やらで運ばれて今に至るのだろう。
言う事を聞かない身体で脳だけを動かして頭の中を一から整理していると、冬馬を閉じ込めている薄橙色のカーテンがゆっくりと開いた。
「に、兄ちゃん……? お母さん! 兄ちゃんが目を覚ましたよ!」
「冬馬……!」
ドラマでしか見たことのないような出来事に言葉すら出せないでいると、カーテンを抜けて飛び出していった美陽が母さんと美月の手を引いて戻ってきた。
「うぅ、兄ちゃん、死んだかと思ったぁ……」
「良かった……」
美陽と美月は安堵したのか、その場にへたり込んでベッドに顔を伏せるとしゃくり上げの声を漏らして泣き始めた。
たかが球技大会の出来事で二人を泣かせてしまうくらい心配をかけていたと思うと、自分の不甲斐なさが込み上げてきて遺憾に感じる。もしあの時もっと早くボールに追いついていれば、妹たちをこんなに悲しませずに済んだかもしれない。
「冬馬……三日も目を覚まさなかったのよ? 本当に死んじゃったかと思ったわ」
実の母親が息子に対して「死んじゃったかと思った」と言うのはいかがなものかと思ったが、そんな事よりも三日も飲まず食わず寝たきりの状態で生活できていたことに冬馬は驚きを感じた。
それに意識こそなかったが、三人の言動からして一歩間違えれば本当に死んでたかもしれないと思うと血の気が引ける。だがもし自分もボールに気づいていなくて、今入院しているのがあの女子生徒だったと考えると、心配してくれた三人には申し訳ないが、ここにいるのが自分で心底良かったと思う。
「冬馬、もう夜ご飯の準備しないといけないから美陽と美月連れて帰るけど、病院に迷惑かけないようにね。それじゃあまたくるからね」
「え……あ、うん」
母さんは美陽と美月の手を引いて、さっさと病室から出て行ってしまった。バタンとドアが閉められ、病室はよりいっそう静まり返ってしまった。
(……え、何すればいいんだろう。ていうかいつ退院できるんだ?)
無事に目を覚ます事が出来たのは良かったが、母さんたちが帰ってしまっては誰と話すことも何をすることもできない。しかも自分の怪我の症状も分からなければ退院日だって知らされていない。
少しだけ動かせる左手の力を振り絞って仕切られていたカーテンを全開すると、病室のベッドに澄み切った橙色の夕陽が差し込んだ。
(まあ……なんとかなるか)
次に母さんたちが来た時に色々聞いてみよう。ついでに勉強道具か何か持ってきてもらうか。
冬馬は考える事を放棄して掛け布団に潜り込み、ふかふかの生地に肌を埋めているうちにいつのまにか眠りに落ちてしまった。
(……ここだよね)
彼と仲がいい松田君に、彼が入院している病院と病室を教えてもらって部屋の前まで来たのは良いが、どういう表情ををして会えばいいのだろう。
「おー! 水城、元気そうだなー!」と明るく振る舞っても、病院内でのテンションを履き違えてるように感じる。でも「大丈夫か……水城」と暗い感じの態度を取っても、もし水城が物凄く落ち込んでいるのだとしたら却って場が静まり返るだろう。
それ以前に何で私はただのクラスメートであるはずの人間の為にお見舞いに来ているんだろうか。今までの人生でお見舞いに来るのは初めてなもので、何を持ってきていいのかわからず、ドラマの病院のシーンでよく見かけるリンゴをここに来る途中で買ってきた。
だがよく考えると、包丁か何かでリンゴの皮を剥かないと食べれないのではないか? 考えれば考えるほど頭が混乱していくのを感じるが、とりあえず平然とした感じで水城に話しかけよう。
香織が気持ちを落ち着かせようと深呼吸をして、病室のドアに手をかけたその時だった。
「……花園? なんでドアに向かって深呼吸なんかしてるの?」
後ろから本人が登場するという心臓が飛び出すほどの予想外な展開にギクリと身をこわばらせる。
「あ……え……いや、これは違くて。なんでそんなところにいるの?」
「トイレ行ってた」
こっちの気も知らないで何てマイペースなんだ、と思いながら気持ちを落ち着かせる。そして出来るだけ早口にならないように注意しながら、リンゴが入った袋を差し出して言った。
「これ……お見舞いに来たよ」
「ありがとう。時間あるなら少しゆっくりしてく?」
「うん」と言うと、水城はギプスをしていない方の手でドアを開けて病室の中へと入ると、すぐにベッドの上に腰を下ろした。香織はベッドの傍に立て掛けてあった来客用の椅子に腰を掛けた。
少し周りを見回すと、すぐ傍にある丸形のテーブルの上に、「星と少女」という小説と綺麗に纏めてある資料のようなものが目に映った。
「この資料なに?」
「ああこれね。俺が書いてる小説の原稿なんだけどストーリーが詰まってるんだよな」
まず水城が小説を書いているという事実が初耳でその趣旨を聞いてみると、どうやら水城が所属している小説サークルという部活動のきまりで、今年中に一冊の小説を手掛けなければならないらしい。
「それでどういう小説書いてんの?」
「……ラブストーリー」
「……ぷっ、はっはっは!」
水城が口をとがらせて「ラブストーリー」なんて言うものだから不覚にも爆笑してしまった。真面目そうな顔して勉強もできると聞いていたから、てっきり時代物や何かインテリジェンスを感じさせる作品を書いているのかと予想したが、全くを持って予想に反してのラブストーリーときた。
こんなに笑うのは失礼かもしれないが、面白すぎて笑いのツボが収まりそうになかった。
「くじで引いちゃったんだもん。何とかして完成させないとないんだよ」
「そっかー、大変なんだね」
哀愁を滲ませた物言いをしたが、内心は笑いが収まっていなかった。
「いつ退院できるの?」
「明後日。なんか体中打撲だけで済んで、右手骨折しただけだから案外早いらしい」
よくあんなに勢い良く階段から転がり落ちて打撲と骨折だけで済んだものだ。正直階段に向かって飛び込んでいったのは凄く驚いたが、駆け付けた時に一年生の女子高生が二人いるのを見て、「この子たちを助けたんだ」と理解した。
勉強合宿の時もそうだが、良くもまぁ全然話したことがない人に親切以上の事を出来るのかなと不思議に思う。ただそういうところが水城らしくて良い人だなぁと思う。
「じゃあ長居しちゃ悪いし私そろそろ帰るね」
「うん、わざわざありがとうね。あ、この本読む?」
水城は小説の原稿に埋もれていた「星と少女」という本を手に取って自分の前に差し出した。
「読み終わったんなら借りようかな」
「この本何回も読んでるから。今度読み終わったら返してよ」
水城から小説を受け取って、持ってきたトートバックの空きスペースに突っ込む。
自分は本をそこまで読むほうではないが、水城が「何回も読んでる」ということなのできっと面白いのだろう。
「それじゃ、お大事に」
「ありがとうね。気を付けて帰って」
水城に手を振り病室をあとにする。エスカレーターを下っている最中で、「さっそく帰りの電車の中で読もうかな」と心の中で呟き、その感情の中には本に対する期待が膨らんでいた。
お読みいただきありがとうございます。今回もストーリーの都合上文字数が多くなってしまいました。現在コンテストに向けて絶賛頑張り中ですので応援よろしくお願いいたします!
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