23話~二つの結末
「恋が始まらない」は毎週水曜日21時更新です。
今回は区切りの都合で文字数が多くなってしまいました。でも良い場面なので最後まで読んでくれると嬉しいです。
(……ここで自分が先制点を取れば楽になるはず)
それにこの試合に勝てば待ち望んでいた決勝戦へと駒を進める事ができる。
球技大会が始まる前までは面倒くさい行事のうちの一つだ、と思って去年は手を抜きながら参加していたが、今年の球技大会は気が付けば一生懸命にプレーしている自分がいる。
冬馬は自分のチームの方を振り返り、全員の顔を見て「絶対に点を取ってくるから」と「ありがとう」の二つの言葉を心の中で呟いた。
そしてボールがセンターサークルの中央にセットされると、ホイッスルの合図と共に相手ボールから試合が再開した。
「よっしゃー! 早くボール奪って冬馬に繋げるぞ!」
「おおー!!」
試合開始早々、冬馬の味方が相手のパスミスを奪うと、他のチームメイトと連携してパスを交換しながら前線へと攻撃を仕掛けていった。
(……みんな)
チームメイトたちは口々に、「サッカーが苦手」とは言ってたものの、センスがあるのか勉強ばかりしているおかげで学習能力が高いのか、今日の三試合目にして、明らかに一回戦目とは違うボールタッチを身につけていた。
だから今この瞬間となっては冬馬が中心にならなくても、しっかりと冬馬以外のチームメイトたちだけでボールを前線に進める事ができている。
「冬馬ー!」
中盤の選手からの相手のディフェンスラインの裏を狙ったロングパスが出された。距離が長い分少々粗削りに感じたが、ほぼ冬馬が要求していたスペースに蹴り込まれている。
「させるか!」
声のした方に目を向けると、自分に向かってマークが迫っているのに気が付いた。このままだと身体を寄せられてチームメイトが繋いでくれた後半最初のチャンスを無駄にしてしまう。
(……いや、そんなことはない)
所詮その敵がサッカー部員だとしても、こっちは前半に純の作戦でボールに触れてもいないので体力が有り余っている。それにチームメイトから厚い期待をされていては、相手がプロのサッカー選手やサッカーの物凄い上手な選手であろうと思いっきりプレーするだけだ。
「……なっ!」
なぜなら、行動で示してくれたチームメイトの思いに精一杯応えるのであれば、それ相応かそれ以上の価値のある行動で示さなければ、同じチームメイトの一員として失礼だからだ。
冬馬は一人を抜き去り、視界に入っている二人の敵を確認した。
「潰せー!」
「おらぁぁぁ!」
何故かはわからないが、相手の次にする行動が手に取るように理解しているような気がする。自分の足をめがけたスライディング、もう一人はその人が突破された時のカバーリング。
「やばい! キーパー!」
そしてボールを奪おうとしてゴールの前から飛び出してくるキーパー。しかも心なしか相手の行動が遅く動いているように感じる。
冬馬はボールが綺麗なアーチを描くように、すくい上げるようにしてゴールへと放った。
相手ゴールキーパーの頭上を越したボールは、何回も弾みながら無人のゴールへと向かって行き、白いゴールネットに収まった。
何秒かの沈黙の時間がフィールドに訪れると、念願だったあの音色が鳴り響いた。
「ピー!」
「冬馬ぁー!」
「うわっ!」
フィールドに散り散りになっていたチームメイトたちがゴールを決めた冬馬の目掛けて走り寄ってくる。お決まりのゴールパフォーマンスでチームメイトが抱きついてきたり、髪をくしゃくしゃにされたりしていると、最後に走ってきた純の突進に体勢を崩した冬馬は地面に倒れてしまった。
「冬馬ー! あじがどうぅぅ!」
「……そんなに泣いて喜ぶことか?」
でも、自分が示す事ができた結果に泣いて喜んでくれる友人がいる事はこの上なく嬉しいことだ。
自分の気持ちに素直で、一生懸命で、友だちの為に涙を流す事ができる。こんないい友達を持ったのは生まれて初めてかもしれない。
「前半に純たちがゴールを守ってくれたからだよ。こっちこそありがとな」
少しして純をはじめに、冬馬の事をもみくちゃにしていたチームメイトたちが離れていき、再度各自のポジションへと戻っていった。
仰向けの体勢から見えた空は、球技大会開始直後の晴天とは様変わりして、太陽が隠れてところどころ鼠色の雲が立ち込めていた。
冬馬は背中に付着した砂埃を軽く払うと、駆け足で自分の陣地へと向かった。
「ありがとうございました!」
お互い整列して挨拶と握手を済ませると、冬馬たちは自然にその場で輪を作り、あっけからんとした表情でお互いの顔を見合わせた。
「な、なぁ、俺ら勝っちゃったんだよな?」
「うん。そして次は決勝戦だな」
全員試合の熱が冷めて落ち着いたのか、現在の自分たちがおかれた状況が整理できず、決勝まで駒を進められたことに実感が持てていない様子だった。
それも無理はなく、今日全ての試合のやる気の源が「花園に格好良いところを見てもらいたい」という、よくよく考えてみれば下らないテーマを掲げて勢い任せで試合に臨んできた。
結果としては自分たちが見事勝利を収める事ができたが、Bチームが決勝進出するという前代未聞の出来事に当の本人達でもまだ信じられないのだろう。
「おーい!」
冬馬たちが待機場所に移動を開始し始めると、先ほどまでグラウンドの隅で試合を見ていた花園と望月が手を振りながらこちらに向かってきているのが見えた。
「凄いじゃんBチーム! 決勝も頑張ってね!」
「あ……ありがとうございます」
(……めっちゃ小声じゃん)
どうやら女神の象徴として崇められていた花園が目の前に君臨してしまうと、チームメイトたちは上手く喋る事が出来なくなるらしい。
試合開始前までは「花園様!」と騒いでいたくせに、いざ本人を目の前にした瞬間にたじろいでいるのを見ると、何だか面白く感じる。
「それじ……」
「あーまじ意味わかんね! 何で俺らがあんな奴らに負けなきゃねーんだよ!」
「それなー、くっそだりぃんだけど!」
花園の言葉を遮った嫌な発言の主たちは、紛れもなく先程の試合で冬馬たちに負けた三年生のAチームのサッカー部員たちだった。
どうやら試合で活躍できなかったことと、試合に負けてしまった事で相当の不満が煮えたぎっているらしい。その証拠にシュート並みの威力でパスを蹴り合いながら歩いていた。
(……そこまで怒る事だろうか。それにそんな乱暴にボールを扱ったら危ないだろ)
冬馬たちがどろどろになってがむしゃらにボールを追いかけた結果、ようやくつかみ取った勝利だというのに、Bチームだからという理由だけであからさまに侮辱を受けるのは、大切なチームメイトが否定されているような気がして苛立ちが込み上げてくる。
「何あの人たち……感じ悪っ」
どうやら花園も自分と同じ思いらしい。冬馬たちに聞こえるような大声で悪口を言って、その不満をわざと冬馬たちにぶつけているような意地の悪いやり方。
パスを回しているうちの誰かがミスるぞ……と思ったまさにその時、冬馬の読み通りにそのうちの一人が盛大にボールを蹴り飛ばしてしまった。
しかもそのボールの軌道上には不幸な事に、階段付近で一年生くらいの女子生徒が二人、ボールには一切気づいていない様子でサッカーの試合を夢中になって応援していた。
(あーくそ! 間に合え!)
冬馬は手持ちのものをその場に投げ出して、その女子生徒たちがいる場所に向かって全力で走り出した。
(やばい……! 届かない……!)
恐らく推測では、足で蹴り返すには届きそうもない距離だ。だがもしボールがあの子たちに当たってそのまま階段から落ちたりなんてしたら……いや、そんなことは絶対にさせない。
足を伸ばしても届かないと判断した冬馬は、両足に出来る限りの力を振り絞ってボールに向かって飛び込んだ。
そして宙に浮いた体は頭にボールの感触を残した後、全身に鈍い痛みを残しながら階段から転がり落ちていった。
「……水城!」
だんだんと意識が朦朧としていくなか、最後に耳に残ったのは自分の名前を呼ぶ誰かの声だった。
そしてぼやけていく視界に映ったのは、赤褐色の小さな水溜まりだった。
お読みくださってありがとうございます。自分の小説史上、ラブストーリーでこのようなシリアスな展開になったのは初めてです。さあ、冬馬君は今後どうなるのでしょうか。
北斗白のTwitterはこちら→@hokutoshiro1010
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