ねぇ、雨が冷たくて心地良いよ。
2章最後のシリアス回。
ザーザーとした、とても煩い雨音。
灰色の雲塊から降り注ぐ大量の雨粒が、寝転がった私の全身を蜂の巣にする。
でも、服に染み込んでいく冷たい雨水は心地良い。
(『何かあったら相談しろ。』かぁー。)
この前言われた、そんな言葉を思い出す。
言われたとしたらたぶん、名前聞かれた時なんだろうなーって。その時しか思い当たらない。
見た目が幼いから気遣ったんだろうけど。
でもそんなの。
(敢えて言おう。……何も無かったよ。)
何も無かったから、私は壊れたんだ。
何かがあったのなら。――何か切っ掛けがあれば、私はあの中に馴染めてたかもしれなかったり?――なんて。
小説やドラマの中じゃ、必ずってくらい誰かが手を差し伸べてくれるのにな。でも、現実はそうじゃない事を私は知っている。
たまたま出会った赤の他人。ただそこに存在しているだけの登場人物。不要な時には目立たない、ただの背景。……そんなモノに気を掛けるとか、あり得ない。あの人に出会って世界が変わった!なんてそんなイベント、現実じゃ起こらないんだって。
ただ、ゆるゆると。何となく周りに流されていくままに。
(でもこれじゃあ、ただ待ってるだけなんだなぁ。)
私は受け身なんだ。それじゃあダメなんだろうなぁ、とは思うけど。
でも。
――手を引っ張って貰わなきゃ、前に歩いていけない。
私は、自分一人じゃ生きていけない人間なんだろうなー、って。そう思う。
甘ったれな自覚はあるけどさ。
(……でも、やり方が分からないし。)
手順を教えて貰わなきゃ、私は出来ない。例題とその答えが欲しい。
何事も、方法が分からなきゃ、やりようもないと思うのよ。
どうすれば良かったのか。そんな事を考えてみても、やっぱり分からないんだよなぁ。
例えば、お城の頃なら“馴染む為”に、か。
馴染む為に、何すれば良かったの?
……うーん。……うーん?
(……あぁ。無理だな、馴染むなんて。)
そっか。
そもそも私は、他者の前で『自分』を出したくないんだ。
なぜなら私は、“誰かの印象に残りたくない”から。
だって、ほら。
私は、他人からレッテルを貼られるのが大嫌いなんだ。
『アナタはこうだね。』って決めつけられたくない。
――アナタって、大人しいね。
そんな事言われたら、もうその人の前じゃ、思いっきりはしゃぐ事すら出来なくなっちゃうじゃん。
私は何故か、そういう事を酷く気にしてしまう。
他人に“こういう人だね”と定義付けられたら、その通りに振る舞ってしまう。
――その人の見ているものを壊したくなくて。壊せなくて。
――その人に、『意外な一面』を見せたくは無くて。
ある時。
ペタペタ、ペタペタと。
私の周りを囲う硝子に、レッテルというシールが貼られていったんだ。
次第に。シールに隠れて、本当の私の姿が見えなくなっていくんだ。
私はそれが嫌だった。『本当の私はそんなんじゃ無いの!』って叫びたくなった。『違う!』って言いたくて。シールを剥がしてもらいたくて。
でも私は、やり方を間違えたらしい。頑張りは空回って、余計にレッテルというシールは増えた。
……嫌なんだ。誰かに、何かしらの印象を持たれるのは。
一度貼られたレッテルは、中々剥がせない。
そうして私は、他者に形作られた歪な自分に、いつも潰される。
私は、そういう人間だから。
『居なくならないで。』――そう、あの人は言った。
真っ直ぐに私を見ながら。
それが、私にとっては滅茶苦茶怖かったんだ。
あの人は、私の何を見ていたの?どんな『マキちゃん』を形作っていたの?私は、何をどう演じれば良いの?……考えるだけで、滅茶苦茶怖いんだ。
レッテルに固められるのは息苦しい。だんだんと、自由に身動きが取れなくなる。
前の時はそうだった。歪なレッテルに息を詰めた私は、あっけなく逃げた。
(……あぁ、そっか。)
だから逃げたんだ。今回、お城からも。
たぶん、今回私は自分でレッテルを作ってたのかもね?
“迷惑を掛けないようにしなくっちゃ!”“目立たないようにしなくっちゃ!”って。
そうやって勝手に形作って、勝手に息を詰まらせて。
……これ、完全に自爆だなぁ。
――でも。
私はあの中で、“普通”でいたかったんだ。
当たり前のように新しい環境を受け入れて、当たり前のように戦闘に参加して。
みんなそうしていたから私も、って。
…………。
――普通って何ですか。
――当たり前って何ですか?
『アナタは、自分の事を普通だと思っているの?』
前にそう聞かれた時、私はすぐには答えを出せなかったんだ。
だって、『普通』の反対は『特別』なんでしょう?
国語の授業で習ったよ。
私は自分を“特別”だとは思ってない。強いて言うなら“異質”かな、って。
考え方が、どうやら周りと全然違うみたいだなぁ、と。
人間として大事な部分が欠落している気がするんだ。
真人間とのズレ。
周りの『当たり前』が、私にとっては『当たり前』じゃなくて。
私は、体が小さくて背も低い。
同学年の子と比べたら、頭一つ分小さいくらい。背の順に並べば当たり前のように先頭だった。
小学校の頃。
重い物を運ぶ時には『手伝ってあげて』と。高い場所にある物は『取ってあげて』と。
有り難いんだよ。確かに、重くて持ち上がらないし、届かないしで、有り難かった。でも、……特別扱いされているみたいで、嫌でもあったんだ。
中学、高校と進むうち、確かに回数は減ったけれど、それでも“体が小さいから”と気遣われる事は一定数あって。
――普通が良かった。普通でありたかった。
普通の人間でいたいと思っていた。
体格も、性格も。
……結局は、『アナタは普通じゃない!』と言われてしまったのだけど。
性格的にも精一杯、『普通』を演じていたはずなのになぁ。はみ出ないように。突出しないように。――でもやっぱり、上手く出来てないみたいだから不思議。
あぁ、そういえば。この頃だったなぁ。
『私はここにいるよ?』
そんな気持ちが渦巻いて、暴発しそうになっていたのは。
普通でいたかった。目立ちたくなかった。
でも、『変な子』っていうレッテルがあった。だから次第に、誰も近付いて来なくなって、他人との距離が出来て。
――幽霊みたいになっちゃったんだ。
あの頃は、変に目立っていた気がする。だから余計に縮こまり、必死に『普通』を取り繕っているうちに。
……本来の、根っこにいる“私”というものが、だんだんに消えてったんだ。
現実じゃ、さも幽霊であるみたいに私の存在が薄くなっちゃって。
誰かが私を見たとしても、それはレッテルで歪に形作られた“私じゃないモノ”で。
誰も、本来の私を見てくれなくて。
でもそれは、普通を演じるのに必死な表の私からも同様に、見えなくなっていて。
心の奥底にいる私自身の存在が、誰からも肯定されないでいたんだ。
『ねぇ、私はここにいるよ。』
他者からの、歪なレッテルが怖いんだ。
だから今の私は、他人の前では『空気化』をしている。――何かしらの、強い印象を持たれる事が無いように、って。
……そんな風に縮こまって。
今も、誰にも理解されなくて、認識すらされなくって。
自ら願ってそうした事ではあるけれど、それでも私の心は『ここにいるよ!』なんて叫んでて。
……矛盾しまくってるなーとは凄く思うんだけど。
でもやっぱり、私の存在が肯定されないってのは、どうにも落ち着かなくて。
不安定で。
――『お前の魔法は、優しい草木の香りがする。』
『認識されてる』ってのは怖い。
何かしらの強い印象を抱かれているんだろうなーと思うだけでゾッとする。
(でも少しだけ。)
ほーんのちょっぴりだけ。
――歪に霞んだ私じゃない。“本来の私を見ていてくれた人がいた。”
あの人のあの言葉。それに少し、救われた気がしていた、……り。
……でもまぁどっちかって言うと、私の存在を記憶から綺麗さっぱり抹消する事を強く推奨しますよっ!
(そーうだっ♪)
――スペア、作ろう!
ほら。これ、一応ゲームだもん。放置農園ゲームだもん。
それならプレイヤーも作ったって良いよね?……アバター、作ろ?
そういえばさ、アバターってわりと最強だよねぇ。
ゲームにもよるけど大抵、食事は必要無いし、睡眠も必要無いし、疲れないし、汚れないし、歳取らないし、水に入っても服濡れないし!
最高じゃん!
あ、アバターになれば、雨に濡れ放題だっ。うわぁい!
今、実は雨エリアにいるんだけどさ、グダーって寝っ転がってるから雨に濡れまくってて服がビショビショなんだ。身動きする度に服が肌に貼り付いて気持ち悪いんだよっ。まぁ、1mmも体を動かさなきゃ、冷たくて気持ち良いんだけどね。ね?
ってワケで、温かいシャワー浴びたら、早速作ろ!
スペア。――もう一人の自分を。
だってそれなら、失敗したってすぐに存在を消せるじゃん。
それにさ。
もう一人の私が居る。
それならもう、誰にも理解されなくていいや。
私は私を全部知ってる。
私が私を肯定するから。
他の誰も、私自身を知らなくて良いよ。
――誰かに理解されたいとか。そんな事はもう、期待しないようにするからさ。
……意味不明? 理解しなくて良いよ。
2章はこれにて終了です。