孤独な極貧少女
『私』は孤独だった。
何時も独りが当たり前。
学校でも、家でも。
だから、今も孤独。
築云十年のボロアパートの一室。虫が入り込むのは当たり前。ガサゴソと鼠か何かも居るみたい。
「ゴホッ。ゴホゴホッ」
咳が止まらない。
安静にしようと平べったい布団に横になってる。
薬は呑んでいない。とても買えない。
熱を冷ませるようなものも買えない。
寝たら、楽になれるのかな。
ずっと寝ようとしているけれど、頭が熱くて眠れない。
気温も暑い。エアコンは勿論、扇風機すら無い。
「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」
汚く薄汚れた見慣れた天井しか見えない……。
その天井も、段々と視界がぼやけて……。
お金が無くても幸せ?
確かに誰かと一緒ならそう思えるかもしれない。
でも、大好きなお父さんと大切な妹が死んじゃってから……世界が変わってしまった。
妹がお母さんの誕生日に何かプレゼントをしたいって、お父さんに言った。
二人はお母さんへのプレゼントを買いに行って――
――事件に巻き込まれた。
もし、もしも普通の事故だったら、こんな事にはならなかったのかな……。
私は、見なかった。
でも誰かは見ないといけなかったから……お母さんは、独りで見たんだ。
――お父さんと妹を。
お父さんと妹の変わり果てた姿を。
お父さんと妹『だった』物を。
普通のデパートで起きた無差別殺傷事件。
犠牲者は十四人。
その全員が身体中を複数回も執拗に刺されていた。
お父さんは妹を守る為にずっと庇うように抱き締めていたらしい。
お父さんは背中を何度も何度も何度も刺されて。
死んじゃった後も執拗に何度も何度も何度も。
お父さんが死んでまで、生命を賭して守った、腕の中の妹を、お父さんの死体を態々退かして、妹のお腹を刺したんだ。
直ぐに死ねないように、急所を外すように、お腹を何度も何度も何度も。
当時、妹は未だ小学生だった。
私は中学生になっていた。
部活もあったし、お母さんへのプレゼントは何か手作りでもしようと思っていて、一緒には行かなかった。
私は今でも後悔してる。
もし、私が一緒に行っていたら逃げられたんじゃないかって。
もし、私が一緒に行っていたら違うお店へ行ったり違うルートを歩いていて、こんな事件には巻き込まれなかったんじゃないかって。
何回、何十回、何百回、何千回、何万回考えたか分からない。
毎晩毎晩妹の最後の『いってきます』の声と顔が頭から離れない。
夜だけじゃない。ふとした瞬間に頭の中を妹の声と顔が思い浮かび身体が震える。
でも、お母さんはもっと酷かった。
自分の誕生日プレゼントを買いに行った所為で愛する夫と娘を亡くしたわけで。
更には独りで私を支えて養っていかないといけない重荷。
このあまりにも凄惨な事件は一時期、大々的にテレビに取り立たされた。
自宅にも学校にも取材が殺到していた。
私達は被害者なのに、心配する様子もなく何度も何度も何度も取材の交渉をしてくる。
犠牲者は多かったのに、幼い娘を庇って死んだ父親と娘。残された母親と姉。話題性で注目したのだろう。
私達はメディアの金儲けの為の道具にされたんだ。
無関係な人達の暇潰しの玩具にされたんだ。
時の流れと共に取材はパッタリと止んだ。
最初から興味無かったんじゃないかと思うくらいに、パッタリと。
世間の関心も次々に起こる事件や芸能人のスキャンダルによって薄れていった。
事件の犯人は警察が到着した時には既に自殺していた。
自分は首を、頸動脈を斬って死んでいた。
何で?
お父さんと妹を苦しませて殺したくせに。
何で自分は楽に死ぬの?何で楽に死ねるの?
犯人に家族は居なかった。
最初から死ぬ気で事件を起こしたの?
そんなに死にたいなら独りで死ねば良いのに。
何で私達の大切な家族を奪ったの?
何で私達の大切なお父さんと妹を道連れにしたの?
でも、怒りをぶつけるべき犯人は、もうこの世にはいない。
怒りのぶつけ先がないのは、とても精神的に堪えた。
お金が無い生活へと転落したけれど、それでも私は、強く生きようとしていた。
私が落ち込んでいたら、私が死んだら、お母さんが、お父さんが、そして……妹が悲しむ。
私は部活を止めた。
部費がかかるし、運動部は消耗品も多いから。
帰宅部なら家事を出来てお母さんを助けられるから。
私は志望校を変えた。バイトが出来る高校に。
家系を、お母さんを、何としても助けなくちゃ。
少しでも良い学校を目指して日々勉強を頑張っている。
今は体調が悪くて出来ていないけれど、治したらまた勉強を頑張らなくちゃ。
私は自分の趣味だった漫画やぬいぐるみ等を全て売って生活費の足しにしていた。
でも、それでも、妹の物は売れなかった。
売っちゃったら、妹との思い出も無くなっちゃいそうな、そんな気がして……。
妹は異世界転生物の、特に令嬢物が好きだった。
『私、異世界に転生して令嬢になりたいの!』
屈託のない笑みで、そう言っていたっけ……。
本当にそんな奇跡があるのなら、妹が異世界転生して令嬢になっていてほしいと心の底から願ってる。
妹はもっともっと長い時間……私が見られないような未来まで楽しい人生を歩む筈だったんだから……。
理不尽のその権利を奪われたんだ、そのくらいの奇跡、起こしてあげてほしい……。
「ゴホッ!!ゴホッゴホッ!!ゴホッ……ッ!!」
数ヶ月前に既に電球は切れ、月明かりだけが優しく射し込む部屋。
汚い天井は辛うじて見えていても、私の口から血が出ている事なんて気付けなかった……。
それでも、眠たさとは違う、この感覚の違和感は何となく察していた……。
「……会いたいなぁ……」
妹の顔を思い浮かべると、私の意識は深く深く落ちていき……
この世界で目覚める事は二度と無かった。
設定
私
中学生。黒髪の普通の女の子。運動部に所属していたが、事件を切っ掛けに暗くなり、クラスメイトも離れてしまった(イジメでは無く、互いに距離を置いてしまう)。
妹
小学生。黒髪の普通の女の子。家族が大好きな心優しい子だった。
お母さん
事件によって白髪混じりの茶髪に。バイトの掛け持ちで自宅に帰れない。『私』は知らないが身体も売っていた。
お父さん
家族を守る事に躊躇いは無い。優しい立派な父親。




