んっ、お月見だよ。
「ここに居ましたか。」
「うひゃあ!!」
“月の見える丘”エリア。
天井という名の夜空には真ん丸く大きな月が浮かび、時折夜風が吹き抜ける。そんな全体的に薄暗い部屋で、突如背後の暗闇から声が掛けられた。
聞き覚えのあるその声にホタルちゃんは悲鳴を上げ、私の身体にピタリと密着する。
振り返ってみれば、水色の小さな人影がツカツカと歩み寄って来ていた。
「探しましたよ、コズエ。」
「……へ?」
「……んー?」
水色の少女――イズミちゃんの言葉に、自分の事じゃないのか?と呆けるホタルちゃんと、私の足の上で横になったまま、はて?と首を傾げるコズエちゃん。
……可愛いねぇ、撫で撫で。
「これ、頼まれていたものです。」
そう言って差し出されたのは、ピンクの……クッション?
「……ん♪……ますた。」
受け取ったコズエちゃんは、嬉しそうに頬擦りをする。
――クッションに向かって『ますた』と呼び掛けながら。
「マスター色のクッションだそうです。」
と、イズミちゃん。補足ありがとうね。
……うん。まぁ、確かに。このクッション、『ピンク色』と言うよりは『薄桃色』って言った方が近いかもしれないね。私の髪の、毛先の色とまんま同じ色。
……えーと、つまりこれ、私の身代わり……的な感じだよね、絶対。ずっと一緒にいるー、みたいな。
あ、うぅんーと。この場合、どう反応したら良いんだろうね?
それほどまでに好かれているんだなぁと喜ぶべきなのか、変態的だなぁと苦笑いを浮かべるべきなのか?どっち、……なのかなぁ。アハハ。分かんないや。
「…………。」
「…………ん?」
用事は済んだはずのイズミちゃん。さっきからじーっと、私を見てくるのだけど。……あぅ。
「マスター、少々失礼します。」
そう言って、イズミちゃんはスッスッと身体のラインをなぞる様に触れてくる。……はぅぅ。
「……イズミ。」
咎めるようにそう言って私の腰に腕を回し、ぷぅ、っと軽く頬を膨らませるコズエちゃん。
……ん?どしたの?可愛いけど。
「……コズエ?マスターは貴女のものではありません。みんなのマスターです。独り占めは駄目ですよ。」
「……ぷー。」
……う?
もしかしてコズエちゃん、嫉妬したのかな?可愛いなぁ。
ん、そうだ。これでご機嫌直るといいな。
「コズエちゃん。はい、あーん。」
「……んー♪」
お月見団子をパクンとしたコズエちゃんは、薄桃クッションをギュッと抱き締めて幸せそうな笑み。
……うむ。かわゆい。
そばに置いておいたお月見団子。……やっぱり、お月見するならお団子もセットにしたいじゃんね!――ほら、花見よりもお団子!って言うし。……え?違う?まぁ良いや。
四角錐に積まれた真っ白なお団子。美味しくってパクパク食べちゃうね。あ、近くにはススキも飾っておきました。
ちなみにこのお団子、取っても取っても減らない仕様なのですよー。新しいお団子は空から降ってきます。……ふふふ。お月見しながらお団子食べ放題だよ~♪
「主っ。主っ。」
「う?」
クイクイと袖を引っ張られて振り返れば、いつの間にかそこには緑忍者のシノブちゃん。
「主っ、主っ。あーん。」
シノブちゃんは、キラキラとした期待のこもった瞳でこちらを見上げてくる。
……んーと、“あーん”の催促かな?
「ん、あーん。」
「あーんっ♪んぐんぐ、んっぐ。…………ハッ!?有り難き幸せ。」
「んっ。」
うむ。幸せそうで何より!
シノブちゃんは一つお辞儀をし、どこかにかき消えた。
「イズミちゃんもいるー?はい、あーん。」
「いえ、私は……、……へぁ?はむっ。」
あ、要らなかったのかな。強引に、お口に入れちゃったよ……。しゅーん。
「あ、あの、……マスター。」
「ぽむ?」
俯いちゃったイズミちゃんが、おずおずと声を掛けてくる。
……嫌な思いさせちゃったっぽいかなー。なーん。
「……あっ、ありがとう、ご、ざいます。」
ふぁ!?可愛っ。
モジモジと、照れながら言うイズミちゃん可愛い。
これ、ツンデレですか!……あー、違う。クーデレか。クールなデレ、クーデレさん!
うむっ。可愛い。可愛い!超可愛い!!もっと愛でる!
「ほらほら、イズミちゃん。あーん。」
「あー、はむっ。………///」
照れるイズミちゃん可愛い。マジ可愛い。うふふー。
「……ますた。」
私の膝の上に、ダラリと乗ったままのコズエちゃん。こちらを見上げて頬っぺをプクぅ。……うん。君も、とっても可愛いよ。
「はい。コズエちゃんも、あーん。」
「……ん♪」
幸せそうなコズエちゃん。
見てるこっちも幸せだなぁ。
「へきゃあ!?」
バシャーンという、この場所には似つかわしくない水飛沫の音が周囲に響く。
もしやと思うと同時に、感情がスッと冷えていくのが分かった。
「ホタルぅ!!」
「うきゃぁ!?鬼ババー!!」
案の定、いつもの展開。
イズミちゃんが駆け出し、泥まみれなホタルちゃんはその場から逃げ出す。
ふと、さっき悲鳴の聞こえた方を見ればやっぱり、部屋の一角を占拠するように広がる泥の沼。波紋で揺らぐ沼の表面が、月明かりを静かに反射してる。
私は追いかけっこに視線を戻す。
いつもはそれをただ見ているだけの私だけど、今日はふと、聞いてみたくなったんだ。
「ねぇ、ホタルちゃん。」
「うーん?なぁにー?」
すぐに立ち止まりこちらを見て、コテンと首を傾げるホタルちゃん。そんな彼女が次逃げてもすぐ捕まえられるようになのか、すぐ隣にソッと立ち止まったイズミちゃんも、不思議そうに私を見る。
「……あのさ。何でここに、泥沼作っちゃったのかなぁ?……って。」
なんか気付けば、シノブちゃん含めみんなから注目されてて。
照れた私は、誤魔化すようにタハハと笑う。
でも、何でなんだろう?って。純粋に疑問なんだ。
だって、不思議じゃん。こんな薄暗い所に作らなくてもさ、場所なんて他にいっぱいあるんだし。
薄暗いんだから、さっきみたいに沼に落ちたら大変でしょう?暗いから、ピカピカ泥団子も作れない。
だから、何でなんだろうな?って。
「……ごめんなしゃい。」
シュンと俯いたホタルちゃんからは、謝罪の言葉が漏れる。
……えー??なんで!?
「……ますたを悲しませるホタル、嫌い。」
「主に害成すならば、例え身内だろうと容赦はしないぞ。」
プンっ!と膨れっ面でそっぽ向くコズエちゃんと、キン!と格好良く暗器を構えるシノブちゃん。二人とも、ホタルちゃんへの負のオーラが凄いんだけど……。
「……えーと、えっーと。別に怒っている訳じゃないよ?ただ、理由が気になったってだけで……ね?」
寄って集って責めるのはダメだよぉ~><
……うぅ。
「……ますた。……悲しい?」
「う?」
お膝に寝転んだコズエちゃんが、心配そうに見上げてくる。
「……お部屋の泥沼、悲しい?」
灰色の瞳に見詰められ、しばらくの間、私は呆ける。
――悲しい?
……うん、悲しいかもしれない。
自分の作った物を壊されたら悲しい。
でも、……でも。そうじゃなくて。
だって、最初から分かっていたでしょう?
ホタルちゃんの能力は“地面を泥沼に変える事が出来る”んだって、私は知っていたでしょう?
それなら、何かしらの対策をしておけば良かっただけの話。私以外はお部屋を改変できないように固定化させておくとかさ?そういう事が出来たはずなんだ。つまりは自業自得って訳じゃん?
「大丈夫だよー。だって直せば良いだけだもん。」
直すのはどうせ私なんだし、それで良いじゃん。
自業自得。プラマイゼロだよ。
「主……。」
「んー?」
「……あーん。」
んっ!察したっ!
「はい、あーん!」
「あー、んぐ♪」
にへへ~。幸せそうだなぁ。
「ますた、ますた!」
「はい、コズエちゃんもあーん。」
「……んっふふふ~♪」
「マスター。私にも戴けますか?」
「もちろんだよ~。はい、あーん。」
「……ありがとうございます。」
うむ。可愛い。萌え。
「マスタぁー!」
「……ホタル、嫌い。」
「主に近付くな。」
「貴方は先にあちらを片付けてきたらどうですか?」
「うわぁぁん!」
自分も自分も!とおねだりしてきたホタルちゃんは悲鳴を上げて逃げていく。
可哀想だよぉ。うぅ……。
「マスター。例えマスターが許していたとしても、我々はまだ許していません。」
「イズミ殿の意見に同意だ。」
「……んっ。」
「むぅ。」
みんな、厳しいのね。
……でもなんか。
私なんかを守ろうとしてくれるってのは、
ちょっぴり嬉しくて、あったかくなるなぁ、……なんて。