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何時もと変わらぬ日常こそが幸せという事

 着替えを終えたメルローズは、メイド二人が部屋を後にすると、開いている窓から少しだけ身を乗り出して外を眺めた。


 毎日見ている景色の筈なのに、何故か今はとても新鮮に感じる。


「とっても綺麗……なんだかこんなに綺麗な空気を吸うのが久し振りな気がするわ……。


 ……って、そうだわ!お母様の元へ行かないとっ!」


 メルローズは焦りながらも決して走らず、けれども内心は急いで母親の元へと向かう。


(如何して忘れていたのかしら……何よりも重要な事の筈なのに……っ。


 やはり記憶喪失に関係が……?)




 部屋の前に着くと、息を整えて優しくノックをする。


 ――コン、コン。


「……失礼致しますっ」


 ひっそりと扉を開ける。ベッドの上にはお母様が横になっていた。


「あら、メルローズ……。


 毎朝来なくても大丈夫ですよ?」


「いいえ、お母様。……私が来たいのです」


 メルローズの母、『アンジェラ・ドルチェ』は汗をかいていて少し辛そうに見える。


「汗をお拭きします……」


「ん……ありがとうメルローズ。


 本当に気が利くいい子に育ってくれて……私はとても幸せです」


「お母様……」


 嬉しさと気恥かしさから頬が熱くなるのを感じる。生前、忘れていても母親に充分に親孝行を果たせなかった事が心残りなのだろうか、丁寧に真心を込めながら拭いていた。


「んっ……お母様……?」


 そんなメルローズの紅潮している頬に手を添えるとアンジェラは優しく微笑みかける。


「大好きよ、メルローズ。愛してるわ、心の底から愛してる」


「……っ!」


 それは、子爵夫人としてではない、『一人の母親』としての言葉だった。あまりの嬉しさにメルローズは涙を浮かべると年相応のようにアンジェラの胸へと抱きついた。


「……よしよし、我慢させちゃってごめんね?」


「……んーんっ。平気……っ。早く……よくなって……っ」


「当たり前じゃないの、貴女を置いて行くだなんて出来やしないもの」


 二人の幸せな時間が暫く流れていた。






 アンジェラの部屋の前には既に専属のメイドが来ていたが、二人の時間を尊重して只静かに待っていた。それ程までに、アンジェラの体調は日に日に悪くなっていく一方だった。


(……お嬢様は未だあんなに幼いというのに。あれ程までに普段はしっかりとなされていても、やはり年相応の女の子……。もしも神様が本当に居るのなら、どうか奥様のお身体を……奥様をお救い下さい……)




 神は確かに存在する。しかし、人一人の病を治してくれるような神等存在していなかった。そもそも存在していたなら、メルローズが前世であんな想いをする筈が無いのだから……。




 色々と考え込んでいると、メルローズが部屋から出てくる。メイドはお辞儀をした。


「お嬢様、本日もお手伝い感謝致します。奥様もお嬢様がお帰りになった後、毎日大変喜ばれておいでですよ」


「っ!私も嬉しいですっ」


 メルローズの満面の笑み。メイドもつられて笑う。しかし、この笑顔もアンジェラの身に不幸が訪れれば消えてしまう事だろう。メイドは複雑な心境のまま、表情には一切出さずにメルローズの背中を見送った。




 ――コンコンッ。


「失礼致します、奥様」


「……『エール』。私……あの子の成長をもっと見たいわ……」


「……見れますとも、奥様なら見れます……」


 エールは肩を震わせるアンジェラの傍に立つと優しく抱き締めていた。






 メルローズの母親は病弱で、父親は忙しい為、メルローズは何時も独りで食事を摂っていた。


 今日も何時も通り独りでの食事……。パンにスクランブルエッグにウィンナー。貴族にしては少し庶民的な内容だった。屋敷から見て分かるように貧乏貴族では無かったのだが、アンジェラの治療費に費やす為に節約していた。メイド達の人件費もある為只でさえ出費が激しい。


 しかしメルローズは気にしない。それ処か、目の前のこれらを見て目を輝かせていた。


「なんでかしら……とても美味しそうに感じるわ」


 瞳を宝石の如く輝かせ、零れそうになる涎(よだれ)を啜(すす)り、目の前のパンを千切って口に入れると広がっていくバターと小麦の香り……。


 無意識に涙が頬を伝っていた。


 生前、事件の後には食事がまともに喉を通らなかった。その後、食事は出来るようにはなったが貧乏になり、コンビニやスーパーの値引き商品ばかりの生活。もやしや豆腐、パンのミミで食い繋ぐのも日常茶飯事だった彼女にとって、覚えていなくとも実に久し振りのまともな食事だった。


「……美味しいっ」




「お嬢様……っ」


 そんなメルローズを静かに見守っていたのは、着替えを手伝ったメイドの片割れ、浅葱色の髪の14程の齢(よわい)に見える『ブランディ・ブルー=モヒート』はそんなメルローズを陰から見守り、貰い泣きしていた。


「奥様の容態が芳しくないから……私達がお嬢様も奥様も支えて見せます……っ」


 ブランディの完全な勘違いなのだが、元から高かったブランディからの好感度が急上昇した。

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 アンジェラ・ドルチェ

 メルローズの母親。メルローズのインナーカラーと同じ髪色。髪は長く、ウェーブしている。髪色に似た鮮やかなドレスを好むが、体調を崩している為同色の寝間着がデフォ。


 エール

 アンジェラの専属メイド。青み掛かった黒髪。長い前髪は右眼側だけ垂らしていて、左眼側は後ろで束ねたポニーテール。アンジェラの生家のメイドで、アンジェラの婚姻でアンジェラと共にドルチェ家へやってきた。幼い頃からの付き合い。


 ブランディ・ブルー=モヒート

 ドルチェ家のメイド。14歳程の見た目。浅葱色の綺麗な髪色。エールを真似て前髪は右眼側だけを垂らしている。両サイドは後ろに流してピンで止めているボブ。実はメイド服はエールからのプレゼントで、内側等が浅葱色で鮮やか。

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