10話~別の人種の男子
「恋が始まらない」は毎週水曜日21時更新です。
こうなった経緯をゆっくりと回想した香織は、先ほど彼が言った言葉を脳内で繰り返した。
--花園……、おぶるけどいい?
抵抗力ゼロの自分をおぶって、本ルートとは別の深い茂みのような人目に付かないところに連れていかれたりでもしたら……、いや、それ以前にここで襲われる可能性がないとは限らない。
これまで男子を冷たくあしらって近づけないようにしていたつもりだったが、最後の最後で油断した。
今まで男子に対していい思い出が一つも見当たらず、逆に悪い思い出ばかりが胸の中に募っている香織にとっては、異性に対しての信用など絶対零度の数値に等しかった。
だが……もう、どうでも良いか。私がこれからどうなったとしても、心から心配してくれるのは綾乃くらいだ。
「……うん」
とうとう香織はOKサインを出した。
これは八割以上諦めに近いもので、希望のかけらなんていう甘い思考は存在せず、それだけの覚悟を決めた証だった。
だが決死の思いで覚悟した予想に反して、おぶられたところで何をされる訳でもなく、彼はその先に本ルートがある崖に向かってのっそりと移動を始めた。
(……何もしないのか?)
いや、もう油断はしない。ここで気を抜いて同じミスを犯すわけにはいかない。いくら自分が動けない状態でも、少しくらいの抵抗ならできるはずだ。
「いつでも反撃する準備は出来ているぞ」などと考えていると、前に掛かっていた重心が突然後方に流れた。
(……え)
言葉を発するのも束の間、勢いが増したまま硬い地面に衝突する。かと思ったが、空中で力強い腕力によって方向を変えられ、霞む視界の中最後に映ったのは地面に向かって落下する彼の背中だった。
「水城!」
ばかだ。この男は正真正銘、明々白々ドがつくほどの馬鹿だ。多分卓越した人間観察眼を持っていたとされる、かの有名なシェイクスピアもびっくりするほどの馬鹿だ。
何でこんな自分を庇ったりしたのか。鮮明に思い出せないが入学式の日に彼に酷い事をしたような記憶がある。
それにクラスの中でも全然喋っていないし、助けられる義理がないので全くを持って全然理解ができない。
しかも次に彼が言ったのはこんな言葉だ。
--それより花園、足は?
「それより」って……あほかこいつは。どう見ても顔面から地面に直撃したし、自分の体重が乗っかったうえで落ちていったんだ。しかも眼鏡も盛大に吹っ飛んでいた。
どう考えても彼の方が重症に決まっている。
大抵の人は変な人や意味の分からない行動をする人を見ると、「頭のネジ飛んでんじゃね」とか言うけれど、彼……水城冬馬は良い意味で頭のネジが飛んでいるのかもしれない。
今まで見てきた男子の中では考えられない別の人種の、まだ出会ったことがないタイプの人だ。
これが水城に対しての第一印象だった。
次の日は捻った右足に包帯を巻いて講習に出席した。偶然にも、ルームメイトの中に親が医療関係で仕事をしてるという女子がいたので、保健室から持ってきた包帯を使って応急処置をしてもらった。
帰り際にスニーカーを貸してくれた水城は、誰かから貸してもらったのか変な柄のビーチサンダルを履いていた。
一晩寝てから昨夜の出来事について思い出してみたものの、未だに結構な時間男子と接したのが男性恐怖症の香織からして考えられない。
それに……少し安心したからといって水城の背中で寝てしまうなんて……
(……案外背中大きかったなぁ)
あれ、今私なんて言ったんだろう。慌てて膨らんだ想像に首を振っていると、隣から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……おーい香織ー? あ、やっと気が付いた」
「ど、どうかした?」
「いやさっきからどこ見てるのかなーって。呼んでも気づいてくれなかったから」
「あ……ごめん」
言われて気がついたが、知らない内に汚い文字で埋め尽くされたホワイトボードをそっちのけで、違う方向に顔を向けていた。
自分を庇ってくれた時に吹っ飛んで行ったメガネの縁に、斜め線のような傷がついているのが見えた。
「そういえばその靴どしたん? 来た時履いてたやつと違うよね?」
「あ、あー肝試しの時に靴ダメにしちゃって、偶然持ってきてた靴履いてるんだ」
言葉に詰まりながら喋っていくうちに、自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。
苦し紛れすぎて怪しまれただろうかと綾乃の反応を伺うと、「そっかぁ、運が良かったね」と軽く流してくれた。
一瞬というか息が止まるくらい冷や汗をかいた気がするが、とりあえずこの場を乗り切ることに成功したみたいだ。
結局その日は、他に怪しまれることもなく時間が過ぎていき、あっという間に内容が濃すぎた二泊三日の勉強合宿が幕を閉じた。
お読みくださってありがとうございます。これにて香織・勉強合宿編はお終いとなります。まだ物語が全然進んでいない中、総合評価ポイントをくださった読者の方に感謝いたします。まだまだ物語が続くので長い目でお楽しみください!
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