んっ、喉が乾いてるみたい。
ぐぬぬぬ……忙しい。
絵の具ペタペタ、ルンルンラ♪
むーん。ちょぴっと青が足りないかなー?
筆を置き、青い絵の具を出そうとしたとき。
……むっ?
何か違和感。不快な予感。
伸ばした手を止め、そっと息を潜める。無意識に、ピンと神経を張り巡らせていた。
……泥棒?
部屋の外。家の中に、自分じゃない誰かがいる様な。もしくは、得体のしれない何かがいる様な。
そんな錯覚に囚われる。
……分かってる。気のせい、気のせい。
前の世界で、時折そんな気分になっていた。
昼間。家族みんなが出掛けて一人留守番をしている時、シンと静まり返った家の中。壁を隔てた向こう側、見えない死角に誰かがいるような気がしてしまうんだ。
ピリピリする神経を振り払い、私は【マップ】を開く。
見えないなら、確認すれば良いじゃない!
だって今はさ、魔法という便利な手段があるもの。
……んんーと。よし。ほら、誰もいない。……い?
んんん?
お人形ちゃん達のエリアであるB3に、ひとぉ~つ。畑、倉庫、庭、おーちの集まるB1の、それもおーちの前辺りに固まってる緑の点が、にー、しー、ろ?
ふーむ。みんな集まって何してるんだろう?
途中の絵の具さんたちには魔法かけて、一時的に状態保存をして。
よし、行ってみよーっと。
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「……マスターに相談してみないと、何とも言えませんが……。」
外に出てみれば、そんなイズミちゃんの声を拾う。
んんー?何々ー?何かなー?
「呼ーんだ?」
ひょこっと輪の中心を覗いてみれば、んんー?アサガオ?
一輪だけ青紫色の花が咲いたアサガオは、クッタリと地面に倒れている。
「あぁ、マスター。丁度良い所に。こちらの方がお酒を欲しいそうなのですが。」
こちらの方って……アサガオが?お酒欲しいの?
『おー。頼むわ。』
イズミちゃんに同意する様に聞こえた、疲れたようなおっさんの声。
うん確かに、アサガオの方から聞こえた。
……ってか、あ。今、気付いた。
現在、アサガオを中心に輪を作っているのは、モモちゃん、アカネちゃん、シノブちゃん、コズエちゃん、イズミちゃんの5人。
さっき、緑の点は6つあったじゃん?
お人形さん達は6人いるから、無意識にホタルちゃんも加えた全員がいるんだと思っちゃったけど、よく考えたらホタルちゃんらしき緑点はB3に一つあったじゃんね!つまり6つあった緑点のうち、一つはこのアサガオって訳ね!なーるほど。なんか勘違いしてた。
それでそれで?お酒が欲しいんだっけ。
「んんんー?具体的に何が良いの?日本酒?ビール?ワイン?」
『酒なら何でも良い。早くしてくれ。喉がカラカラなんだ。』
「ふぅん。喉乾いたならお水の方が良いと思うけどねー。」
だって、アサガオだし。植物でしょうに。まぁ、良いや。【クリエイト】っと。
「はい、取り敢えず3つとも用意してみた。」
日本酒は取っ手の無いシュッとしたコップに。
ビールはビールジョッキに。
ワインはワイングラスにしてみた。
並べた3つのお酒。アサガオから伸びるツルが3本、それぞれのコップに伸ばされ絡まり、一度に持ち上げられる。――あれ、全部飲むんだ?まぁ良いけど。
3つのお酒を持ち上げたアサガオは、一輪だけ咲いた花に向かって器用にコップを傾け、1杯、2杯、3杯と飲み干していく。
『……ぷはぁ!うめー。生き返るー!』
生き返るんだ、お酒で。アサガオなのに。
――んー。あれ?何かおかしくない?
何で、数日前に撒いたばかりのアサガオが花咲いてるの?
何でアサガオ、喋ってんの?
何でお酒なんか飲んでるの?っていうかツル、器用過ぎない?
そもそも私、何かがおかしいって事に気付くの遅過ぎない!?
このアサガオが緑点にされてる時点で、何かおかしいじゃん。
それなのに、何でシレッとお酒出してるのかなぁ?
鈍感過ぎるにも程があるよぉ……。うぅ。
『な、なんじゃこりゃぁぁぁ!?』
ひぇっ!ビックリしたぁ。何々??
見れば、朝顔の花は自らのツルを凝視し、固まっている。
それを見て、私はピンと来た。
「ねー、ちょっと場所空けてくれる?」
そう言ってみんなに開けてもらった場所に、姿見を【クリエイト】してみる。
『うぉ?なんだこれ。』
「んー?アサガオがアサガオである事を理解してないみたいだったからー。」
『アサ、ガオ……?』
「これ、鏡だよぅ。自分の姿が見えるの。」
『これが……俺?』
「そうそうー。」
困惑したように、ウネウネと自らのツルを動かし始めるアサガオ。
「マスターぁ!」
「うにゅ?」
「モモにも!モモにも!」
キラキラした瞳で訴えかけてくるモモちゃん。……うー?うー?どうしたのだ?
「モモも、この姿見が欲しいのでしょう。ですがモモ、私に良い考えがあるのでもう少し待ってください。」
「はいなのですー!」
うーん。良い考え?なんだろ。
別に私は、もう一個作るくらい構わないんだけどなぁ。――と。
「……まーすたー♪」
「うぐっ!?」
「ふふふ~。」
背中に飛び乗り、頬擦りされる。……幸せそうね、コズエちゃん。でもでもね。ダイレクトアタックは止めてくれると助かるよぅ、本当。だってね、グェ!?って来るんだもん。毎回毎回、ビックリなんだよ。
「……主。」
コテンと。遠慮がちに私に凭れ掛かって来たのは、シノブちゃん。俯いていて、顔は見えない。
……んー?何々?疲れたのー?
「およ?シノブさん、顔赤いっすよ?大丈夫っすか?」
「う、うるさい!」
顔を覗き込んだアカネちゃんを、シノブちゃんは押さえつけるように抱き込んでしまう。
……えっと。寒いの、かな?顔赤いって言ってたし、熱でもあるのかな。
「むぐぐ。シノブさん、シノブさん、苦しいっす。離してくださいっすー!」
「……あの、えと、えと。寒いんなら早く寝た方が良いと思う、よ?熱、あるんでしょ?」
「……っぅ!!」
謎の小さな悲鳴を残し、シノブちゃんはアカネちゃんを持ったまま消えちゃった。……大丈夫かなぁ。
『……そうか。』
ポツーンと。
諦めた様に響くおっさんの声。
『俺は植物になっちまったのか。』
うーん、うーん。やっぱり?かなぁー。
「ねぇねぇ、異世界トリップ?トラックトリップ?出身ってやっぱ、日本なの?」
『ト……?なんだ?ニホン?』
むーん。
日本からの異世界転生!?なーんて。そう簡単じゃあ無いかぁ。
「一度死んで、その記憶を持ったまま生まれ変わることを『転生』って言うの。……人間だった記憶、あったりする?」
『ふむ……。無い事も無い。だが……。』
アサガオは考え込む様にツルで腕を組んでみせる。
『もしや、この世界に魔を統べる王がいるのか?』
「んー?魔王のこと?それなら居るみたいだよー。だって私達、その為に呼ばれたもん。」
魔王のいない世界なら、何で私達呼ばれたの?って感じだよねぇー。
だってそれなら、わざわざ勇者召喚する必要ないじゃーん?
『ふむ。では、魔族や亜人族の類いは居るのか?』
「んー。それも居るみたいだよ?」
周囲の国に関して、一応はサラッと習ったし。
『妖精や精霊の類いは?』
「うーん。知らないかも。」
『そうか。……では、この世界には“魔法”と言われる、謂わば生命エネルギーを用いて現象を具現化するような技術はあるか?』
「あるんじゃない?スキル?能力?って言うやつ。」
『ふむ。スキルか……。』
そうしてまた、何かしらを考え込むアサガオ。
「ふぅ。ただいまっす!マスター。」
「二人ともお帰りー。」
その時ちょうど、先程消えたシノブちゃんとアカネちゃんが帰って来た。
「もう大変だったんすよー。世界は回るし、首は締まるし。頭が取れるかと思ったっす。」
「あははー。」
頭取れるとか。
なんかぶっ飛び過ぎてて、乾いた笑いしか出ないや。
でもって、やっぱりシノブちゃんは元気ないみたい。俯いたまんま。
……大丈夫かなぁ?寝なくて平気?
『なぁ、ちょっと良いか?……ここが何処だか、聞いても良いか?』
「う?」
何その、『今どこにいるの?』って聞かれて『地球』とか『日本』って答えたくなる質問。……いや、今は違うんだけど。異世界だけども。
むーん、何だっけか。国名?町名?
そういえばこの森って、どんな名前なんだろ?むーん。マップ見れば分かるかなぁ?
と、私がマップを開こうとするその前に――。
『あー、いや。国名だとか地名だとかを聞いてるんじゃない。なんて言うか……この場所は、どういう場所なのか?それを聞いている。答えたくないなら、答えなくて良いが。』
コツコツと、ツルで芝生の地面を叩いて見せるアサガオ。
うーん。うーん?
「このエリアの事?」
『あぁ。恐らくここは地中だ。それなのにここには、こんなにも巨大な空間があり、加えてこの空間はどこか少し妙だ。』
ふぅん。凄いなぁ。
この人きっと、頭良い。
「私が作ったんだよ。私が自由に、好き勝手出来る世界なのー。」
『……ほぅ。それがお前の能力か。』
「うー?違うよ?私の能力は『補助魔法』だもん。」
そういう事にしておこうね。
『ふむ、そうか。……ところでお前、歳はいくつだ?見た目がBBAなわりに、中身はどうもガキくせぇんだが。』
「!?」
――スッと、思考が停止した。
やっとアサガオ登場。
ここまで長かった……。




