ねぇ、思い出したよ。
カタリと、何か小さな物が外れる回。
――あぁ、やっぱり。
適当に森をふらつき、狩りをしていた私。今日はずっと、何か違和感があったんだ。
目の前には、大きく広げたマップウィンドウ。マップの東南方向に、黒縁の赤点。そして、移動している赤点が向かう先には、緑の点が6つ。
緑色の点は人間。赤色の点は魔物や魔獣。
赤点の縁が黒なのは、その個体がヤバいくらいに強いって事。
――つまりは。ここから東南方向にて、とあるパーティーがヤバい個体に追い掛けられているー、んだと思う。
……行くだけ行ってみよっと。
だって、気付いてたのに死なせるとか、嫌だし?
それに。…………それに??
――うん、何でもない。
現実味の無い淡い考えをかき消すように、私は東南の方向へ走り出した。
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6人を追い駆けるのは、体長が5mくらいの人喰い植物さん。
太い茎。そこから伸びる多数の蔦。
てっぺんには赤く丸い一輪の花。蕾を開けば、中では鋭い牙がギラリと光ってる。
足元は無数の根っこ。一本一本、各々が地面を蹴って走ってる。
……案外速いんだけど、足である根っこ達がワサワサ、ウヨウヨしていて正直気持ち悪い。
アレに追いかけられるとか。――おぞましいなぁ。
ホラーだろうに。
「あっ!」
「リリーっ!!」
あ、女の人が転けた。大きな人喰い植物さんは、すぐそこまで迫ってる。……あのままだと、パックンチョされるかもねー?
「クッソ!【斬撃】ぃ!!」
おぉー。頑張るのか。
まぁそれでも変わらず、後ろに庇ってる女の人ごとパックンチョされそうだけど。
『グォォォ!!』
女の人を庇いながら振るった男性の攻撃が、どうやら効いたらしい。人喰い植物さんは甲高い声で叫び、怒りを露にする。
――意外と声、高いんだねぇ。思ってたのと違ってて結構違和感。
「ショウ!ボーッとしてないで動け!今のうちに逃げるぞ!」
「あ、あぁ……。リリー、大丈夫か?走れるか?」
「私は大丈夫。ありがと。行くよ!」
そう言って、二人は手を繋いだまま走り出す。――仲良いのかな?恋人……いや、両思いのすれ違いだったら面白そう。そういうの、小説の定番だよね!
「【火輪】!!これは足止めです。早くこちらに!」
人喰い植物さんの周りには、輪投げをしたみたいに、炎の輪っこが出現する。
その間に逃げていく人達。
――うんうん、早く逃げた方が良いよ〜。バイバイ。
ちなみに、人喰い植物さんは追いかけない。その場から動けないでいる。……火、怖いのかもね?
さーてと。
逃げるパーティーを見送った私。
炎の輪っかはすぐに消えそうだったから【捕縛∞秒(他人指定)】をしておきまして。
マップを確認。あの人達が確実に居なくなってから片付けようね。
緑の点は森の外へ向かって順調に走って行く。…………あ、あれ?立ち止まった?
そして、散開していた仲間との距離を縮め、一ヶ所に固まり出す。まるで、作戦会議でもするみたいに。
……あっ。え?今、ゆっくりとだけど、こっちに戻って来た?何で!
「なぁ、やっぱり追い掛けてこねーぞ。」
「足止めの魔術も、既に効果は切れています。にもかかわらず、動こうとしないのには何か訳が……?」
ごめんなさい、ごめんなさい。追いかけて来ない事を気にして、だから戻って来たんですね!?そんな大した事ではないので、早くお家に帰ってくださぁい!
「……よし。倒すか。」
「「えっ。」」
……えっ!?あゎゎわ。
「こんな珍しい魔物、きっと十分な金になるぜ?動かない今がチャンスだろ。」
「ちょっ、まっ!刺激したら動き出すかもしれな……っ!」
「【桜乱斬舞】っ!!」
女性の言葉を無視し、一人突っ走る男性からは白く輝く刃が大量に放たれる。それは何十本の触手を切断し、茎を裂いていく。
だが人喰い植物さんはピクリとも動かない……っていうか、私のせいで動けないんだけどさ。
おや?っとなった仲間も恐る恐る攻撃をし始め、それはだんだんと勢いを増していく。
最後にはもう、フルボッコだった。
想定外の事態に思考が固まり、何も出来ないでいる私が見守ってる中、人喰い植物はそこそこ時間をかけた後に討伐された。
「ウェーイ!楽勝!!」
「俺達サイキョー!」
「うるさい、馬鹿共!今回は偶々運が良かっただけよ。ホント、抵抗されたらどうなっていた事か。」
「同感です。あの程度の魔法で、この魔物が動けなくなる事など有り得ません。何かしら別の要因があった事は確かかと。」
「この幸運、神に感謝を。」
「……。(コクッ)」
男女6人のメンバー達は各々に喜びを分かち合っている。
硬直から立ち直った私だけれど、やっぱり私は隅で突っ立っているままで。
興奮が少し落ち着いた後、徐に一人の男性が倒れた人喰い植物に近付く。
そして、持っていた短刀を突き立て解体を始めた。
一つ部位が剥がれる度、仲間からは歓声が上がる。
「って、おい!コレ、魔石だよな?……マジか。こいつ、レア魔物じゃなくて魔獣だったのかよ。」
一際大きな声が上がり、会話の盛り上がりが増す。
――でもさ。
(ねぇ。)
立ち尽くし、ボーッとその状況を瞳に映すだけの私に、会話の内容は入ってこない。
ただなんか――。
「粗方回収したし、そろそろ帰るか。」
「そうだねー。」
「おい!今夜は肉食うぞ!肉!」
……楽しそうだね、なんか。
――でもそれはやっぱり、私とは世界が違くて。
ボーッとマップを眺めていれば、今度こそちゃんと帰ってったみたい。
無事に森を抜けてる。
この場に残ったのは、人喰い植物さんの残骸。
……ふぅん。こういうのって、放置するんだ?……貰っちゃおうか。【昇華】と。
(……ねぇ。)
煙のようなモヤが鎌首をもたげる。
そんな情景を幻視すれば、途端にモヤモヤとした煙が心の中、辺り一面に広がっていく。
それは徐々に濃度を増していき、妙な気持ち悪さを覚えて。
――ねぇ。
溢れた。
(ねぇ。ねぇ。ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ……)
溢れて溢れて溢れて溢れて。
「ねぇ。」
口からポトリとこぼれた言葉。
一人言なんて、滅多に呟かないのに。
……あぁ、でも。
続く言葉は、とてもしっくりと来て。
――それは、久しぶりに訪れた感情。
見ないふりして、隣の部屋に閉じ込めた『心』が、扉を蹴破って来て。
(帰ろ。)
思い出したんだ。前にした誓いを。
そしたらもう、全部がどうでも良くなった。
――もう、期待なんてしない。
ねぇ、私はここにいるよ?
章タイトルの『ねぇ』をようやく回収。